ASSERT 427号 (2014年4月26日発行)

【投稿】 集団的自衛権の迷走
【投稿】 「エネルギー基本計画」批判
【投稿】 都知事選をめぐって---統一戦線論(3)---
【書評】 「(株)貧困大国アメリカ」(岩波新書

トップページに戻る

【投稿】 集団的自衛権の迷走

<躓いた安倍政権>
 安倍政権は集団的自衛権の解禁を強引に推し進めようとしているが、これに対する予想以上の反発から具体案に関しては二転三転している。
 安倍政権は昨年夏以来、これまで解釈改憲の前に立ちはだかっていた内閣法制局を、長官の首のすげ替えで抑え込み、総理の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇:座長柳井俊二元駐米大使)に、政権の意に沿った報告書の作成を進めさせるなど、「集団的自衛権の全面解禁」を目論んできた。
 しかし、安倍総理の「政府の最高責任者は私だ。(解釈改憲についての)政府答弁は私が責任を持って行い、選挙で審判を受ける」(2月12日衆院予算委員会)と、立憲主義を否定し、法治から人治へ転換するかのような答弁を行うなどの、あまりに性急な姿勢に連立与党である公明党や、身内である自民党からも疑問が呈された。
 さらに、昨年末の靖国神社参拝以降、国際社会から厳しい視線が向けられていることも相まって、「全面解禁」から「部分解禁」へ「時間をかけて丁寧に」進める方向に軌道修正を余儀なくされた。
 こうした流れを主導しているのが自民党の高村副総裁である。高村副総裁は「日本の領土、領海、領空内と、公海上で日本の安全に重要な海域での必要最小限度の集団的自衛権行使」という落としどころで、与党の意見集約を進めようとした。
 憲法解釈など行政府が勝手にできるなどと強弁していた安倍総理も、集団的自衛権容認の法的根拠として、1959年の「最高裁砂川事件判決」を持ち出さざるを得なくなった。
 これは、あまりに唐突なものであり、後知恵丸出しの屁理屈である。そもそもこの判決が集団的自衛権を認めているなら、以降の内閣はそれに沿った解釈をしているはずであり、現在論議になどなっていないだろう。
 またこの最高裁判決自体を、司法の独立を放棄した政治判断として再審請求する動きもあるなかでの牽強付会の解釈であると言わざるを得ない。
 4月3日に初めて行われた、自民、公明両党の協議でも、高村副総裁が、砂川事件判決を根拠に「集団的自衛権の行使は必要最小限の範囲で行うこと」として理解を求めた。
 これに対し公明党の山口代表は「砂川判決は集団的自衛権を認めたものではない、想定されるような事態には個別自衛権と警察権で対応可能」と応酬し、見解の相違が浮き彫りになった。

<換骨奪胎の高村案>
 高村副総裁サイドは、自民党、公明党の理解を得るため、部分解禁の対象となる「日本の安全に深刻な影響を及ぼす事態」の事例について、「日本近隣での有事」それに基づく「機雷の掃海」「アメリカ軍への支援」に絞り込む方向で調整に入っていたのである。
 具体的には、@日本周辺(朝鮮半島)で発生した有事で、戦闘行動中のアメリカ軍に対する攻撃からの防衛、攻撃国(北朝鮮)への武器運搬船に対する臨検A戦闘継続下でのシーレーンにおける機雷掃海B臨検した船舶の拿捕、が検討されていた。
 こうした事例に対し公明党は「個別自衛権、警察権で対応できる」としたのである。実際高村副総裁が提案した「日本の領土、領海、領空内と、公海上で日本の安全に重要な海域での「必要最小限度の集団的自衛権行使」はほぼ個別自衛権=「最小限度の自衛権の行使」に含まれる内容である。
 また想定されている臨検などの作戦は1999年の「周辺事態法」でほぼクリアされているものでもあり、ことさら憲法解釈を変える必要はないもとなってしまう。
 つまり高村案は名称は「集団的自衛権行使」であっても内容は「個別的自衛権」の「上乗せ、横だし」レベルのものなのであり、憲法解釈の変更に慎重であった自民党の重鎮や参議院サイドも理解を示し始めた。
 これに憤激したのが、「安保法制懇」及びその黒幕である外務省だ。高村案のように、地域を限定して、活動内容まで詳細に決められては、フリーハンドが無くなり、とりわけ「これでは中東地域での地上戦に参加できない」と慌てたのである。
 「安保法制懇」は、「海外で戦闘中の多国籍軍に対して自衛隊が兵士の輸送や医療活動などの後方支援ができるよう、憲法9条1項の「国際紛争」の解釈を「日本が当事者である国際紛争」と変更するよう求める」と報道された(4月12日「朝日」)。
 これを補強するように、自民党の石破幹事長は、4月5日テレビ東京の番組で「集団的自衛権の行使を容認した場合の自衛隊の活動範囲について、地球の裏まで行くことは普通考えられないが、日本に対して非常に重大な影響を与える事態だと評価されば、行くことを完全に排除しないと述べ、地理的な懸念に制約されるものではないとの考えを示した」(4月6日「読売」)のである。
 外務省は、余程、莫大な資金を提供したのに感謝されなかった湾岸戦争時の屈辱がトラウマになっているようである。
 さらに4月17日の共同通信報では「安倍政権は、集団的自衛権行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定に先立って策定する『政府方針』に、朝鮮半島有事など行使を可能とする具体例を明記しない方向で調整に入った」ことが明らかにされた。
 これらの動きは、高村案を根底から覆すもので、政府、自民党内での混乱、暗闘が如実に表れている。安倍政権は、公明党の了承を得ずに「みんなの党」や「日本維新の会」との連係で強行突破することも選択肢としているようである。
 しかし「みんなの党」は渡辺代表の辞任による求心力の低下、「日本維新の会」は橋下共同代表が「大阪維新の会」との分党論を提唱するという分裂含みの事態になっており、すんなりと行くめどはない。
 このような強硬派の巻き返しに対し、内閣法制局が集団的自衛権の行使要件を「放置すれば日本が侵攻される場合」=「北朝鮮軍が韓国全土を制圧し、さらなる南下の動きを見せる」など実際には起こりえない事態に限定し、公海上でのアメリカ軍防衛などは個別的自衛権の拡大で対応するとした案をまとめたことが明らかとなった。
 これまで集団的自衛権の行使自体を認めてこなかった法制局の見解からは、大きく踏み出すことになるが、疾病で判断能力を喪失している小松長官に変わり事務方が見せた最大限の抵抗と言えよう。

