ASSERT 410号 (2012年1月28日発行)

【投稿】 「崖っぷちに」に立つ民主党政権
【投稿】 「ストレステスト」という机上の空論で再稼働を目論む原発帝国主義
【投稿】 アメリカの「アジア回帰」と新戦略
【追悼】 未来を目指した知的冒険家を偲ぶ --追悼 小野瞭さん--
【書評】 『日本海軍はなぜ過ったか----海軍反省会四〇〇時間の証言より』
【日々雑感】 少しの光明を見る思い

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            1月21日 教育基本条例の撤回を求めるデモ(大阪)

【投稿】 「崖っぷちに」に立つ民主党政権

<<危ういバランス>>
 2012年は昨年に引き続き、破綻してもはや泥沼の状況に世界を追い込んでしまった新自由主義路線・自由競争原理主義路線といかに対決するかが問われる年となろう。リーマンショックに象徴される2008年の金融恐慌から今日に至るまでの事態が白日の下にさらしたものは、この新自由主義路線こそが世界的規模で弱肉強食・規制緩和を推し進め、金融資本の横暴、地域経済を無視した投機行為とマネーゲームが世界をかき回し、もはや収拾のつかない世界を作り出してしまったことである。その結果、今や世界中のいたるところで、世界経済恐慌への不気味な胎動が目立ち始めている。世界中が各国との金利差や為替差に一喜一憂し、何の規制も受けない野放し状態のマネーゲームの中、危ういバランスが一気に崩れ、綱渡りも不可能な破滅的な危機に暗転しかねない事態である。
 ユーロ圏、米、中、ロシア、そして日本、それぞれ国内事情は異なれど、新自由主義路線・市場原理主義路線がもたらしたすさまじい格差と貧困の拡大と失業の増大、金融資本と巨大企業の横暴、経済的危機の進行は今や世界中共通の様相を示している。そしてこれら諸国のいずれにおいても今年は、これにいかに対処するかが問われ、大統領選挙や政権交代が問われている。
 そして先進各国において共通に問われているのは、ことここに至ってもなお幅をきかしている新自由主義路線である。グローバル資本と金融資本の横暴きわまる力を背景に、いずれの諸国においても危機の解決策は、グローバル資本と金融資本の徹底的な規制と解体ではなく、彼らをあくまでも温存、放免、救済し、「99%対1%」というウォール街占拠運動のスローガンに象徴される圧倒的多数の庶民の犠牲において事態を乗り切ろうとする、1%の利益をあくまでも擁護し追及する現政権の策動である。その象徴が財政引き締め・緊縮経済路線・増税路線である。
 しかしこの路線は、国際通貨基金(IMF)が従来第三世界に押し付け、ことごとく失敗してきた路線である。緊縮政策は、需要を縮小させ、さらに失業を増大させ、景気を悪化させ、したがって税収も減少させ、結果としてよりいっそう債務を拡大させる路線でしかない。ユーロ危機の背後にあるゴールドマンサックスやJPモルガン・チェースをはじめとする国際金融資本こそがギリシャを食い物にし、財政危機を巨大なものにさせた真犯人と言えよう。ギリシャの人々の強力で粘り強い闘いやアラブの春やウォール街占拠運動の高揚は、もはやこうした政策は許しがたいものであり、こうした政策の続行は、厳しい反発と広範な人々を結集した激しいデモや大衆行動、ストライキに直面して、緊縮政策を進めることはもちろん、権力の維持ばかりか、支配階級自身の存在さえ危うい事態をもたらしており、こうした政策に追随する政府や既成政党は見放される存在でしかないということを明らかにしたとも言えよう。

