アサート No.402(2011年5月28日)

【投稿】 ビン・ラディン殺害と中東政策の転換 

<一方的な軍事作戦>
 5月2日、ウサマ・ビン・ラディンが米軍により殺害された。9.11テロ以降、ビン・ラディンは、パキスタンの山岳地帯に潜伏していると見られていた。しかし実際は、同国首都のイスラマバードに近いアボタバード市で相当の間、家族とともに文化的な生活を営んでいたことが判った。
 さらに同市は、陸軍士官学校など軍の施設が多く存在するため、警備は厳重なはずで、ここで安穏に暮らしていたということは、事実上パキスタン治安当局の「保護下」に置かれていたと考えられる。
 ビン・ラディンの所在が露見した経過について、オバマ政権はCIAの地道な探索の成果としているが、パキスタン軍情報部(ISI)が「売り渡した」との見方もあり定かではない。
 パキスタン政府は今回の襲撃にについて、事前に一切知らされていなかったとしている。しかしアルカイーダ幹部に対する襲撃については容認するとの密約があったという報道もあり、これまでも西部国境周辺の部族支配地域では、無人機による攻撃が繰り返されていることから、同国内でのアメリカの一方的な軍事作戦は既成事実化していた。
 今回の作戦もこれまでの延長線上にあるものであり、パキスタン民衆の抗議行動が繰り広げられるなか、パキスタン政府は拘束されたビン・ラディンの配偶者に対する尋問を認めたり、墜落した米軍ヘリの機体を返還するなどアメリカとの関係改善を進めている。

<最後までビン・ラディンを利用>
 ビン・ラディンと側近はほとんど抵抗らしい抵抗もできず射殺された。その最後について知るのは、彼の家族と襲撃部隊以外にはおらず、アメリカ側から明らかにされることは、当分の間ないだろう。 
 ビン・ラディンの遺体は、本人確認の後アフガン経由でインド洋に展開する米空母に移送され、水葬に附された。遺体の写真は一部の議員以外非公開とされたが、押収された生前の映像などは公開された。
 毛布を被り自らについて報道されるテレビに見入る姿などは、一種哀愁を漂わせている。さらに「公開される映像では白い髭を染めていた」「襲撃されたとき女性を盾にした」「多数のポルノビデオが発見された」など、ビン・ラディンの権威を失墜させるためのネガティブ情報が、虚実織り交ぜて流されている。
 パキスタンやイラクでは、殺害に対する報復と思われるテロが散発しており、アルカイーダやタリバン関係組織は、聖戦の継続を呼号している。しかし「後継者」も定かではなく、ビン・ラディンが新たなテロを計画していたとの情報も具体性に欠けるもので、彼が生存していたとしても「世界を震撼させるような」テロの実行は、もはや不可能だったと考えられる。
 ビン・ラディンは冷戦時代にアメリカがつくりだした怪物であり、その後の国際情勢の大転換により邪魔者となり、ついには完全な敵対者となった。しかし9・11の直接的報復であるアフガン攻撃以降のイラク戦争や「対テロ戦争」では、アルカイーダやビン・ラディンが口実とされており、アメリカ軍産政複合体にとってまだまだ利用価値のあるものと思われ、彼らを「泳がせ」ていたのでは、との疑念も存在していた。
 さらに、現在進行中の北アフリカ、アラブ民主化の動きのなかでは、カダフィ大佐のような権力側が「反政府勢力にはアルカイーダが潜り込んでいる」と自己正当化に利用しており、まことに便利な存在となっている。
 しかし、予想以上の戦費に苦しむアメリカはついに見切りをつけた。「対テロ戦争勝利」の一つの大義名分として最後まで利用されたのである。

