アサート No.394(2010年9月25日)

【投稿】 尖閣諸島における中国漁船衝突事件と日中関係の緊張
                            福井  杉本達也 

1 中国封じ込めの第一線
 『フォーリン・アフェアーズ』誌2010年6月号の巻頭論文:「中国は東半球での覇権を確立しつつある」の中でロバート・カプランは「陸上の国境線を安定化させ、画定しつつある中国は、いまや次第に外に目を向け始めている。中国を突き動かしているのは…エネルギー資源、金属、戦略的鉱物資源を確保することだ。…いまや大中国圏が形成され始めている。…しかし、中国の影響圏の拡大は…米軍の活動圏と不安定な形で接触するようになる。…千島列島から朝鮮半島、沖縄を含む日本列島、台湾、さらにはフィリピン、インドネシアを経てオーストラリアへいたるラインを中国は「第1列島線」と呼んでいる。…この島嶼チェーンには潜在的なフラッシュポイント(紛争の発火点)が複数存在する。すでに中国は東シナ海、南シナ海の大陸棚資源をめぐってさまざまな論争を抱え込んでいる。日本とは尖閣諸島(釣魚島)をめぐって、フィリピンやベトナムとは南沙諸島をめぐって領有権論争を抱えている。…これら第1列島線には、「相手(=米国)が張り巡らした海洋における万里の長城」がある。…中国の太平洋へのアクセスを監視、あるいはブロックする監視ラインとして機能している。」と書いている。尖閣諸島(釣魚島)はまさに中国を太平洋に出さないための万里の長城の一端なのである。
 
2 「一粒で二度おいしい」領有権紛争
 カルバンは「尖閣諸島(釣魚島)」と書いているが、「釣魚島」は中国名の表記であり、米国が尖閣諸島を日本領土と認めているわけではない。孫崎享氏は『日米同盟の正体』の中で、「北方領土は、米国にとり二度、三度と味わったおいしいアーモンドグリコである。…千島列島の範囲を曖昧にしておけば、この範囲をめぐって日本とソ連は永遠に争うことになり…日本は見事に米国の構想の下に踊らされている」と書いているが、尖閣諸島も韓国・北朝鮮との争いがある竹島も同様に米国の手の中で踊らされているのである。カルバンの指摘するもう1つの重要な点は、中国が「陸上の国境線を安定化させ、画定しつつある」ということである。かつて戦火を交えたロシアとはアムール川等での国境線を画定したのをはじめ、西部の旧ソ連諸国やベトナムとも画定している。インドとも画定交渉が進んでいる。また、ロシアもこの9月15日に40年以上争ってきたノルウェーとの北極圏の係争区域を画定している。係争区域が無くなることは紛争の種が無くなるということであり、隣国同士が争い、互いに国力を消耗させ、場合によっては介入しようとする米国の戦略にとってはマイナスである。唯一残っているのが東シナ海・南シナ海をめぐる係争区域なのである。7月に末に行われた米韓合同軍事演習に参加した横須賀を母港とする空母ジョージ・ワシントンは、その後ベトナム・ダナンを訪問し(毎日:2010.8.18)、南シナ海に展開している。また、米海軍は潜水艦の60%を太平洋地域に展開する計画であるが、9月3日には米海軍最新鋭のバージニア級原潜「ハワイ」が横須賀に初めて入港した。特殊部隊をひそかに陸地にも送り込める、東シナ海・南シナ海などの水深の浅い海でも行動できる潜水艦であるとされ、特に中国周辺に展開するものと思われる(NHK:9.3)。
 
3 中国漁船の拿捕・船長逮捕と日本政府のドタバタ劇
 中国漁船が海保巡視船と衝突する事件が発生したのは9月7日午前10時頃であるが、同日夜には海保は船長を公務執行妨害で逮捕し、日本の国内法で裁くこと決めた。当然ながら中国側は再三にわたり日本側に抗議し、極めつけは、12日午前0時に丹羽中国大使を中国外務省に呼びだし外相よりも格付けの高い国務委員が「非礼」ともいえる抗議を行った。これに慌てた政府は14日に急遽14名の乗組員を送還した。その後も中国側は東シナ海ガス田開発条約交渉の延期・9月下旬の国連総会の場で予定した日中首脳会談の中止・全人大副委員長の訪日中止等、矢継ぎ早に手を打ってきている。仙谷官房長官は14日の記者会見で、全人代代表の訪日延期に「甚だ遺憾だ」と述べたが、いまのところ外交的には完全な中国側の勝利である。岡田前外相が主導して任命した初の民間人としての丹羽大使は伊藤忠商事出身であり、社長時代に対中事業に積極的に取り組んだだけに経済界への脅しは決定的である。

