ASSERT 354号 (2007年5月19日発行)

【投稿】 改憲・集団的自衛権行使への危険な暴走
【投稿】 「カネが全てではない」…統一自治体選挙・特徴的な首長選から…
【投稿】 都知事選・石原三選を許したものは何か
【投稿】 注目すべき「保守派」内部の亀裂
【コラム】 ひとりごと---統一地方選挙を大阪から考える---

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【投稿】 改憲・集団的自衛権行使への危険な暴走

<<「謝罪旅行」>>
 安倍政権誕生後七ヶ月目にしてようやく実現した日米首脳会談は、安倍首相にとって実に気の重い謝罪旅行だったと言えよう。首相にとっての唯一の救いは、アメリカ滞在は一泊二日のみであったこと、その実態は、慰安婦問題の追及を恐れて公式記者会見もせず、晩餐会も開けなかったことにあるが、ともかく早く切り上げられた。さらに幸いなのは、ワシントン入りした4/26は、米議会で軍費に制限をかけ、イラクからの撤兵を促す決議案が上下両院とも可決され、ブッシュ大統領はこれを「敗北主義による立法」だと激しく非難し、拒否権行使を発動する姿勢を明らかにし、米メディアはこの「撤兵決議案」と「民主党大統領候補TV討論」にほとんど主力をさき、日米首脳会談などほとんど取り上げられなかった、あるいは意図的に黙殺されたことであろう。
 それでも、当初首脳会談では取り上げる予定にはなかった従軍慰安婦問題について、本人が蒔いた種とはいえ、国際的信用を著しく落としてしまった結果として、日米首脳会談の焦点の一つとなってしまい、自ら謝罪の発言をせざるをえなくなった。首相は、大統領に対して「人間として首相として心から同情し申し訳ない思いだ。21世紀を人権侵害のない世紀にするため努力する」と釈明。記者会見では、大統領は「河野官房長官談話と米国内における首相の発言は、ともに極めて率直で心からのものだ」と評価したことになっているが、たとえナショナリスト・アベとはいえ、日本軍の強制があったことを認めた河野談話まで否定し、逸脱することは、対アジアのみならず、日米関係にまで害を及ぼしかねないとクギを刺されたことを意味しており、日米首脳会談でそれが確認されたことは、安倍にとってのみならず日本の右派・保守勢力にとって重い足かせとなったことを意味していよう。
 首相はさらに米下院でペロシ下院議長ら議会指導部と約1時間会談し、ここでも従軍慰安婦問題について「申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と述べ、「私の真意や発言が正しく伝わっていないと思われるが、私は辛酸をなめた元慰安婦の方々に、個人として、また首相として心から同情し、申し訳ないという気持ちでいっぱいだ」と語らざるをえなくなった。

<<「世界のどこでも人権を侵害」>>
 しかしこうした謝罪発言は、いったい誰に向かってなされているのだろうか?首相が謝罪すべきなのは、韓国や北朝鮮、中国をはじめとするアジア各国の元慰安婦、その遺族、親族、関係者に対してでなければならない。ところがそうした本来の謝罪をせずに、国内で批判されても、あるいはアジア各国から批判されてもまったく意にも介せず、いけしゃあしゃあと戦争犯罪を擁護しながら、米国内で問題視され、紛糾し始めるやあわてて米国内での謝罪と自己弁護に回る。安倍内閣の面々は、「戦後レジームからの脱却」を掲げる本人を筆頭にそのほとんどが、自虐史観反対を叫び、歴史修正主義を掲げる戦争犯罪擁護派である。その内にまた問題発言が飛び出し、その後始末に追われる。村山内閣・河野官房長官談話を除いて、日本政府・与党は一貫してこうした悪循環を繰り返してきた。したがってこうした取ってつけたような謝罪は、実に奇妙であるがゆえに、誰からも心からの本当の謝罪とは認められはしない。
 さらに安倍首相が悪質なのは、米国での共同記者会見で、「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、世界のどこでも人権を侵害してきた。日本も無関係ではなかった」とまるで他人事のように述べ、日本の戦争犯罪を免罪し、「慰安婦」問題を人権一般の問題にすりかえ、人権については「世界のどこでも人権を侵害してきた」と言い逃れ、世界と日本を同列に並べ、20世紀にはよくあったこととして、日本の国家・軍が関与し、強制した戦争犯罪の責任を回避しようとしたことである。
 こうして安倍首相は今回の訪米で、懸命に自らの失態の挽回を図ったにもかかわらず、米議会下院に提出されている、「慰安婦」問題で日本政府に公式な謝罪を求める決議案は、取り下げられるどころか、当初の共同提案者が六人であったものが、首相訪米前には九十人に達し、首相訪米後の5月に入ると100人を超え、決議案は外交委員会アジア太平洋小委員会、外交委員会全体会議の順に審議された後、本会議に上程される見通しである。