<新たな中東安定化策>
 「対テロ戦争」終結の具体化として、昨年のイラクからの戦闘部隊の撤退に続き、今年7月からはアフガンからの撤退も始まろうとしている。さらにこの間オバマ政権が、ビン・ラディン殺害作戦を挟んでアフガンのタリバン指導者、オマル師側近と交渉を重ねていることが明らかとなった。
 アフガンの戦後処理が、アルカイーダやビン・ラディン抜きで進められていたのである。双方にとって彼らは無用の者となり捨て去られたと行っても良い。
 今後の政権にタリバン穏健派を加えることは、カルザイ政権も、パキスタン政府も歓迎するところであり、今回の交渉もカルザイ大統領の兄が仲介をしたと伝えられている。
 パキスタン政府もタリバンまでは面倒を見るつもりでも、いつまでもアルカイーダなどに国内に居座られては、米軍の際限ない攻撃を傍観するに終止するのみとなり、民衆の反発が激化、北アフリカ・アラブ諸国のようになりかねないと判断したのだろう。このように、ビン・ラディンの排除はこの地域に係わる当事者にとって都合の良いことであり、乱暴かつ速やかに消されたのである。
 「対テロ戦争」の収束を進めると同時にオバマ政権の関心は北アフリカ・アラブ諸国の「民主化」に移ってきている。NATO軍はカダフィ政権に対する軍事作戦を継続しており、さらにオバマ政権は、シリアのアサド大統領らのアメリカ国内資産を凍結するなど締め付けを強めている。
 この地域では、エジプト革命につづき、パレスチナ自治政府のなかで対立してきたファタハとハマスが和解するなど、南側からイスラエルに対する圧力が強まってきており、これ以上の不安定化を食い止める狙いがあると思われる。
 5月19日オバマ大統領は国務省で演説し、新たな中東支援策を明らかにした。大統領は民主化要求デモを、テロに加担しない運動として支持を明言し、民主化を進めるエジプト、チュニジアに対外債務削減など経済支援を進めることを表明した。
 一方、イスラエルに対して占領地の放棄を求めるなど、パレスチナ自治政府との中東和平交渉の再開を促し、アサド大統領、カダフィ大佐に対しては、弾圧の停止を要求、民主化か退陣かの選択を迫るなど、一線を越えて踏み込んだ発言をした。
 オバマ政権は、アラブ諸国の経済的安定と成長を進めることによって、中東和平の再構築を進めようとしており、「親米独裁政権」への軍事的支援などは選択肢から省かれている。もちろん、これらはアメリカの軍事的プレゼンスを含む影響力を今後もこの地域で維持していくための戦略であり、サウジアラビアやオマーンなどへの駐留は継続されるが、縮小と任務の変更が進むと考えられる。

<アジアに波及する戦線縮小>
 5月18日、米軍のマレン統合参謀本部議長と、中国軍の陳炳徳総参謀長は、アメリカ国防総省で記者会見を行い、ソマリア沖のアデン湾において、海賊対策の合同訓練を実施することで合意したと発表。これは中国との軍事的交流の一環であるが、アメリカが同盟国以外の国家とも限定的ながら共同作戦を行う可能性を示したものである。
 こうしてアメリカは、ビン・ラディン殺害をメルクマールとして「対テロ戦争」終結と新たなアプローチによる中東安定化への方向へ進み出した。限界的な財政運営を強いられているオバマ政権は、際限なき軍事拡大に歯止めをかけ、自らの再選を確実にするためにも「戦線縮小」の流れを加速させるだろう。
 世界規模の米軍再編とリンクするこれらの動きは、アジアにも波及しようとしている。先日来のアメリカ上院軍事委員長やシンクタンクの相次ぐ、普天間基地移設についての「辺野古撤回・嘉手納統合」発言はその現れである。
 このようなドラスティックな情勢の変化に菅政権はまったく対応し切れていない。関係閣僚らは「議会と政府は違う」「昨年の日米合意が基本」などと狼狽しながら、見当違いの発言を繰り返している。震災と原発事故への対応に傾注するのは当然だが、軍事・外交に関する思考停止は許されないのである。(大阪O) 

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