アサート No.399(2011年2月26日)

【本の紹介】 「日本経済論---「国際競争力」という幻想---」
 
     松原隆一郎 NHK出版新書 2011年1月10日 820円+税 
 
 松原教授の著書としては「分断される経済」(NHKブックス)がある。鋭い切り口で、問題を解明していく筆致を記憶している。本書は、「2008年〜2010年の社会現象を分析し、日本経済の抱える問題を浮き彫りにする」とカバーに記されているように、扱われているテーマは多岐にわたる。しかし、小泉構造改革論からデフレ論など迷走する経済政策、特に政権政党となった民主党の政策を俎上に載せ、リーマンショック後の現在の円高状況の下、「国際競争力」幻想を断ち切って、新たな公共政策の必要性を提起している。紙面の都合もあり、私が興味をもった論点数点について紹介することしたい。
 
<民主党福祉国家論の誤り>
 戦後一貫して政権党にあった自民党は特に公共投資により景気浮揚策を実施し続けたが、90年代初頭のバブル崩壊後も、「無駄な公共事業」と国民に意識される程、財政赤字を積み上げながら公共事業投資を進めた。「この時点で公共事業や政府サービスといった公共事業は、国民の要望に応じて再編されるべきであった。しかし、それよりも景気対策とすることだけを目的としたために、効果を薄めたケインズ主義に国民は失望を募らせた。」
 この行き詰まりの中で、構造改革を掲げた小泉内閣が登場する。長引く不況は、規制や慣行、制度が陳腐化しているのが原因と説明され、官から民へ、規制撤廃が謳われた。確かに、在任5年間、景気は上向く。一方でトリクル・ダウン効果は生じることなく、富める者は富み、貧困と格差が蔓延する。
 これらに対する国民の不満を背景に政権を奪取した民主党は、「公共事業は、官僚の天下り先確保政策だ」と、所得の再配分を掲げ、子ども手当や農家の戸別所得保障などを行おうとしている。しかし、壊れたコミュニティの再生や社会政策抜きの「バラまき」の景気回復への効果は、果たしてどれ程のものかと著者は疑問を呈する。
 「これらの方針しか思い浮かばないのは、民主党が反官僚(ケインズ)主義ゆえに公的部門の意義を低く見積もり、また小泉構造改革を新自由主義ないし市場原理(至上)主義と誤って解釈したせいだというのが、本書の診断である。」と。
 小泉構造改革とは、その実は「輸出企業を優先する市場介入策だった」のであり、著者は、それは「重商主義」と呼んでおくとする。「重商主義を市場原理主義とみなし、それを批判するのが、民主党的な福祉国家路線である。どちらも解釈の誤りという点で共通する。」「価格競争によって輸出を伸ばしても、変動相場制度のもとでは円高によって相殺されるだけであり、国レベルでは景気対策にはならないのである。内需不足に起因する景気不振から国際競争力によって脱しようとする重商主義は、幻想にすぎない。」と。
 
第一章「経済」をめぐる迷走と論点、第二章「国際関係」をめぐる迷走と論点、第三章「民主党政権」の迷走と論点、第四章「安心」をめぐる迷走と論点、第五章「公共性」をめぐる迷走と論点、と本書は展開されていく。

<「公共性」をめぐる問題>
 筆者の記憶においても、かの「事業仕分け」の印象は強い。費用対効果のみを基準に、文化・教育政策が次々と「仕分け」された。確かに官僚の無駄遣いは批判されるべきだが、何か味気なさも残った。
 著者は、第四章で従来の公共事業、景気対策としての公共事業や社会資本整備と言われるものに、むしろ含まれていない「公共財」の価値とその維持のための取り組みが求められていると解く。まず「自然」そのものが公共財である。そして、「ハコモノ」もそれを運営するマネジメントがうまく機能すれば、地域住民の活動の拠点となったり、社会的連帯の拠点となると言う意味で、組織経営マネジメントも含めて公共財であろう。さらにボランティア的な私的活動も、公共的価値を生み出すとすれば准公共財と言える。江戸時代の寺子屋などがそうある。そして人と人とのつながり、社会資本関係(ソーシャル・キャピタル)も家庭制度や地域社会のつながりもまた、公共財と考えるべきであるとする。
 小泉構造改革が破壊した人間関係、格差をそのままにして「子ども手当」を個々人に届けるだけとなっては、民主党の政策は、人と人とのつながりをどう再建するのかが、見えてこない。ばらまき批判に耐えられないのであろう。
 この他にも、「迷走と論点」として整理された内容には、興味深いものも多いが、是非一読をお勧めしたい。(佐野秀夫) 

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