<アメリカとの温度差>
 このような安倍政権の前のめりと、日本政府内での混乱をよそにアメリカは、淡々と自らの道を歩んでいる。アメリカは今後中東地域を最重要視することに変わりはないが、そこで戦争を起こす気はない。
 泥沼化したアフガン、イラク戦の教訓に加え、議会による軍事予算の削減圧力は日々強まっている。
 2月24日発表されたアメリカ国防総省の2015会計年度予算方針、および3月4日公表の「4年ごとの国防政策見直し(QDR)」を見ると、アメリカ陸軍は第2次世界大戦以降最少レベルまで縮小され、海軍も空母11隻体制は維持するものの、主に中東沿岸での作戦用に建造された「沿海域戦闘艦」は当初予定の52隻から32隻に削減された。
 このように、湾岸戦争やイラク戦争レベルの戦争はもちろん、中東および周辺地域での軍事介入も、この間のシリア内戦やウクライナ問題への対応から明らかなように有りえない。したがって集団的自衛権を解禁しても自衛隊の出番はないのである。
 アジア地域に関しても、オバマ政権はアジア重視の「リバランス政策」を掲げているが、スローガン倒れになっていることが明らかとなった。
 4月17日のアメリカ上院外交委員会の報告書によると、国務省の2015会計年度予算でのアジア地域に係わる予算要求は8%に過ぎず、中東の35%、南・中央アジアの27%はおろか、欧州、ユーラシアの14%、アフリカの9%にも及ばないものとなっている。
 軍事面でも、アメリカ軍による尖閣諸島問題にかかわる日本へのリップサービスは盛んだが、米中は相互に配慮しあっている。そもそも尖閣諸島問題は集団的自衛権のレジームではなく、個別的自衛権と日米安保の問題である。
 尖閣諸島を巡って米中が真っ先に武力衝突を起こすことなどありえないにもかかわらず、集団的自衛権の解禁でこの海域での日米共同作戦が進展するかのような幻想がふりまかれることは、アメリカも迷惑だろう。
 アメリカ国防省は4月1日、今月下旬に予定されていた青島での、中国海軍主催の国際観艦式への艦船派遣を行わないことを決定、結果的に観艦式は中止となった。 
 これは海上自衛隊が招待されていなことへの不快感の表明であるとして、日本の右派勢力から拍手喝采を受けた。
 しかしその直後の4月7日ヘーゲル国防長官は中国の空母「遼寧」を視察した。「泥を塗られた」はずの中国側にとっては大サービスであるが、大人の対応というものである。
 観艦式に関しては、消息を絶ったマレーシア航空機の捜索が続けられるなか、韓国では旅客船が沈没し多数の犠牲者が出るというアジア地域の状況を考慮すれば、「お祭り」もいかがなものかということになったであろう。(派遣を決めていた韓国も海難事故を踏まえ見直しをしただろう)ただ「西太平洋海軍シンポジウム」は予定通り開かれ、海自幹部も出席する予定となっている。
 こうしたなか、4月19日横須賀に海自の護衛艦、補給艦など艦船14隻、イージス艦に至っては6隻中4隻が集結するという「総動員」体制のなか「護衛艦カレーナンバー1グランプリ」が開催された。
 これは、市民に艦内を開放し、各艦秘伝のレシピで調理したカレーの味を競うというイベントであるが、演習で艦艇が集まる機会を利用して開催されたという。
 関係国であるアメリカ、中国は極めて冷静であり、現場である海自も至って「平和」であるというなかで、血眼になって集団的自衛権解禁のボルテージを上げる安倍政権の危険な姿が浮き彫りとなっている。(大阪O)