ASSERT 393号 (2010年8月28日発行)

【投稿】 核抑止論からの脱却こそが民主党政権の生命線
【投稿】 世論操作はいかに行われたか・また行われるか
【投稿】 「みんなの党」--矛盾を抱える新自由主義--
【投稿】 「へいわに!たのしく!くらしたい!」
【日々雑感】---65年目の「8月」に思う---
【本の紹介】 『原爆の記憶 − ヒロシマ/ナガサキの思想』
【コラム】 ひとりごと---若者はなぜ損をするのか-

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【投稿】 核抑止論からの脱却こそが民主党政権の生命線

<<類型パタ−ン通りの挨拶>>
 今年、被爆65年の2010年のヒロシマ/ナガサキは、これまでとは明らかに異なった様相と期待が込められた8・6/8・9であった。昨年、「核兵器を使用したことがある唯一の国家として行動する責任がある」というオバマ米大統領のプラハ演説が提起され、その流れの中でアメリカのルース駐日大使や核保有国の英仏の代表もそれぞれ広島の平和記念式典に初めて参列し、過去最多の74カ国が参加する式典となり、国連事務総長として初めて平和記念式に出席した潘基文氏は、広島市の広島国際会議場で、「今がその時だ」と題した講演を行い、「グラウンド・ゼロ(爆心地)からグローバル・ゼロ(核なき世界)」へと訴え、核廃絶の実現に向け、包括的核実験禁止条約(CTBT)の2012年の発効や核の先制不使用主義などを進めることの重要性を訴えた。
 そしてこのような核軍縮への期待の高まりの中で、歴代自民党政権の内閣総理大臣挨拶と比して、今年の菅首相の挨拶は政権交代後初の「内閣総理大臣の挨拶」として注目されたが、これまでとまったく代わり映えのしない、これまでの類型パタ−ン通りの挨拶でしかなかった。類型パタ−ンとは、「唯一の被爆国であるわが国」、「核兵器廃絶と恒久平和の実現」、「国是である非核三原則」という決まり文句、そして「被爆者援護」への言及である。
 菅首相は、「唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界の実現にむけ先頭にたって行動する道義的責任を有している」と述べた上で、「各国首脳に核軍縮・核不拡散の重要性を訴える」「核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け平和憲法を順守し非核三原則の堅持を誓う」と述べ、「平和憲法遵守」を明言したが、歴代首相の挨拶と同様、それ以上に踏み込むものではなかったし、具体的な核軍縮への歩みを確実にする政策や行動提起、決意表明は一切なされず、期待はずれの挨拶でしかなかった。

<<「今こそ、日本国政府の出番です」>>
 一方、秋葉忠利・広島市長は平和宣言の中で、「今こそ、日本国政府の出番です」と訴え、「核兵器廃絶に向けて先頭に立」つために、まずは、非核三原則の法制化と「核の傘」からの離脱、核保有国の首脳に核兵器廃絶の緊急性を訴え核兵器禁止条約締結の音頭を取る、全ての国に核兵器等軍事関連予算の削減を求める等、「選択肢は無限です」と訴えた。
 ところが、従来どおりの内閣総理大臣の挨拶に終始した菅首相は、挨拶終了数時間後の記者会見で、秋葉市長が平和宣言で「核の傘」からの離脱を求めたことについてわざわざ反論し、「国際社会では核戦力を含む大規模な軍事力が存在し、大量破壊兵器の拡散という現実もある。不透明・不確実な要素が存在する中では、核抑止力はわが国にとって引き続き必要だ」と述べたのである。「日本国政府の出番」が「核抑止力論の弁護」とは、恐れ入ったものである。核抑止力論こそが核拡散の元凶となっている現実、その悪循環に目をふさぎ、核兵器廃絶に向けた「無限の選択肢」を自ら閉ざしてしまう、この政治的センスの低劣さはどうしたことであろうか。
 この問題について外務省で記者に見解を問われた岡田外相も「米国の核の傘なくして日本国民の安全を確保するのは極めて困難。(政府に「核の傘」からの離脱を求めた平和宣言とは)見解が異なる」と述べるだけである。さらに菅内閣の官房長官である仙谷氏は、秋葉市長が非核三原則の法制化を求めたことについても、「原則を堅持する方針に変わりはない。わが国の重要な政策として内外に十分周知徹底されており、改めて法制化する必要はない」と述べ、政権交代以前の自民党政権とまったく同様の見解表明しかできない有様である。政権交代の意義や期待を、ことごとく踏み潰してしまい、核廃絶への具体的展望さえ指し示すことのできない菅政権は失望をしかもたらさない存在と化しているといえよう。
 菅首相の発言について、広島被団協は「核の傘からの離脱を求めた広島市の平和宣言を真っ向から否定する考え」「核軍縮、核廃絶の潮流に逆行する発言」と指摘し、「核兵器のない世界の実現へ先頭に立って行動する道義的責任を有する」とした式典でのあいさつに矛盾し、「二枚舌と言われてもやむを得ない」、「核兵器廃絶に本気で取り組もうとしているのか疑問だ」として強く抗議している。
 8月9日、長崎市の田上富久市長は平和宣言の中で、核密約により非核三原則を形骸化させた政府の対応に、「強い不信を抱いている」ことを明確にし、「日本政府は、なによりもまず、国民の信頼を回復するために、非核三原則の法制化に着手すべきです。また、核の傘に頼らない安全保障の実現のために、日本と韓国、北朝鮮の非核化を目指すべきです。「北東アジア非核兵器地帯」構想を提案し、被爆国として、国際社会で独自のリーダーシップを発揮してください。」とあらためて訴え、具体的な政策を提起し、独自に行動することを求めている。

