ASSERT 402号 (2011年5月28日発行)

【投稿】 脱原発政策転換に立ちはだかる菅政権
【投稿】 浜岡原発全面停止を歓迎する
【投稿】 ビン・ラディン殺害と中東政策の転換
【本の紹介】レーニンの墓---ソ連帝国最後の日々---(上・下)
【日々雑感】 大震災に思うA
【コラム】 ひとりごと---再び、統一地方選挙について--

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【投稿】 脱原発政策転換に立ちはだかる菅政権

<<政権延命手段>>
 前号で提起した「浜岡原発を即刻停止させよ!」は、現実のものとなった。とりあえずは「第二のフクシマ」の再現を、東海地震震源域の真っ只中にある危険極まりない浜岡ではなんとしても食い止めなければならないという一点において、ほんの端緒にしか過ぎないが、それでも前進であると評価できよう。しかしそこには覆い隠しがたい重大な問題、弱点、欠陥が横たわっている。
 その覆い隠しがたい重大な問題点の一つは、この浜岡原発操業停止「要請」が政権延命手段としてしか位置づけられていないことであり、脱原発への政策転換とは程遠いものであり、それがまた多くの人々に見抜かれていることである。それは、政府・国家の責任において「浜岡原発を即刻停止させる」べき「操業停止命令」を、「操業停止要請」(5/6)として電力会社に責任を転嫁したところに端的に現れている。対する中部電力側は首相の停止要請受け入れに際し、「運転停止要請に係る確認事項」なる文書を経済産業省に提出(5/9)、そこで「浜岡原子力発電所の安全対策は、法令・技術基準等に基づき適切に実施され」ていると強調し、停止は「国民に一層安心頂くためのもの」だとして、そのことを「十分に(国民に)周知していただきたい」と要求し、政府側はこれをそのまま受け入れ、海江田経済産業相は同日の記者会見で、浜岡発電所は「耐震安全対策はこれまで適切に講じられてきており、技術基準等法令上の安全基準は満たしている」と明言して、中部電力の耐震安全対策にお墨付きを与えたのである。
 ところが浜岡原発の耐震設計における津波の想定は、最大で8メートルにしか過ぎず、しかも、本体の原子炉建屋は海抜10メートルの地表から地下に埋め込まれ、非常用ディーゼル発電機は福島と同様にタービン建屋の地下、海抜わずか6メートルの位置にあり、福島原発を襲った14メートル前後の津波の前にはことごとく機能不全となることは明らかである。中部電力自身が、今後2〜3年かけて高さ10数メートルの堤防をつくるとしていることは、現状では大津波にはとても耐えられるものではないことを認めているのである。さらに津波襲来以前の、地震そのものによる浜岡原発が立地する地層、基礎岩盤の相良層は弱くてもろく、その液状化対策もまったく採られていないのである。「耐震安全対策はこれまで適切に講じられてきており」などととても言えるものではない。
 しかも浜岡原発敷地内には、耐震指針の対象になっていない1、2号機の燃料プールには、現在でも計1165体もの使用済み燃料が保管されており、これまた福島原発と同様、危険極まりない存在であり、地震と津波に真っ先に破壊され、放射能を撒き散らす可能性が極めて高いのである。

<<「割り切り方を間違えた」>>
 浜岡原発運転差止訴訟で、原子力安全委員長の斑目氏は、被告中部電力の証人として証言台に立ち、原告側弁護士の「先ほど非常用ディーゼル発電機2台が同時に動かないという事態は想定しないと。」と問われて、「想定しておりません。」、「非常用ディーゼルが2台動かなくても、通常運転中だったら何も起きません。ですから非常用ディーゼルが2台同時に壊れて、いろいろな問題が起こるためには、そのほかにもあれも起こる、これも起こる、あれも起こる、これも起こると、仮定の上に何個も重ねて、初めて大事故に至るわけです。だからそういうときに、非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう、こう考えましょうといっていると、設計ができなくなっちゃうんですよ。つまり何でもかんでも、これも可能性ちょっとある、これはちょっと可能性がある、そういうものを全部組み合わせていったら、ものなんて絶対造れません。だからどっかでは割り切るんです。」と答えている。
 静岡地裁はこの裁判の2007年10月26日の判決で「被告策定の基準地震動は妥当で、設計上の安全余裕は十分確保されている。東南海・南海地震と連動した場合でも耐震性は確保され、地盤は堅牢。」として原告側の主張を全面棄却するまったく非科学的で不当な判決を下している。その判決の決定的な証人が斑目氏なのである。
 斑目氏は、福島原発の事故後、参議院予算委員会で社民党の福島みずほ議員からこの発言を追及されて、「割り切り方を間違えた」「個人的に謝罪する」と陳謝している。事故後の謝罪では取り返しがつくものではない。
 その斑目氏と菅首相は、福島原発事故発生の翌早朝、ヘリコプターで原発現地に視察に行き、斑目氏は首相に「水素爆発は発生しない」と請け合い、パフォーマンス丸出しの視察終了後に「原発は大丈夫だ」と説明しているさなかに、福島原発1号機の原子炉建屋が吹っ飛ぶ水素爆発が発生したのである。
 「あれも起こる、これも起こる」が福島原発震災の現実であり、すべての災害に共通するものである。誤操作・誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に制御するというフェイルセーフが作動するから原発は絶対に安全であるという”安全神話”を自らぶち壊すような、原子力産業界を代表するこのような人物が原子力安全委員会の委員長であったし、今もあり続けており、この無責任極まりない人物、その委員会に責任を丸投げしているのが菅政権である。