<<「前提条件にはならない」>>
 さらに今回の日米首脳会談で明らかになったことは、日本側が北朝鮮による日本人拉致問題の解決がなされない限り、米国が北朝鮮をテロ支援国家指定から解除しないでくれと要請してきたことに対して、その要請を「配慮する」とするとしながらも、米国側はそれは法的な面で「前提条件にはならない」と日本側に説明していたことである。首脳会談で、安倍首相が「拉致問題の解決をテロ支援国家指定解除の前提条件にして欲しい」と要請したのに対し、同席していたライス国務長官が、指定や解除の根拠となる国内法に照らして判断すると説明したうえで、「米国民が直接(拉致の)被害にあったわけではない。前提条件にはならない」と述べ、拉致問題を切り離したままで米朝交渉を進展させる可能性を示唆されたのであった。何とか合意を取り付けようとした首相の意図・策略は挫かれたと言えよう。ここでも首相の過去の戦争犯罪を弁護しながら、現在の拉致問題を糾弾して、これを反動的な支配体制の再編に利用しようとする二枚舌外交、六カ国協議をないがしろにする挑発的で極端な跳ね上がり強硬外交が災いし、孤立していることが明らかにされたのである。
 しかし安倍首相の今回の訪米の目的は、このように目的が達成されなかった謝罪・要請旅行ではなかった。首相自身が、「今回の訪米の最大の目的はブッシュ大統領との間でかけがえのない日米同盟を確立することだ」と述べ、「安倍内閣の使命として、戦後レジーム(体制)からの脱却を目指すと説明した」と述べたうえで、「安全保障の法的基盤をつくり変えるための有識者会議を設置した」ことを報告、説明し、憲法九条改悪の前段階から、憲法九条そのものを踏みにじる「集団的自衛権の行使」を解釈改憲によって可能にすることを対米公約としたことである。この点に関しては戦費調達に苦しみ、相次ぐ同盟軍の撤退に悩まされているブッシュ政権からは、米国政府自身が日本に求めてきたことでもあり、憲法九条を無視して直接軍事行動に協力・加担してくれる以上、最大限の賛辞を得たであろうことは間違いがないであろう。しかしこれは、歴代の政権が小泉政権まで含めて国際的に公約し、遵守してきた、集団的自衛権の行使を禁じる憲法解釈を完全に覆すことであり、安倍首相の重大な越権・違法行為である。

<<“血の同盟”>>
 この有識者会議の人選について、安倍首相は会議設置を発表した4/25、「高い見識を持った有識者に各界からお集まりいただいた」と記者団に強調したが、13人中12人がこれまでの集団的自衛権の行使を禁じてきた政府見解を見直し、集団的自衛権の行使を容認すべきだという論者であり、初めから“結論ありき”の会議設置である。初会合は5月18日で、10回程度会合を重ね、秋をメドに報告書をまとめるという。(【有識者会議のメンバー】=岩間陽子・政策研究大学院大学准教授(国際政治)▽岡崎久彦・元駐タイ大使▽葛西敬之・JR東海会長▽北岡伸一・東大院教授(日本政治外交史)▽坂元一哉・阪大院教授(国際政治)▽佐瀬昌盛・防衛大学校名誉教授(国際政治)▽佐藤謙・元防衛事務次官▽田中明彦・東大教授(国際政治)▽中西寛・京大教授(国際政治)▽西修・駒沢大教授(憲法)▽西元徹也・元防衛庁統合幕僚会議議長▽村瀬信也・上智大教授(国際法)▽柳井俊二・前駐米大使)
 共同通信の調べによると、この内の12人は、過去に国会に参考人として呼ばれた際の発言や論文などで、政府の違憲解釈を批判したり、解釈変更を求めていたことが明らかになったという。つまりそんな人物ばかりをわざわざよりすぐって集めたのである。
 メンバーのひとり、岡崎久彦氏は、安倍氏との対談で、安倍氏が「軍事同盟は“血の同盟”だ。日本が外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流す。しかし今の憲法解釈では、日本の自衛隊はアメリカが攻撃されたときに血を流すことはない」と発言したことに答えて、「解釈は裁判所が決めたわけでもないし、憲法に書いているわけでもない。単に、役人が言っただけだから、首相が『権利があるから行使できる』と国会で答弁すればいいんです」 と放言してはばからない人物である。こんな人物のどこに「高い見識」があるのか、お恥ずかしい限りである。
 公明党の太田代表は4/27の記者会見で、この懇談会について「集団的自衛権の行使に道を開くものであってはならないし、そうではないということを首相から聞いている。憲法解釈をなし崩しにしてしまう指向性を持つことはあってはならない」と述べているが、これまでの経緯からしてどこまで抵抗できるのか怪しいものである。
 あれよあれよという間に、改憲手続き法が強行採決されてしまい、参院選を前にして今度は、わずか数カ月の議論で集団的自衛権の行使に向けて憲法解釈の変更をめざす、きわめて強引で一方的なやり方、焦りと暴走に安倍政権は走り出したのである。
 野党と民衆の反撃が試されているといえよう。
(生駒 敬)