アサート No.377(2009年4月25日)

【本の紹介】 『原発と地震 − 柏崎刈羽「震度7」の警告』
                 著者 新潟日報社特別取材班
         発行 講談社 2009年1月30日 1500円+税

<<無知・無責任「逆転判決」>>
 先月の3/18、名古屋高裁金沢支部で、国内最大級の北陸電力志賀原発2号機について、16都府県の128人が北陸電力を相手に運転差し止めを求めた訴訟の控訴審判決が行われ、高裁は運転差し止めを命じた06年3月の一審・金沢地裁判決を取り消し、住民側の請求を棄却する逆転判決を言い渡した。
 一審・金沢地裁判決は、国内55基目の商業用原発として営業運転を始めたばかりであったこの志賀原発2号機に対して、1、直下地震の想定が小さすぎること、2、考慮するべき断層による地震を考慮しなかったこと、3、耐震設計の際、地震動の想定に使われている「大崎の方法」に妥当性がないこと、などを主たる理由として「電力会社の想定を超える地震動が原子炉の敷地で発生する具体的な可能性があるというべきだ」と認定し、「被告の耐震設計は、地震によって予想される本件原発周辺住民が受ける被害の内容や規模に照らして相当と評価し得る対策を講じたものとは認め難い。よって、原子炉を運転してはならない」という主文の判決を結論としたのである。営業運転中の原子炉の運転差し止めや原子炉設置許可の取り消しを求めた訴訟で、原告の訴えが認められたのはこれが初めてであり、なおかつ地震動が原発運転差し止めの主たる理由として認められたのは歴史上初めてのことであった。まさに原発震災への画期的な警告を発した歴史的判決であった。
 そしてこの地裁判決が予見したとおり、07年3月には能登半島地震が発生し、問題の志賀原発2号機は想定の約二倍の揺れを観測し、さらに、その4カ月後の新潟県中越沖地震では、東京電力柏崎刈羽原発の揺れは680ガルを記録、東電の想定(最大加速度220ガル、耐震設計300ガル)をはるかに上回ったのであった。
 ところが名古屋高裁金沢支部は、こうした現実をまったく考慮することなく、「活断層の評価や地震の揺れの調査手法は最新の知見を反映している」「安全対策は国の新耐震指針に合致し、震災で住民が被ばくする具体的な危険性もない」「原子炉の安全は保たれている」として、「住民らの生命、身体、健康を侵害する具体的危険性は認められない」と言い切ったのである。地裁判決とはまったく逆の判断である。その判断根拠は、「原子力安全・保安院によって概ね妥当と評価されている」ということにつきるのである。上級裁判所に行くほど、国やその出先機関の主張をそのまま鵜呑みにし、責任を回避し、逃げ回る司法の姿をさらけ出している。
 判決は「安全対策は国の新耐震指針に合致し」としているが、この改定を余儀なくされた06年9月の新耐震指針でも、耐震設計指針は震度についてM7.0からM7.3程度までを考慮することが示されているにもかかわらず、判決は「地表地震断層が明瞭に現れずにマグニチュード7.3の規模の地震が発生するということはできない」から原告の主張を採用する必要はなく、北陸電力のM6.8でよい、とまで主張して新耐震指針をさえ無視し、既知の地表地震断層が無い場合でもM7.3の地震さえ起きているとの原告主張に対して、裁判所はそれさえも認定しなかったのである。その際、鳥取県西部地震を既知の活断層によるものとするなど、無知と判断能力のなさはあきれるばかりである。
 さらに、一審以降に隠ぺいしていたことが明らかになった臨界事故や、その後発生したタービン損傷事故についても原告側の主張を退け、「07年3月の能登半島地震でも放射能漏れにつながるような原子炉の損傷はなかった」などと述べているが、このとき志賀原発の2基の原発は、臨界事故隠し(1号機)とタービン損傷(2号機)のために止まっていたがために、重大事故には至らず済んだものであって、運転中であれば危険で深刻な事態が当然予測されたものであって、そのことに思いも至らない、北陸電力側の主張をことごとく認める無責任判決であった。
 そして、この判決の最も決定的な欠陥は、最も間近に直面した2007年7月16日の新潟県中越沖地震の深刻な体験が全く考慮されていないことである。この地震が東京電力柏崎刈羽原発を襲った被害の深刻さに少しでも触れると、控訴審判決は維持できないであろうと本能的に感知し、徹底的に回避したのだともいえよう。