<<史上最低の記者会見」>>
 そもそも、5年前の2006年1月に「東海地震が今後30年間に起こる確率は87%」と公表し、今年1月にその事実を再度確認したのは政府の地震調査研究推進本部であり、本来ならこの時点で政府自らが、浜岡原発の即時停止と全面廃炉を提起し、政策化し、国内外にその問題の切迫性を訴えるべきであったのだ。しかし、菅政権はこの時点でも、この警告を無視し、我関せずの態度をとり続け、自民党以上の原発推進政策を取り続けてきたのであった。
 問題はさらに、3/11のM9の巨大震災、その直接の結果としての福島第一原発の震災を目の当たりにしてもなお浜岡原発の停止を提起しなかった怠慢とその無責任な政治姿勢である。さらに3/11の本震に引き続く余震であっても、女川原発、東通原発、各地の原発が電源喪失の事態に次々と陥っていたときにおいてもなお、菅政権は浜岡原発の停止を提起しなかったのである。最低限、3/11から数日の間に提起すべきであった。菅首相が提起したのはそれから一ヵ月半以上も経過した5/6であった。あまりにも菅政権の対応は遅すぎたのである。浜岡で想定されている東海地震は、福島原発とは違って、原発の直下で震災が発生することが想定されており、福島原発以上の地球規模の大災害をもたらすものである。
 浜岡で福島のような事態が起これば第七艦隊の基地・横須賀が危ないと危機感を募らせた米側の要求と、自らの政権の延命策に利ありと踏んだ政治的打算の結果として、初めて腰を上げたのが真実と言えよう。そのことは、政府の内閣府原子力委員会の専門委員の一人である青山繁晴氏が「米国防総省から、早く浜岡を止めろという圧力があった」ことで明らかにされており、なおかつ青山氏は菅首相が操業停止要請を発表した5/6の記者会見は、「確率87%」は「単なる言い訳に過ぎない」もので、何の根拠も示さずに「他の原発は大丈夫」などという点でも「史上最低の記者会見である」と酷評される代物であった。

<<「世界最高レベルの原子力」>>
 それでも今回の浜岡原発の操業停止は、菅政権の意図を超えて、原発全面停止の第一歩になるであろうし、そのようにさせなければならない。しかしその最大の障害が菅政権の存在ともいえよう。
 菅首相は、5/6の記者会見のその舌の根も乾かぬうちの5/18の記者会見で、記者団から「停止中の浜岡原発の再稼働はあるのか?」と聞かれ、「安全性が確認されれば再稼働を認める」と答えたのである。あきれたものである。単なる言い訳に過ぎなかったとしても「東海地震が今後30年間に起こる確率は87%」はこの時点では完全にすっ飛んでしまっている。これでは廃炉どころか単なる一時操業停止にしか過ぎないものである。
 さらに問題のなのは、この記者会見では「原子力行政全般に関して、長年の原子力行政のあり方を根本的に見直さなければならないと思っている。」と冒頭に述べながら、「原子力(発電)を今後増やすのか、維持するのか、減らすのか?」との質問に対して、首相は「原子力のより安全な活用の仕方を生み出してさらに活用する」とまで答えているのである。首相の本音がここに出ているといえよう。浜岡原発の操業停止は、その場しのぎであり、マヤカシにしかすぎないものとして菅政権においては位置づけられているといえよう。
 5/6に明らかになった経済産業省の今後のエネルギー政策に関する内部文書は、「原発の緊急安全対策を進めて『安全宣言』を早期に行うことで既設の原発からの電力供給を確保し、2030〜50年には『世界最高レベルの安全性に支えられた原子力』を3本柱の一つとする」としており、菅政権の本音がここに露骨に示されている。
 しかしそのような「安全宣言」はどこからも相手にされないであろう。福島原発事故の現状は、収束どころかさらに重大な放射能汚染を招きかねない、しかも長期にわたる試練を課している。原発震災のこのような深刻な現実を真摯に学ぼうとしない、その場しのぎでマヤカシに満ちた政権の存在価値はもはやゼロに等しいといえよう。
(生駒 敬)