ASSERT 403号 (2011年6月25日発行)

【投稿】 混迷政局・復興のかなめは、脱原発・脱増税にこそあり
【投稿】 「原発よさようなら」・「成長神話もさようなら」
【行動提起】「さようなら原発1000万人アクション」を盛り上げよう!
【日々雑感】 どうした、敗戦国日本!
【コラム】 ひとりごと----余命4年の日本共産党??----

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【投稿】 混迷政局・復興のかなめは、脱原発・脱増税にこそあり

<<「原発の再起動をぜひお願いしたい」>>
 まったくあきれたものである。福島原発事故の収束のめどが立たないどころか、さらなる放射能汚染が拡大されかねない深刻な事態に落ちっている真っ只中の6/18に、海江田経済産業相は経済産業省原子力安全・保安院が6/7に電力各社に指示していた各地の原発の緊急安全対策について、「適切に実施されている」と発表し、「原発の安全性については国が責任を持って丁寧に地元に説明したい。原発の再起動をぜひお願いしたい」と述べ、定期点検中の原発22基の運転再開を求めたのである。
 何という神経であろうか。原発推進の経産省の下部組織であり、人事・財政を問わずあらゆる面で電力業界とずぶずぶで、「原子力村」とさえ言われる業界利益を徹底的に代弁し、福島原発事故の究明はおろか、収束さえもできない、そのような「原子力安全・保安院」は、そもそもその重大かつ深刻な責任が徹底的に追及され、即刻解体され、独立の第三者機関に置き換えられるべき存在であるにもかかわらず、菅政権は、この最も緊急に要請されていた新たな体制の確立、原発震災の収束に向けてあらゆる叡智と人材、資材を結集する努力を放棄したまま、あくまでもこの「原子力安全・保安院」にいまだに依存しており、その言うがままなのである。菅政権のこのような原発震災に対する深刻な現状認識の欠如こそが問題なのである。小手先にしか過ぎない対策と「検査」の結果、安全対策を指示してたった十日ばかり、その対策の有効性さえ検証できない、その性急さだけが浮き彫りになる段階で、「緊急安全対策は適切に実施されている」などと請け合っても、誰からも信用もされないし、相手にもされない、そういう事態であるにもかかわらず、「原発の再起動」を臆面も無く語れるその無神経さ、鈍感さ、政治的無能力、判断力の無さには空いた口がふさがらないといえよう。
 しかも菅首相自身が、こともあろうに6/19の自然エネルギー普及に向けたインターネット対話「自然エネルギーオープン対話」の場で、「海江田大臣の考えと私の考えはまったく同じだ」と強調し、「安全性が確認された原発は再稼働を認めていく」と首相官邸から発信しているのである。自然エネルギーと対極にある原発をあくまでも擁護し、なおかつ「自然エネルギー」も場当たりの延命策として活用する、基本的な政治哲学もなければ、脱原発の基本姿勢もまったく欠如した、その場しのぎで延命のためなら何でも利用する、そんな菅首相の本質が如実に現れている。

<<「話にならない」>>
 これに対して立地自治体である茨城県・東海村の村上達也村長は「原発事故の収束も、原因究明もできていない。(再稼働の要請は)話にならない」と突き放し、「産業の空洞化というレベルの話ではなく、地域住民の命がかかっている。事故の原因究明もできていない段階で、安全と言えるのか」、「地震国の日本で原発を稼働するのであれば、小手先の対応ではなく、根本から安全対策を考え直す必要がある。政府や保安院、東電などへの不信感が高まっている状態で、『安全』というだけでは通用しない」(6/19読売)と怒りも露わである。当然の怒りといえよう。
 また東京電力柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県の泉田知事も、「福島原発の事故原因の検証も行わないまま、経産相から安全性を確認したとの談話が出された。この談話は論評に値する内容を何も含んでいない」と、再稼働要請は論外との認識を示しており、原発銀座を抱える福井県幹部も「新しい内容が出てきたわけではない」として、再開に同意しない姿勢に変わりはないとの考えを示し、「地震や津波の検証、原発の高経年化(老朽化)対策の新たな基準、浜岡原発以外を安全と判断した根拠を明らかにするよう引き続き求める」としている。
 この原発再開方針を「一歩前進」と評価する中部電力の幹部は、「これで、今進める津波対策を取れば、国も浜岡の再開を容認せざるを得なくなるのではないか」と歓迎し、海江田経産相の発表を浜岡原発再開へのステップと受け止めているが、静岡県の川勝知事は「(浜岡原発が含まれないのは)当然だ。完全な対策だと確認できない限り、再開のさの字も出る状況ではない」と述べている。
 福島第一原発事故を抱える福島県の佐藤雄平知事も当然のことではあろうが、運転停止中の福島第二原発については、「再稼働はありえない」と明言している。
 このように、これまで原発立地に協力・追随してきた自治体が、玄海原発を抱える佐賀県の古川知事の「再起動への国の意思が明確に示されたと受け止める」という発言を除いては、ことごとく反対、不信、疑問を表明しており、今後の姿勢が問われることになろうが、何よりも問われるべきは菅政権の基本姿勢といえよう。