<<緊迫の証言>>
 ここに紹介する『原発と地震−柏崎刈羽「震度7」の警告』は、2007年7月16日の地震発生1週間後の7月23日から約1年間にわたり、新潟日報が、原発と地震の問題を深く掘り下げた連載、特集、関連ニュースの報道を展開し、その長期連載企画「揺らぐ安全神話 柏崎刈羽原発」と関連ニュース報道が高く評価され、2008年度の日本新聞協会賞(編集部門)を受賞し、日本ジャーナリスト会議のJCJ賞も受賞し、このほどそれらをまとめた単行本として発行されたものである。そこに明らかにされている緊迫の証言は、身の毛もよだつ、という表現以上のものがあり、いくつもの偶然が重なってたまたま人類的大災害にいたらなかったにすぎない、人間の愚かさを告発し、原発震災という未知の領域の深刻な事態を警告している。
 その緊迫の証言の一端を同書から見てみよう。まずは地震直後の2007年7月16日午前10時13分。
 ・ 運転中の柏崎刈羽原発7号機の中央制御室、運転責任者の目崎俊弘(44)は「立っていられない」ほど強く横に揺さぶられた。思わず本棚につかまった。・・・操作パネル手前の天井にある照明が次々と落下、音を立てて割れた。目崎は次に「隠れろ」と叫び、机の下にもぐり込んだ。・・・
 ・ 7号機では、冷却用の復水機に蒸気を引き込むためのボイラーが地震で故障、通常は自動操作で冷やすところを、手動でやらざるを得なかった。
 ・ 岩盤に直接建てられた原子炉建屋の揺れも激しかった。協力会社の男性作業員は「わっ」としゃがみ込んだ。「逃げる余裕なんてない。自分の身を守ることで精いっぱいだった」
 ・ 原発構内の事務本部1階には災害時の司令部「緊急時対策室」があり、・・・だが「入り口の防火扉がゆがんでいて開かなかった」
 ・ 変圧器の火災、もうもうと立ち上がる黒煙、ところが、肝心の消火配管が地震で寸断、・・・

 このように、突如襲う地震は想定外の事態を次々ともたらし、人間が適切に対処できる時間も余裕など無きに等しい事態をもたらす。さらにその後の深刻な事態が次々と明らかになる。
 ・ 同二時半ごろ、(放射性物質がありえない)原子炉建屋三階の非管理区域の水たまりから放射性物質が検出された。・・・結果は最悪だった。水は床下を伝わって地下一階の排水槽にたまり、自動ポンプで日本海に放出されていた。
 ・ 5号機では炉内の水を循環させるジェットポンプと呼ばれる配管を留める金具にずれが見つかった。燃料集合体に今も地震発生前から許容範囲内でのずれはあったが、地震の揺れで斜めになり、引き抜けないトラブルが発生。炉内が大きく揺さぶられたことを示した。
 ・ 6、7号機では、緊急停止の際などに核分裂反応を抑え、原子炉を止める役割を果たす制御棒計三本が一時、引き抜けなかった。
 ・ 原子炉圧力容器内以外では6号機で原子炉のふたを開ける作業で使うクレーンの継ぎ手部分が折れた。ふたなどの開閉中に地震が起き、ふたが炉内に落ちる可能性について、東電は「クレーンは落下しない措置が取られている」と安全性を強調するが、部品交換以上の措置は取っていない。
 ・ 原発は、核分裂反応による熱で水を蒸気に変える。蒸気を基に発電機を回すのがタービンだ。点検では全号機のタービンで羽根と羽根が擦れ合って削れた跡を確認した。修理方法は未定だが、傷の程度などから羽根は交換せず、表面を磨いてなめらかな面に戻す作業になる見通しだ。
 ・ タービンは一分間に千五百回転している。破損して遠心力によってミサイルのように飛び散った場合、周辺機器を壊す恐れも指摘される。経済産業省原子力安全・保安院によると、米国の原発で一九九一、九三年に「タービンミサイル」事故が相次いで発生。発電機や復水配管などを傷つけた例があっただけに、中越沖地震で、高速回転中だったタービンが軽微な損傷にとどまったのは幸いだったともいえる。

