ASSERT 365号 (2008年4月26日発行)

【投稿】 自壊・憤死寸前の福田政権
【投稿】 チベット暴動と北京五輪妨害の背景を考える
【本の紹介】 ポスト戦後政治の対抗軸(山口二郎著)

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【投稿】 自壊・憤死寸前の福田政権

<<小泉答弁の全否定>>
 4/17の名古屋高裁判決は、航空自衛隊がイラク首都バグダッドに多国籍軍を空輸していることについて、憲法9条に違反する活動であるとの画期的判断を下した。
 判決はまず、現在のイラク情勢について、「イラク国内での戦闘は、実質的には03年3月当初のイラク攻撃の延長で、多国籍軍対武装勢力の国際的な戦闘だ」と指摘し、とりわけバグダッドは、「まさに国際的な武力紛争の一環として行われている人を殺傷し物を破壊する行為が現に行われている地域」であるとして、イラク復興支援特別措置法の「戦闘地域」に該当すると認定した。その上で、航空自衛隊の活動のうち「少なくとも多国籍軍の武装兵員を戦闘地域であるバグダッドに空輸するものは、他国による武力行使と一体化した行動で、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない」ものであり、これは「武力行使を禁じたイラク特措法に違反し、憲法9条に違反する活動を含んでいる」としたのである。
 イラク特措法の審議に際し、小泉元首相が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるわけない」とか「自衛隊の派遣されるところが非戦闘地域だ」などという荒唐無稽な詭弁、空疎かつ無責任きわまる答弁、その後の安倍、福田両政権が踏襲した論拠が全否定されたのである。判決は、こうしたイラク特措法を根拠に政府が決定し、実施した派兵活動が憲法9条に違反しているばかりか、イラク特措法そのものにさえ違反していると断じたことの意味は大きいといえよう。
 さらに判決は、原告側が主張した「平和的生存権」について、「平和的生存権は全ての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基本的権利である」と認定し、「9条に違反するような国の行為、すなわち戦争の遂行などによって個人の生命、自由が侵害される場合や、戦争への加担・協力を強制される場合には、その違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法により裁判所に救済を求めることができる場合がある」との見解を示し、平和的生存権には具体的権利性があると判示したことの意義も看過し得ない重要な判決といえよう。ただ今回の場合、「原告らの平和的生存権が侵害されたとまでは認められない」と述べ、この点については原告側敗訴としたが、逆に国側が勝訴であるがために上告できず、なおかつ原告側は実質勝訴として上告しないため、このまま判決が確定することの意義も大きい。
 日本の裁判所が「高度な政治性を有する国家の行為は憲法判断を控えるべき」として、憲法判断を避ける傾向が強く、行政追認・追随が定着しつつあった中で、今回の名古屋高裁の違憲判決は画期的であり、歴史的でもある。「イラクおよびその周辺地域への派兵禁止と、その行為の違憲確認を求めた」訴訟は、04年1月に元郵政大臣・箕輪登氏(故人)が提訴して以来、全国で12件、原告総数約5,800名、弁護団は800名を超えている、そうした努力と闘いの一里塚であり、成果でもある。

<<「そんなの関係ねえ」>>
 このような司法の自衛隊派遣の違憲判断に対して、当の福田首相は「それは判断ですか。傍論。脇の論ね」と受け流し、空自の活動について「問題ないんだと思いますよ」と他人事のように語り、「裁判のためにどうこうする考えはありません」と、判決を一顧だにせず、頭から司法の判断を無視する姿勢を明言している(4/17)。このような態度は、法治国家としての基本、憲法の定める三権分立原則を政府みずから無視し、ふみにじる行為であり、憲法99条に定める、閣僚の憲法遵守義務を正面から否定する違憲行為であり、内閣総理大臣罷免要件に該当する挑発的な発言、行動である。小泉、安倍、福田と続くまったく無責任・無思慮・軽挙妄動が常態となり、それがあたかも当然であるかのようにふるまう自公連立政権の象徴ともいえよう。
 首相が首相なら、閣僚も押して知るべしであろう。町村官房長官は記者会見で「総合的な判断の結果、バグダッド飛行場は非戦闘地域の要件を満たしていると政府は判断している。高裁の判断は納得できない」、自衛隊の活動への影響は「全くない」と、これまた判決を完全に無視する姿勢を表明。高村外相に至っては、名古屋高裁の判断を「後生大事にする必要もない。裁判所が傍論でそういうことを書いたという事実はあるから、外務大臣をやめて暇でもできたら読んでみますよ」とまで酷評している。真剣に対処しなければならない司法の判断を、「暇でもできたら読んでみます」とは、何事か。ここには最低限あるべき閣僚としての襟度、品位や節度、知性のひとかけらさえない。
 こうしたおごりと法治体制を無視した規律の緩みを最も典型的に示したのが自衛隊制服組のトップの発言である。防衛省の田母神俊雄航空幕僚長は4/18の会見で、高裁判決が現地で活動する隊員に与える影響を問われ、「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言したのである。シビリアン・コントロールを無視するばかりか、お笑いタレントの言葉を借用して、司法判断をからかい、揶揄するなどということが自衛隊の中で堂々とまかり通る事態はきわめて危険な兆候である。野党は、直ちにこの幕僚長を衆参両院に喚問して発言を撤回させ、このような事態を野放しにしている石破防衛相ともども罷免すべきであろう。