4 アーミテージの指図で躍る海保・外務官僚
 日本は船長逮捕までのストーリーしか画けていなかったが、中国側からは二の矢、三の矢が次々と飛んできている。日中間の当面の外交日程は全て中止であり、経済関係のも影響を及ぼしかねない。おまけに台湾からの漁船も抗議活動に加わるなど「第3次国共合作」を思わせるほど東アジアにおいて日本は孤立してしまった。日本側の打撃は極めて大きい。外交は政治的駆け引きである。このような稚拙な外交となってしまったのは、海保・外務官僚が米国軍産複合体の指図で踊らされ、後先を考えず”冒険主義”に走ったからである。動揺する官邸にわざわざ代表格・アーミテージ元国務副長官が飛んできて、仙谷官房長官と会談するとともに、記者会見で「いかなる領土も日米安保条約の対象になることを中国は認識すべきだ」と語って動揺する日本を叱咤した(日経:9.16)。しかし、これはブッシュ時代の亡霊であり、オバマ政権下では8月16日の国務省クローリー次官補の会見では尖閣諸島が日米安保の対象となると直接的には言及していない(福井:8.18)。9月10日付けのNYT-Opinionは「The U.S. doesn't take a position on who owns the islands」(米国は尖閣諸島が日本の所有だという見解を取っていない)としている。煽られた日本は既に梯子を外されている。米国は尖閣諸島の紛争に”公式には”介入はしないということである。日中間に緊張関係がもたらされて歓迎するのは、米軍産複合体の代理人とその配下で国益を無視して動き回る海保・自衛隊・外務官僚の一部である。

5 与那国島では重大な危険と主権侵害があったが日本政府は何もしてこなかった
 沖縄県の最西端・与那国島では尖閣諸島などとは比べ物にならない重大な日本の主権侵害が38年にも亘り行われていたが外務省・自衛隊は何の手も打ってこなかった。防衛省は6月24日に「与那国島の上を通っていた『防空識別圏』の境界線を領空(領土から12カイリ)の2カイリ外側まで拡大すると発表した。領空を守るための警戒線が領土の真上に引かれるいびつな状態が解消されることになる。省内規定である訓令の見直しを25日施行する。」(Asahi:6.24)という簡単な報道で誤魔化されているが、沖縄返還後38年にもわたり、事実上の空の国境線が与那国島のど真ん中に引かれ、与那国空港を発着する日本の航空機は「国籍不明機」による「台湾領空侵犯」として常時危険な台湾空軍のスクランブルを受けていたのである。戦後日本を占領した米国は、日本の防空識別圏の西端を、与那国島の上空を南北に通る東経123度に設定し、その東側は台湾の防空識別圏と決めたため、与那国島の西半分の上空は、台湾の防空識別圏に入るという変則的な状態(田中宇:6.24)になっていたからである。
 
6 緊張緩和に転換する李明博政権と3周遅れの緊張激化に走る日本
 9月9日に李明博大統領が突然ロシアを訪問したことに関し、「ドナルド・グレッグ元南朝鮮大使は先月31日、ニューヨークタイムズへの寄稿で、天安艦事件に関するロシアの調査結果がなぜ公表されないのかについて、『信頼できるロシアの友人』が『それが(公表されれば)李明博大統領への相当な政治的ダメージとなり、米国をも困らせるであろうからだ』と語ったことを明らかにしている。」(Korea News No.396参照)また、ロシアのボロダフキン外務次官は「7月に発表された安保理議長声明が緊張緩和を促すことに期待を表し、『中国側と共に、事件の終了に賛成する』と協議終了を主張。『対立の激化を許さなかったことは、地域安定維持のためのロシアの有する手段が求められ、有益であることを表している』と自負した。南北間の対話が再開すれば、半島横断鉄道やガス・電気網の敷設が可能になるとも述べた」(Voice of Russia:9.14)。韓国は中国・ロシアの軍門に下ったといえる。これらを裏付けるように、韓国から北朝鮮への米の援助再開や南北離散家族再開に向けての再協議・北朝鮮開城団地における韓国側従業員の滞留も500人から900人へと増加している。また、金総書記の中国東北部への視察もこうした緊張緩和の一環と位置づけられる。こうした一連の動きを受け、キャンベル米国国務部東アジア太平洋次官補は最近 「何らかの進展(6者会談再開)のために南北間にある種の和解措置が重要だ」と話し(ハンギョレ:9.13)、6カ国協議再開に向けての準備が始まっている。極東アジアは7月までの一触即発の緊張した状況から大きく転換しつつある。こうした流れに逆らうものが、今回の尖閣諸島における事件である。
 日中両政府は5月31日の首相会談で、東シナ海ガス田開発問題で条約締結交渉を早期に開始することで合意し、7月27日に初協議を行った。「『友愛の海』は大変いい言葉だ。私も友愛の海であってほしいと思っている」(毎日:7.28)と菅首相は語っていた。合意の前提は領土問題を棚上げにして、経済協力を優先するということである。しかし、米軍産複合体勢力やそれに寄生する日本国内の勢力からすれば、ガス田開発で既成事実を積み重ねられて、日中間の不安定要素が無くなることは自らの立場=売国的権益が無くなることである。協議が積み重ねられる前に潰したい思惑があるといえる。 

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