<<自民党応援団と化した菅政権>>
 菅政権は、内外ともに共鳴し高まりを見せる、ヒロシマ/ナガサキの核兵器廃絶の声に対して、核抑止力は必要であり、核抑止力を残しておくべきであり、核抑止力を前提とした米軍基地が必要不可欠であると宣言したのに等しいといえよう。菅政権は、現実にはそのようにしか行動してはいないし、核抑止論からの脱却への努力が一切放棄されているところに最大の問題があるともいえよう。
 その意味では、この11月11日に告示、28日投票の沖縄県知事選は、民主党政権にとって最大の試練の場となろう。8/20、普天間基地を抱える宜野湾市長の伊波洋一氏は、野党三党推薦・無所属で立候補することを明らかにし、昨年の政権交代まで県内移設推進派で自民党の推す現職の仲井真氏と対決し、「今回の知事選は、脱基地を目指す県政をつくるのか、戦後65年も押し付けられた米軍基地の負担と重圧を継続する県政にするかだ」とその態度を鮮明にし、「沖縄の将来を決定付ける重要な選挙。沖縄に基地を押し付けようとする日米両政府に県民の意思を示すことになる」とこの選挙の意義を強調している。この段階に至ってなお、核抑止論と日米共同声明に囚われ、米軍普天間基地の名護市・辺野古への移設・たらいまわしに固執することは、民主党政権それ自体が、沖縄県民総体に敵対する存在以外のなにものでもないことを証明してしまうものである。
 ところが、菅政権の閣僚である北沢防衛相は八月初めに仲井間知事と会談した際に、「政府としては仲井間知事に当選していただきたい」と発言していたことが暴露されている(8/13付け朝日新聞)。自民党応援団と化したこの政権にそもそも存在価値があるのであろうか、疑わしいところである。
 今年6/1の参院・外交防衛委員会で喜納昌吉議員が「まあ沖縄でうわさなんですけれどもね、来るべき知事選にも官房機密費を使うといううわさが流されていて、私たちも選挙が戦いにくいですね。是非この辺は、そんなことはあり得ないですか、どうですか。」と官房長官につめより、「沖縄では、名護市長選や石垣市長選で自民党支持候補の選挙対策に官房機密費が使われたといううわさがあるんですね。普天間基地移設先の候補地として挙げられたうるま市や徳之島の議員を官邸に呼ぶための経費として使われたとか、徳之島の議員を銀座で飲食させるために使われたとか、様々なそういううわさが飛び交っているんですね。私はやっぱりそのようなうわさを信じたくないですから、そんなことを我が官房長官がやると思っていませんからね。是非私は官房機密費をオープンにしてほしいと思うんですけれども、この辺はどうですか。」と畳み掛けている。さもありなんことであるが、民主党政権の浮沈にかかわる重大疑惑とも言えよう。
 一方で、普天間基地の国外移設を主張する川内博史衆院議員ら約20人が日米共同声明に反対する立場から沖縄を訪問し、伊波洋一氏とも面談するという。政権交代の大儀は彼らこそが担っているともいえよう。民主党はこの際、核抑止論から大胆に転換し、脱却することこそが、民主党再生、浮上の最大の鍵であることを肝に銘ずべきであろう。
(生駒 敬)