ASSERT 429号 (2013年8月24日発行)

【投稿】 安倍・麻生コンビの傲慢・陰険・拙劣路線
【投稿】 福島第一原発の高濃度汚染水の海洋流出
        ---チェルノブイリ原発事故の3倍の規模になる---

【投稿】 集団的自衛権の虚像
【書評】 『中国民主改革派の主張---中国共産党私史』
【コラム】 衰退する労働組合運動から、まだなお芽生える可能性
【本の紹介】 『ドイツ左翼党との交流記録』『ドイツ左翼党の挑戦』

トップページに戻る

【投稿】 安倍・麻生コンビの傲慢・陰険・拙劣路線

<<自民大勝の底の浅さ>>
 先の参院選の大勝に浮かれ、もとから冷静な判断能力や寛容さに欠け、激高・激情に支配されやすい安倍首相と、差別と偏見に満ち満ち、軽薄で歴史的分析や判断能力を一切持ち合わせていない麻生副総理という、この二人のお坊ちゃんコンビが繰り出す、傲慢で陰険、なおかつ拙劣極まりない路線が、日本を危険な孤立化と破綻の路線へと追い込もうとしている。
 そもそも参院選の大勝そのものが、程度の知れた底の浅いものであることへの自覚が全く彼らにはない。民主党政権が自壊した結果の棚からぼたもちの結果でしかなく、有権者の多く、とりわけ圧倒的多数の無党派層は棄権という選択肢しかなく、戦後三番目の低投票率=52.6%、自民得票率=42.7%(=選挙区、比例代表の自民得票率は34.6%)で、自民党は全有権者比22.5%、四分の一にも満たない支持率でしかない、そんな程度の支持基盤しか持ち合わせていない政権であるという、自己分析が欠落しているのである。
 47選挙区のうち、4増4減の公選法改正の結果、これまで2人区であった福島と岐阜が1人区、神奈川と大阪が4人区、31選挙区が実質小選挙区=1人区となり、この31小選挙区で自民は982万票、得票率57.64%であったが、議席占有率はなんと93.55%、29議席を確保したのである。小選挙区制さまさまである。しかし、1人区となった福島選挙区では、自民現職対民主現職で自民がWスコアで勝利したが、自民党福島県連は自民党中央の原発再稼働路線に組みせず、「福島県内原発10基を全て廃炉にする」を公約として掲げ、自民党の高市政調会長が福島原発事故で死者は出なかったという発言に対して自民候補者は涙の抗議をして発言を撤回させた、そうした結果の勝利なのであった。
 前号でも触れた沖縄選挙区(1人区)では、普天間米軍基地移設をめぐるまやかしのねじれ公約と、安倍首相を先頭とした必死の巻き返しにもかかわらず、自公連合は野党統一候補の糸数慶子氏の三選を阻止できなかった。
 さらに東京選挙区は、全国有権者の実に1割を抱えているただ一つの5人区であり、投票率53.51%で比較的激戦となったが、ここで自民は2議席を確保したが、民主が菅元首相入り乱れての直前のドタバタ騒ぎで自滅したにもかかわらず、絶対得票数は伸ばすことができず、5分の2政党であることを実証し、当選した公明・山口氏の「原発ゼロを目指す」を含め、共産、山本太郎氏の三議席が、自民党の改憲・原発推進路線とは相容れない議席配分なのである。

<<「クーデター的」人事>>
 自公政権が大勝したとはいえ、こうした冷静な分析、さらには改憲、原発推進に対しては不支持が5割から6割近い各種世論調査の現実、そして選挙直後の7月の世論調査(共同通信)では6月の内閣支持率68.0%が56.2%に急落し、不支持率が16.3%から31.7%に倍増していることからすれば、選挙結果が要請していることは、近隣諸国との緊張激化路線や軍事力増強路線、それに照応した憲法改悪路線、原発再稼働・原発輸出推進路線であってはならないはずである。
 しかし安倍政権の広報紙と見紛うばかりのマスメディアは、自民党の参院選圧勝を受けて「3年間は政権が安泰だ」として「黄金の3年間」(読売新聞)、「与党からすれば『黄金の3年間』だし、野党にとっては『暗黒の3年間』かもしれない」(日本経済新聞)「3年間も選挙がないのは千載一遇の好機である」(産経新聞)などとはやしたて、この「千載一遇の好機」に保守反動勢力が成し得なかった諸課題を一気に実現せんと蠢きだしたのである。彼らは、まずはこの際、「集団的自衛権の行使」に向けて、憲法解釈の変更を公然と要求し、安倍政権自体が猛然とダッシュし始めた。そして手をつけたのが内閣法制局長官人事であった。
 8/8、安倍内閣は、これまでの内部昇格の慣例を破り、外務省出身で内閣法制局の経験がなく、かつて第1次安倍政権時代の有識者会議で「集団的自衛権」行使容認の報告書作成に深く関与した小松一郎駐仏大使を長官にすえたのである。異例の抜擢人事の強行である。しかもこの「クーデター的」人事は、意図的に8/2の読売、産経の朝刊トップに掲載されるべく事前リークし、朝日等は夕刊のおっかけ記事で報道されたのであるが、他紙が麻生副総理のヒットラーの「あの手口を学んだらどうか」発言を大きく取り上げていたことに対する反撃として仕組まれ、連携されたものであろう。8月9日付・読売社説は「集団的自衛権に関する政府の憲法解釈の変更を目指す安倍首相の強い意向を端的に示した、画期的な人事である。」、「内閣法制局は、政府提出法案の審査や憲法解釈を所管しており、「法の番人」と呼ばれるが、内閣の一機関でもある。安全保障環境の変化に応じて、必要な政策を実行するため、解釈変更を検討するのは当然だ。」と、この憲法9条を骨抜きにするための「クーデター的」人事を高く評価し、一方、朝日は同じく8/9付で阪田雅裕・元内閣法制局長官を登場させ、安倍内閣は憲法の柱である平和主義をめぐる新方針を、国会や国民が関われない解釈変更で実現しようとしており、集団的自衛権の行使容認と9条の整合性について、阪田氏は「憲法全体をどうひっくり返しても余地がない」と語らせている。

