ASSERT 359号 (2007年10月20日発行)

【投稿】 テロ特措法問題と民主党
【投稿】 朝鮮半島和平の行方
【投稿】 「成長を実感に」とは資本の『反革命』である
【本の紹介】 「日本人だけが知らないアメリカ『世界支配』の終わり」
【コラム】 ひとりごと---異常気象という「不都合な」現実---

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【投稿】 テロ特措法問題と民主党

<<「クリンチ内閣」>>
 安倍政権の前代未聞ともいえる政権放り出しを冷ややか、かつほくそえみながら眺めていた福田康夫氏のとりあえずの急造・ありあわせ内閣がドタバタ騒ぎの中で登場した。この内閣は、「ダラダラ小泉路線継続内閣」、あるいは「クリンチ内閣」、はたまた「安倍康夫内閣」、「ヤケッパチの開き直り内閣」などと形容されているが、いずれもその本質の一端を浮かび上がらせているといえよう。ほころびや格差の拡大に言及しながらも、そうした事態をもたらした弱肉強食の市場原理主義を推し進める「改革の継続」にあくまでもこだわり、「戦後レジームからの脱却」路線は表面上は引っ込めたものの、その路線に邁進してきた閣僚をほとんどそのまま引き継ぎ、「こちらはひたすら低姿勢。理解をたまわること」などといって、ただただ野党に抱きつき、自らの弱さをカバーし、クリンチして体力消耗を防ぎ、相手の弱みを引き出そうとする、政権交代回避を最大の目的とした過渡期の内閣といえよう。これまでさんざん数の横暴で最低限の民主主義的な議論さえ無視して、無謀な強行採決を繰り返してきた与党連合が、参院で過半数を失うや、とってつけたように「話し合い」、「協議」などとその「低姿勢」ぶりを強調しているが、それはそうせざるをえないところまで追い詰められた彼らの不本意のやむを得ざる選択以外の何のものでもない。
 さらに福田首相自身が相当に悪質なのは、自身の政治団体で領収書の改ざんが見つかり、それが少なくとも100枚以上に達することが分かった際に、「枚数はね。ずいぶんありますよ。毎年そうやって、誰からも文句を言われなかった。改ざんではなく正しく直したということ」と平然として居直り、あとはムニャムニャと論旨不明の言葉を発して逃げる、その手法である。自身の政治団体への公共事業受注企業からの違法献金問題でも同様である。これでは政治資金問題について、その領収書の公開基準などについて論じる資格などそもそも持ち合わせていないことを自ら暴露したようなものである。一政治家としてのみならず一国の首相として、政治資金の使途について問われている問題の本質をまるで理解もしていず、危機感すら持っていないという鈍感さの、その程度の低さである。施政方針演説に対する答弁でもこの手法で、都合の悪いことはすべてはぐらかし、論旨不明のムニャムニャ、つかみどころのない答弁で逃げ切る、一方で「低姿勢」「話し合い」といいながら、これでは何の本質的な協議や話し合いも進まないの当然といえよう。福田内閣の悪質さは、それらの責任をすべて野党側に押し付けようとしていることである。

