ASSERT 395号 (2010年10月23日発行)

【投稿】 菅政権と危険で挑発的な前原・枝野路線
【投稿】 「正義」のゆくえ
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【投稿】 北朝鮮の権力世襲と東アジア情勢
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【投稿】 菅政権と危険で挑発的な前原・枝野路線

<<「粛々と対応する」>>
 日本と中国をめぐる対立の激化は危険な様相を呈し始めている。中国各都市における反日デモの拡大は、いったん修復に向かいかけていた流れを押しとどめ、政府間レベルの小手先の妥協や手打ちを許さない雰囲気を醸成し、容易に解決し得ない、根の深い問題へと進展し始めている。
 そもそもこの問題、日中対立の激化の発端となった中国漁船と海上保安庁巡視艇との衝突事件に際し、日本側は、尖閣諸島=日本の「固有の領土」論を、この時期に意識的、意図的に強調し、事件当時の国交大臣で海上保安庁を指揮する前原誠司現外相は「東シナ海には領土問題は存在しない」、「日本の国内法に基づき粛々と対応する」と発言したところに重大な挑発的、対決的な政治姿勢が色濃く浮き出されている。
 前原氏はすでに9/7の事件発生の時点で、小泉政権時代に尖閣諸島に上陸した中国人を即刻強制送還して問題の拡大を防止した前例を踏襲するのではなく、むしろこの事件を好機として、尖閣諸島には「領土問題は存在しない」ことを強引に既成事実化し、これを外交案件ではなく、「日本の国内法に基づき粛々と対応する」挑発的姿勢を鮮明にし、中国漁船船長の逮捕・起訴を視野に入れていたのである。現実に、9/14の民主党代表選を経て今度は外相となって登場してきた前原氏は、9/16、石垣海上保安部を急遽視察し、直後に「日本の国内法に基づき粛々と対応する」と発言している。前原氏は事件発生当初から、このような姿勢をとれば当然中国側の激しい反発を招くことを承知の上で、それでもこの姿勢を貫くことが、反中国感情を煽ることが、行き詰る民主党政権の起死回生のチャンス、菅政権をリードし、無為無策の菅首相をあやつり、事実上の前原政権とする最大のチャンスと捉えたのであろう。この時点で、このような前原外相の冒険主義的で危険な路線に牛耳られた菅政権はすでに、あの小泉時代の反中国姿勢よりもさらに強硬な反中国対決路線に転換したのだといえよう。

<<「米国の力となるホープ」>>
 さらに前原外相は、9/23、ニューヨークでクリントン国務長官と会談した際に、前原外相のブリーフィングとして、米国務長官から「明らかに尖閣諸島には日米安全保障条約が適用される」という言葉を引き出した、といかにも自慢げに発表している。これではあたかも「アメリカが尖閣諸島で日本を守る」ことを明らかにしたと大宣伝するようなものであり、事実日本の大手メディアはいっせいにそのように報じたのである。このような挑発的で子どもじみた言動は、わざわざ中国側に軍事対決を煽り、「我が方には米軍あり」といきがっているに過ぎないものである。
 ところが、この日米外相会談のわずか4時間後のクローリー国務次官補とホワイトハウス国家安全保障会議のベーダー・アジア上級部長の記者会見では、「米国は仲裁の役割を果たすつもりはない。日中間による平和的対話での早期解決を願う」と言明しており、クローリー国務次官補はその記者会見で、「クリントン長官が会談で伝えたのは、日中両国の対話による早期解決を望むということ。われわれは軍事問題への発展を望んでいない」ことだと語り、北朝鮮やイラン、アフガニスタン情勢などに続いて、前原外相が中国との緊張を議題として取り上げ、日本側が司法の範囲で取り組んでおり、解決への自信があると説明し、これを受けてクリントン国務長官が「同地域の安定において日中関係はきわめて重要。平和的対話によるすみやかな解決を望む」と伝えた、のだと述べているにすぎないのである。さらにクローリー国務次官補は、記者の質問に対して「米国は調停など特定の役割は担っていない。日本のように成熟した国なら、問題を解決する能力があるはずだ。尖閣の領有権についてわれわれは特定の国を支持する立場をとらない」と強調し、尖閣諸島が日本の固有の領土であるという主張でさえ斥けられているのである。米政府にとっては尖閣諸島は係争中という認識であり、これが米政府の公式見解なのである。前原外相のブリーフィングでは触れられなかったことこそが日米外相会談の真実であったといえよう。
 ここでさらに問題なのは、前原外相にとってはこの初の日米外相会談で、「米国の力となるホープだ」と持ち上げられ、会談に同席していたキャンベル国務次官が、グアム移転費について米議会からさらに圧力がかけられていること、そして日米防衛同盟を強化すべきなのに日本の支援が未だにGDP1%枠内を出ないことに「日本の協力が足りない」と不満を表す米議員が増えているなどと説明し、クリントン国務長官が理解と協力を求めたのに対して、前原外相は、思いやり予算の大幅増額を初め、米側が提示するほとんどの内容について「日米同盟の深化のためには不可欠だ」と協力的姿勢を示し、普天間問題について、移設先を名護市辺野古とする日米合意の履行に向け、すでに対策は講じており、対中関係の緊張で、在沖縄米軍基地の抑止力や必要性に関する国民の理解も高まっている、と米側への追従姿勢を明確にしたことである。まさに「米国の力となるホープ」としての、日本政府における米側代理人としての立ち位置、本質を明確にしたのである。
 日本の外相として本来、米側に伝えるべき、基地撤去を訴える圧倒的な沖縄県民の民意をまったく伝えもせず、対中国対決姿勢を米の威を借りて煽り、いったい何の対策を「すでに講じている」のか、沖縄の抑止力論をますますふりかざして、沖縄の民意を蹴散らそうとしている前原外相の姿がここに浮かび上がってくる。