<<「思考停止の政治」>>
 不幸中の幸い、偶然のなせるわざでたまたま世界的規模の被害をもたらす大災害を免れただけであることをこれらの事態は明らかにしているといえよう。同書が明らかにしているところによれば、「柏崎刈羽原発では、激震が残した傷跡は軽微なものまで含めると、〇七年十二月現在で三千件を超える。最も高い耐震性が求められる原子炉内の重要機器の一部も定位置からずれていたことが分かり、まだまだ被害の全容把握には至っていない」のが実態であり、「隠れた損傷」、機器の揺れはけた違いに大きく、「独立行政法人原子力安全基盤機構の高島賢二は「柏崎刈羽では、ほぼすべての機器で想定値を超えた。『安全余裕がある』で済ませてはいけない」と警鐘を鳴らす。中越沖地震の強い揺れで各機器に安全余裕の限界領域にまで達する力が加わり、性能の限界に近づいたのではないかと懸念するからだ。」と指摘されている。
 ところが、東京電力は柏崎刈羽原発の5月営業運転再開を目指しており、4/7、新潟県の泉田裕彦知事は、県が設置した「原子力発電所の安全管理に関する技術委員会」が、機器の点検作業が最も進んでいる7号機(改良型沸騰水型炉、135.6万キロワット)の安全性について、再開容認の見解をまとめた最終報告書を知事に提出したのを受けて、「運転再開に向けた前提条件の安全性はおおむね確保されていると受け止めた」と語り、運転再開容認の姿勢を明らかにしている。
 しかし、この「技術委員会」委員の一人である立石雅昭新潟大教授が、7号機の事実上の運転再開に当たる「起動試験」入りにあらためて反対する意見書を県へ提出し、同意見書で立石氏は、同原発沖の活断層評価などについて「審議が尽くされたとは思えず、見解には同意できない」と主張していたことが明らかにされ(3/22)、泉田知事は同委員会に対し、「(委員間の意見の)溝を埋めるよう努力してほしい」と求めていたものである。そこへさらに、4/11、柏崎刈羽原発敷地内で火災事故が発生、同地震後の同原発内での火災が9件と相次いでいることから、4/21に新潟県議会全員協議会に再開を諮る予定であったが、この火災事故を受けて知事は「延期したい」と表明、月内にも見込まれていた「起動試験」入り、運転再開が遅れる見通しとなっている。 安全を無視して運転再開にあせる東京電力、それを後押しする国、その間をふらふらと揺れ動く地方自治体。
 新潟日報の取材に答えて、作家・高村薫さんは「本当に助かったのは、阪神大震災のエリアに原発がなかったことです。」「今の政治には防災だけに限らず、国民の命を第一に守るという発想はない。三日間は自力で生きてくださいというのが国の防災計画。そんなものは生き延びられたらの話です。問題はいかに死なせないかということなのに、そういう発想はない。思考停止の状態。そういう政治をつくったのは私たちです。きちんと政治を見詰めてこなかった。国民一人一人が自分で思考することからすべてが始まる。それしかないんです。」と強調している。まさに至言である。
(生駒 敬)

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