<<世論調査の逆転>>
 それでも世論の動向は、メディアの誘導とも符合して一種浮付いたものでもある。読売新聞10/10付けの世論調査では、福田内閣の支持率は59.1%と、不支持率26.7%を大きく上回り、1978年発足の大平正芳内閣以降の発足直後の支持率調査では「4番目の高さ」だという。それは焦眉の争点となっているインド洋での海上自衛隊の給油活動継続の賛否についても現れており、給油活動継続について「賛成」49%、「反対」37%と、安倍辞任直前の9月8、9日に行った同紙の世論調査では、「賛成」29%、「反対」39%であったのが、完全に賛否逆転しているのである。
 こうした事態に気を良くしたのか、自民党内では年内解散説が飛び交い、テロ特措法で混乱直後の11月16日解散、12月4日公示、16日選挙という具体的日程まで取りざたされているという。
 問題は野党の、とりわけ民主党の対応である。
 当初民主党の小沢代表は、「アフガニスタンの戦争はブッシュ米大統領が『米国の戦争だ』と言って、国際社会の合意なしに米国独自で始めた。日本の直接の平和、安全と関係ない区域に米国や他の国と部隊を派遣して、共同の作戦をすることはできない」「米国を中心とした作戦は直接、国連安保理で認められていないという認識だ」(8/8、シーファー駐日米大使との会談での発言)としてテロ特措法延長に反対する態度を表明していた。ここまでは「国際社会の合意」、国連決議がない以上、テロ特措法延長には賛成できないという態度であった。
 ところが、10月2日の記者会見ではさらに進んで「基本的に(給油は)憲法上許されないという考え方だ」「憲法上許されないという原則については、協議のしようがない」と語り、テロ特措法延長には妥協しないし、与党との協議もしようがないという考えを明らかにした。これは国連決議があろうがなかろうが、テロ特措法による海上給油は、給油活動を通じて米国の戦争に協力するものであり、それは憲法9条に違反するものであり、許されない、という態度を表明したものである。反対の論拠が以前よりもさらに本質的なところで組み立て直されたと見るべきであろう。当然のことではあるが民主党の党内情勢からすれば、大いなる前進であろう。いつまでこれを堅持できるかは疑問でもあるが、政府与党にとってはこれは衝撃であり、町村官房長官は、「(憲法違反などという小沢発言は)まったく理解できない」と気色ばむ事態となった。

<<攻守逆転>>
 ところがその後の事態は、疑問が危惧となって現れることとなった。
 小沢氏は、月刊誌「世界」(岩波書店)11月号で、「米国は自分自身の孤立主義と過度の自負心が常に、国連はじめ国際社会の調和を乱していることに気づいていない」と指摘し、インド洋上での給油活動については「国連活動でもない米軍等の活動に対する後方支援」であり、「(憲法が禁じる)集団的自衛権の行使をほぼ無制限に認めない限り、日本が支援できるはずがない」とテロ特措法反対の姿勢を改めて明らかにしているが、その一方で、国際社会への日本の対応について「平和維持への責任をシェアする覚悟が必要」と強調し、「国連の活動に積極的に参加することは、たとえ結果的に武力の行使を含むものであってもむしろ憲法の理念に合致する」とし、「私が政権を取って外交・安保政策を決定する立場になれば、ISAF(国際治安支援部隊)への参加を実現したい」と述べている。
 これでは明らかな武力行使容認論である。小沢氏は同誌論文の最後で、「貧困を克服し、生活を安定させることがテロとの戦いの最も有効な方法だ。銃剣をもって人を治めることはできない。それが歴史の教訓であり、戦争の果てにたどり着いた人類の知恵だ」と述べてはいるが、武力行使容認論と明らかに矛盾するものである。
 政府・与党は早速この問題を取り上げ、高村外相は10/7の民放テレビ番組で、民主党の小沢代表が国連決議に基づくアフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)への自衛隊参加は可能との見解を示していることについて「陸上でのアフガニスタンはすべて戦闘地域みたいなもの。憲法解釈上難しいのではないか」と指摘し、さらに石破防衛相も「国連が決めたら突如として日本の主権が消えて憲法9条に反しないという理論が本当に党内で賛同されているのか」と批判し始めた。 まさに憲法9条をめぐる攻守逆転である。
 テロ特措法をめぐるこのような政治的対決の時期に、まったく矛盾した不用意な論理を展開することは民主党にとって何の利益ももたらないばかりか、混乱をしかもたらさないであろう。憲法第9条はそもそも、「国権の発動たる戦争」だけでなく、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と明確に規定しているのである。そして憲法9条の輝きはここにこそあるといえよう。
(生駒 敬)