<<「しょうがないことはしょうがない」>>
 「物価が上がるとか、しょうがないことはしょうがないんで。耐えて工夫して切り抜けていくことが大事だ」、これは4/2の桜を見る会での福田首相の発言である。まったく気楽なものである。生活必需品から光熱費に至るまで物価高騰が一方的に進行しているにもかかわらず、そして世界的な景気後退の進行を前にして、ブッシュ政権でさえ戻し税をはじめ16兆円規模の緊急経済対策に乗り出したにもかかわらず、福田政権は何の景気対策も提起できず、ただただ財務官僚言いなりの縮小均衡路線、高齢者切り捨て、地方切り捨ての収奪政治にだけ執心し、その惨憺たる不評を省みることもできない。まさに二世議員・福田首相ならではの発言である。そもそも庶民の生活感覚など遠い存在であり、物価も年金も、医療保険も、保険料天引きの強制的実施も首相にとっては、航空自衛隊派遣の違憲判決と同様、他人事であり、”一切私には関係ございません”というところなのであろう。
 だからこそ、年金公約違反では、「年金を必ず払う、と過分な期待を抱かせた」と陳謝し、後期高齢者医療制度については「もう少し早く、段取りよく、十分な説明をして、いささかの不安も与えないようにしなくてはいけない。まずかったなと反省している」、ガソリン税の暫定税率期限切れについては「国民に多大な混乱を生じた」とこれまた陳謝するが、「物事が決まらない時間切れの政治。拒否権を振りかざすだけの政治」として野党に責任を転嫁する。福田首相のこれらの発言に特徴的なのは、起きてしまった事態に対して常に後ろ向きであり、前向きに事態を打開し、前進させる何の展望も示すことができないことであり、そうした事態を招いた自らの政治責任については一切合財頬被りをしていることである。
 さすがに首相のこのような態度に対しては、与謝野馨前官房長官が、日銀総裁人事をめぐる混乱に関し「人事の責任は政権、与党にある。どんなに民主党が幼い政党であっても、そのせいにしてはいけない」(4/13、テレビ朝日)と苦言を呈し、党首討論のやりとりについても「もうちょっと次元の高いことを話すかと思ったが、約束を守ってくれなかったとかいう話で、レベルが低い」と指摘し、さらに首相を支える立場の町村官房長官や伊吹自民党幹事長らを念頭に「官邸や執行部が意を尽くしていない。首相が携帯片手に『いいのか悪いのか』と電話しているのはかわいそうだ」とまでこき下ろしている。福田離れが露骨に噴き出してきた証左でもある。

<<「後期高齢者医療制度ショック」>>
 それでも政府与党はあくまでも、圧倒的多数の世論の動向も無視してでも、ゴールデンウィークを前に、ガソリン税再値上げを目指して、4月末の再議決、暫定税率の復活に執念を燃やしている。
 4/14に発表された民主党と国民新党の共同の緊急経済・生活対策にあるように、道路特定財源の暫定税率廃止によるガソリン値下げは、結果としてすでに「生活減税」となってしまったものである。とすれば暫定税率の復活は、新たな増税以外の何物でもなくなる。福田内閣に甘い読売の世論調査でさえ、暫定税率復活方針に賛成が30%、反対が61%という事態である。与党内の“造反者”の動きまで報道されている。再議決の強行は、当然、野党からの首相の問責決議案上程を必至とし、福田内閣は解散か、総辞職か、居座りか選択を迫られ、政局は一挙に緊迫しよう。小泉内閣の時とは違って、福田内閣に対しては支持率は低落する一方であり、今や20%台に低迷している。
 その上にさらに決定的なのは、4月15日、日本中を震撼させたといわれる「後期高齢者医療制度ショック」である。この日、政府が勝手に線引きをした75歳を越える「後期高齢者」の年金から一方的に有無を言わせず、事前に知らされもしなかった高額の保険料の天引きが実行された結果、政府・厚労省の傲慢なやり方に対する問い合わせや苦情、抗議、怒りの声が爆発し、窓口に殺到する事態をもたらしたのである。
 そもそもこの問題は福田首相が言うような「不手際、説明不足」「ネーミングがよくないんじゃないか」といった問題ではない。この制度は世界中のどこにも例を見ない、はじめから高齢者の医療費を抑制するために設定された差別的医療制度なのである。まず、75歳以上の高齢者全員を「後期高齢者」として、これまでの「世帯単位」から「個人単位」に強制加入させ、その全員から保険料を強制的に徴収、つまり200万人にも達するこれまでの扶養家族からも新たに保険料を徴収し、しかもホームドクター制への登録の名の下に月額の診療報酬を上限600点に押さえ、受診抑制を図ることを主たる目的としたものである。さらに70−74才の「前期高齢者」の窓口負担も現在の1割から2割に引き上げることも確定されている。さらに、現在老人保険を受給している65才以上の障害を持っている人も、選択制の建前でありながら事実上は後期高齢者医療制度に加入させられ、重度心身障害者医療の受給資格を失わせ、窓口負担を3割(70−74才は2割)に引き上げるなど、重度障害者医療費助成制度自体までも解体しようとするものである。「姥捨て山」を法的に制度化したきわめて悪質な差別医療制度といえよう。
 さすがに事態の深刻さに驚いた与党の中から、「最終的には制度廃止が会の目的」とする「後期高齢者医療制度を考える会」が発足し(4/17)、設立総会では「国民に今のままの説明しかできないなら次の選挙は戦えない」などの悲壮な声が上がったという。山崎派16人、古賀派6人、町村派5人、津島派4人、伊吹派1人、二階派1人、無派閥9人がこの設立総会に出席している。
 次の衆議院解散・総選挙は、「老人の反乱」によって政権交代が実現されるともいえよう。いずれにしても、福田内閣は満身創痍、自壊・憤死寸前の事態に直面している。野党が一致して政策をすり合わせ、練り上げ、福田内閣打倒に向けて協力・団結することが要請されている。
(生駒 敬)