<<「悪しき隣人」>>
 さらにこの前原外相の姿勢に輪をかけて、反中国姿勢を煽り立てているのが枝野民主党幹事長代理である。菅首相が10/1の所信表明演説で「中国との戦略的互恵関係の深化」を基本方針に掲げたその翌日の10/2、さいたま市での講演において、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に触れて、「中国との戦略的互恵関係なんてありえない。あしき隣人でも隣人は隣人だが、日本と政治体制から何から違っている」「中国に進出している企業、中国から輸入に依存している企業はリスクを含めて自己責任でやってもらわないと困る」「中国は法治主義の通らない国だ。そういう国と経済的パートナーシップを組む企業は、よほどのお人好しだ」「(今後の外交について)より同じ方向を向いたパートナーとなりうる国、たとえばモンゴルやベトナムなどとの関係をより強固にする必要がある」などと述べ、講演後、中国を「悪しき隣人」と呼んだことについて記者団に聞かれると、「良い隣人だと思うか?」と食って掛かる始末である。前原外相とは最も近い関係にあることからも、「偏狭なナショナリズム」を煽る二人の露骨な反中国姿勢は、その共謀姿勢が明らかである。
 議員個人の個人的な発言ではなく、菅政権発足直後の民主党幹事長であり、菅首相の側近として、参院選敗北の責任もろくに問われることなく、菅首相と岡田幹事長の強い要請により再び民主党の要職である幹事長代理に就任した公人としての発言である。菅政権が「中国との戦略的互恵関係」を表向きは必死に維持しようとしているさなかに、そんなものは「ありえない」と断言し、「そういう国と経済的パートナーシップを組む企業は、よほどのお人好しだ」と茶化し、中国進出企業の撤退と経済的パートナーシップの破棄を勧めているのである。日本経済の現実を無視した、これほど好戦的・敵対的で乱暴極まりないやくざまがいの発言は過去にも例がないであろう。このような枝野発言は、いわば中国への絶交宣言、断交宣言に等しいものである。理性と謙虚さ、品位さえも失い、個人的憎悪をエスカレートさせることしかできないこのような政治家が民主党、菅政権の中枢に座り、その発言の責任も問われることなく居座り続けていること自体が異常であると言えよう。
 このような乱暴で危なっかしい発言を容認していれば、日中間の平和的共存関係は根底から破壊されてしまい、政治的経済的に計り知れない災厄をもたらすことは明らかである。
 それにしても不可解なのは、このような事態を放置し、首相としての指導性もなんら発揮できない菅直人首相の政治姿勢である。菅首相言うところの「政治主導」が聞いて呆れる、その「政治主導」は、反中国対立激化の政治主導になってしまっているのである。しかもその政治主導は、前原・枝野路線の政治主導であり、菅首相は操り人形のごとく踊らせられ、官僚任せの責任転嫁と事後処理に追われ、明確な平和外交と共存関係の再構築にリーダーシップをまったく発揮できないのである。菅氏は、ただただ権力の頂点に座り続けていたいだけなのであろうか。前原・枝野両氏を指導・監督すべき仙石官房長官でさえ、中国側の強い反発に直面して「司法過程についての理解が(日中間で)ここまで異なるということについて、もう少し我々が習熟すべきだった」という程度の現状認識しか持ち合わせていない政治的認識のお粗末さである。いずれにしても、このような菅政権のお粗末さに乗じた傲慢でエリート臭ふんぷんで危険極まりない親米・反中の前原・枝野路線を野放しにしていては、菅政権は予想よりも早く瓦解せざるを得ないであろう。
(生駒 敬)