<<「福島が脱原発と言わないでどこが言うのか」>>
 その菅政権の基本姿勢、大震災とそれに必然的に伴って惹起させてしまった原発震災、それからの復興を目指す基本的な政治姿勢こそが問われているのである。しかし菅政権からは、その場しのぎの小手先の対策は見えても、復興の中心にすえられるべき基本政策が見えてこないのである。明らかなのは、消費税増税路線だけが周到に準備され、世論形成にマスコミを動員し、段階的増税・10%増税やむなしという路線が着々と推し進められているばかりである。このような復興をないがしろにし、経済を冷え込ませ、いっそう庶民を苦しめる路線からの根本的路線転換こそが問われているのである。
 その路線転換が、まさに原発震災に直面した福島県から提起されている。福島第1原発の事故を受け、復興の考え方を福島県に提言する有識者会議「復興ビジョン検討委員会」が基本理念の原案を取りまとめ、6/15の第5回検討委員会で、復興の基本方針の第1に「脱原発」の考え方で施策を推進することを確認したのである。
 同検討委員会は、復興ビジョンの構成、基本理念(基本方針)、主要施策を検討し、「基本理念」の1点目に「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を明確に打ち出し、「『脱原発』という考え方の下、原子力への依存から脱却し、再生可能エネルギーの飛躍的な推進を図るとともに、省エネルギーやリサイクルなどを強力に推進する」としている。検討委座長の鈴木浩福島大名誉教授は「原発へのスタンス(姿勢)を明確にしないと福島の復興ビジョンは始まらない」と語り、さらに検討委メンバーの山川充夫同大教授は「福島がどの方向でいくのかは、県民だけでなく世界中から注目されている。福島が『脱原発』といわず、どこがいうのか。県民、世界に対して一定役割を果たせたと思う」と、委員たちは力を込めて語ったという。県は7月末までに復興ビジョンを策定し、復旧・復興本部で決定することを明らかにしている。
 このような基本政策を中心にすえることこそが、本来は日本政府の基本姿勢にならなければならないものである。「日本が『脱原発』といわず、どこがいうのか」、この路線への根本的転換こそが菅政権に問われているのである。このような基本姿勢を打ち出せない政権は、もはや無用の存在といえよう。
 ましてや、原発を復活させるかどうかを問うイタリアの国民投票で、反原発票が94%という反原発派の圧倒的な大差で勝利した事態を「集団ヒステリー」(自民党・石原伸晃幹事長)などととらえる勢力との大連立などもってのほかである。
 6/14、都内で行われた被災者のための「ふるさと支援」発表会見に出席した俳優の菅原文太、西田敏行両氏が共に「原発はNO!」と語り、「原発の是非を問う国民投票をすべき。菅首相も最後に大きな仕事になる。ドイツもイタリアも脱原発を決めた。良い意味の三国同盟をつくってほしい」(菅原)と訴えたが、菅政権最後の仕事としては大いに意義ある提案といえよう。
 民主党は今、脱原発と脱増税路線への根本的転換こそが復興の要であり、政局混迷打開の要であることを明確にすべきであろう。
(生駒 敬)