<<「すさまじい痛みでもやる」>>
 1/16に開かれた民主党定期大会で野田首相は「一体改革」や環太平洋連携協定(TPP)にふれて、「これらの政策をやりきることなくして日本と国民の将来はない」「痛みは当然ともなう」と述べ、言うに事欠いたのか「崖っぷちに立っているのは民主党ではない。日本と国民だ」と声を荒げる傲岸不遜極まりないと態度を披瀝してしまった。原発震災で何の反省もない経団連の米倉会長が来賓あいさつで、この野田首相の姿勢を大歓迎、「全面的に協力させていただく」とエールを送る始末である。連立を組む国民新党の亀井代表があいさつのなかで「暴風雨のなか、TPPや消費税の風を吹かし、帆を上げて安全航海ができるとお思いか」と釘を刺したが、野田首相には「崖っぷちに立っている」のは首相本人であり、「日本と国民」を「崖っぷち」に追い込んでいるのが自らの政権であるという自覚が完全に欠落しているのである。
 そして野田首相とともに財務省に体よく踊らされている安住財務相は、「社会保障の維持・充実のための消費税増税」という表面上の政府宣伝さえ忘れてしまったのか、消費税率10%への大増税だけでは「社会保障の維持・充実」はできないので、給付や福祉サービスの切り下げ、負担の増大など、「トータルで社会保障を抑制していく」「(社会保障で)痛みを伴うものについてもやらざるをえない」と繰り返し、あげくの果て「すさまじい痛みでもやる」とまで言い切ったのである(1/15、フジテレビ系「新報道2001」)。これではいったい何のための増税なのか、ころころ変わる彼らの論理破綻は行き着くところを彼ら自身が知らないし、知ろうとさえしていないのであろう。
 さらに、今回の内閣改造で入閣して悦に入っている岡田副総理は、「消費税の引き上げは、2009年の衆院選における民主党の選挙公約[4年間は消費税の増税はしない]に違反しない。なぜなら引き上げ時期は2014年で、総選挙のあとになるからだ。」というまったくの詐欺的な詭弁を弄して、なんら恥じることも、ことここに至った責任も感じない発言をし(1/15、NHK「日曜討論」)、さらに1/22には「年金抜本改革の財源は今回の(2015年10月に引き上げる消費税の)10%増税に入っていない。さらなる増税は当然必要になる」と断言(フジテレビ番組)、「どのくらい必要になるかは、最低保障年金をどれだけ大きくするかと釣り合った問題なのできちんと議論したい」と増税底なし発言を平然と言ってのけている。社会保障改革を「エサ」とした、何の裏付けも展望もない、まさに「やらずぶったくり」、ただただ増税あるべしの路線と言えよう。

<<「消費税ゼロでも財源は30兆円もある」>>
 2009年の政権交代とはいったい何であったのだろうか、ことここに至れば改めて問われる事態と言えよう。あの政権交代は、小泉・竹中路線に象徴される弱肉強食の市場経済原理主義・規制緩和路線がもたらした経済格差の拡大と非正規雇用と貧困の増大、セーフティネットとしての社会保障政策の大幅な後退、マネーゲームの横行と社会の荒廃、そしてこうした新自由主義路線と軍事力強化路線を唱導するアメリカへの追随外交に「ノー」を突きつけたものであった。あの政権交代は曲がりなりにも民主党が「国民生活が第一」のスローガンの下に、有権者のこの「ノー」を吸収し、反映したものであった。しかし、民主党の根幹に根太く息づいていた新自由主義路線が、この政権交代の成果を台無しにし、政権交代の公約のほとんどすべてを裏切ってきたのがこれまでの民主党の路線の変遷とも言えよう。今や旧来の自民・公明政権と変わらない事態を現出させ、その最後のあがきと崩壊の過程で登場してきたのが増税・緊縮路線とも言えよう。
 しかし、先述した危険極まりない世界経済の動向の中で、そして今なお進行するデフレ不況下でのこうした増税・緊縮路線の強行は、きわめて危険な経済恐慌と社会の荒廃を招き寄せるだけである。「崖っぷち」に立たされているのは、この増税・緊縮路線であり、民主党政権なのである。
 この増税・緊縮路線に対して対置されるべきは、この新自由主義・市場競争原理主義路線からの根本的転換であり、それこそ「国民生活が第一」のセーフティネットと社会的インフラの拡充を柱としたニューディール政策であり、大規模な震災復興政策、原発ゼロ政策への転換と新たなエネルギー政策、マネーゲームを徹底的に規制する金融資本規制であり、所得再配分機能として本来あるべき税制の抜本的改革である。消費税がゼロであっても、膨大な不労所得が分離課税によって不当に減税されている現状を改め、所得課税の総合課税と累進税率の強化によってだけでも30兆円近い財源が確保できることがこれまでに何度も試算され、ごく最近も発表されている(「週刊金曜日」2012/1/20号「消費税ゼロでも財源は30兆円もある」)。
 問題は、こうした根本的転換にあくまでも抵抗する政権と、政党、それを支える政・官・財をいかに孤立させるかにかかっているといえよう。それこそ「政府、財務省、日銀、東電を占拠」する怒りと抗議の波が組織されなければならないと言えよう。
(生駒 敬)