<<「あの手口を学んだらどうか」>>
 そしてこうした過程で登場した極めつけの発言が、麻生副総理のヒットラーの「あの手口を学んだらどうか」発言であった。またもやあの麻生氏の低劣な本音が透けて見える舌禍である。7/29夜、桜井よしこ氏が理事長を務める「国家基本問題研究所」が都内のホテルで開いた歴史修正主義者や自虐史観反対論者や改憲論者が集うシンポジウムで講演し、「護憲と叫んで平和がくると思ったら大間違いだ。改憲の目的は国家の安定と安寧。改憲は単なる手段だ」と述べ、憲法改正をめぐり戦前ドイツのナチス政権時代に言及して「僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわーわーわー騒がねえで。重ねて言うが、喧騒の中で決めて欲しくない」と述べたのである。
 この発言の決定的な間違いは、「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった」という部分である。全く歴史的事実に反する事実誤認、意図的捏造なのである。ナチスの私兵・突撃隊のむき出しの暴力が街中を闊歩し、ワイマール憲法を事実上無きものにした全権委任法の可決も、共産党の議員はほとんどが逮捕され、社会民主党の抵抗する多数の議員を登院禁止にした上で、可決されたことにしたのであるが、「誰も気づかないで」「静かに」「わーわーわーわー騒がねえで」、いつのまにかかわったのではまったくないし、民主的な手続きを経て可決されたものではないのである。
 このあとに「あの手口を学んだらどうか」と来る。ナチスの手法を肯定的に捉えて学ぼうとする姿勢が露骨に現れており、弁解の余地すらない。中国や韓国はもちろん、全世界から厳しい痛烈な批判が寄せられて、あわてて8/1、「真意と異なり誤解を招いた」と釈明し、ナチスを例示した点を撤回したが、傲慢にも報道の姿勢を問題にし、「(閣僚や議員を)辞職をするつもりはありません」、「(別途謝罪することは)ありません」と居直り続けているが、ドイツではナチスを称賛する行為は刑法の『民衆扇動罪』で3カ月以上5年以下の懲役刑となる。麻生氏は公職追放はもちろん、収監されるべき存在であろう。

<<村山談話を継承しない式辞>>
 安倍内閣の方針が、麻生氏が言うように「誰も気づかないうちに」、「ワーワー騒がれないうちに」、「ある日気づいたら日本国憲法が変わっていた」という手口をナチスに学び、安倍首相自身が率先して強行したその手始めが、内閣法制局長官の「クーデター的」人事であったといえよう。
 その麻生発言にさらに追い討ちをかけるような問題発言が安倍首相自身から発せられた。ただし、本来言うべきことを言わない、悪質で陰険、拙劣な手口である。それは、8/15の政府主催の全国戦没者追悼式での首相の式辞である。
 2007年の第1次安倍政権時の式辞では「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」「深い反省とともに、犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表する」などと触れていた、アジア諸国への加害責任への反省や哀悼の意を示す言葉が、今回は意図的にすっぽりと抜け落ちさせ、全く言及しなかったのである。安倍首相自身の陰険な姿勢が、そこに露骨に表明されているといえよう。
 加害責任への言及は、93年の細川護熙首相(当時)から歴代首相が踏襲してきたものであり、今回は、これまで過去20年間表明されてきた「不戦の誓い」をしなかった、その表現さえ使わなかったのである。第1次安倍内閣の時に靖国神社を参拝しなかったことを「痛恨の極み」と語ってきた首相が、今回、一部閣僚を含む右派系議員190人の靖国参拝を放任または黙認して、安倍政権の極右体質を誇示はしたが、本人自身が8/15にまたもや参拝できなかったことの腹いせでもあろうか、悪質である。自身と重要閣僚の靖国参拝を見送りながら、日本への不信感を増幅させる、逆のメッセージを発する、その陰険さこそが問題とされよう。安倍首相のこの式辞に込められた意図は、明らかに村山談話の否定にあると言えよう。植民地支配と侵略によって「アジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」という1995年の村山首相談話を、表面上は継承すると言明しながら、今回、「誰も気づかないうちに」、「ワーワー騒がれないうちに」、「ある日気づいたら」、村山談話を継承しない、否定していたというわけである。
 8/16付の韓国各紙は、安倍首相が全国戦没者追悼式の式辞でアジア諸国への損害や反省に触れなかったことを一斉に大きく取り上げ、批判し、東亜日報は「村山談話を事実上全面否定したものだ」と報じた。鋭い、的確な指摘である。
 安倍・麻生コンビのこのような拙劣で陰険な路線は、日本をさらなる危険な孤立化と破綻の路線へと追い込むものである。
(生駒 敬)