ASSERT 458号 (2015年1月23日発行)

【投稿】 「改憲」安倍政権に終止符を
             ―急がれる選挙態勢づくり―
【投稿】 COP21・パリ協定は「京都議定書」の葬送
【投稿】 日韓合意をめぐって−−統一戦線論(20)
【本の紹介】 「資本主義の終焉、その先の世界」

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【投稿】 「改憲」安倍政権に終止符を
             ―急がれる選挙態勢づくり―


<砂上の「慰安婦解決」>
 昨年12月28日、ソウルで日韓外相会談が開かれ「従軍慰安婦問題」について「最終かつ不可逆的解決」が合意された。11月に行われた、初めての日韓首脳会談では、同問題について協議は進めるものの、決着時期や内容については明らかになっておらず、越年は不可避とみられる中、急転直下の合意となった。
 日韓両政府の合意内容は、日本政府が@軍の関与を認めA安倍首相がおわびと反省の気持ちを表明しB政府予算で補償費用10億円程度を拠出する。韓国側は日本大使館前の少女像について適切な処置を行う、となっている。
 韓国側は、謝罪の閣議決定や立法措置による補償など、日本政府の法的責任の明確化を求めてきたが、妥結内容は@、Aという河野談話、村山談話の追認に止まり、Bも国家補償という位置づけはなされていない。
 今回の合意内容は、2012年にあったとされる「幻の日韓合意」=@野田首相(当時)がお詫びの文書を元慰安婦に送るA日本政府の予算で補償を行う、とほとんど同様である。
 その意味でもっと早く合意できてもよいものであったのが、日韓の政権交代で反故にされ、その後の安倍政権の強硬姿勢でこの程度の内容でさえ遠のいた形となったと言える。
 問題解決の背景には、東アジアの不安定化を危惧するアメリカの強い意向があったと言われている。安倍政権は「慰安婦問題は解決ずみ」という立場に固執し、謝罪とわずかな補償でさえ拒否してきたのだから、今回の決定は大転換であり、また屈辱であったであろう。
 一方の韓国としても、これまでの原則的な主張から見れば、日本に対する大幅な譲歩、妥協ともいえる内容での決着を急いだのは、アメリカの考えを無視できなかったからと言われている。
 日韓首脳会談以降このような予兆はでていた。12月17日に朴大統領に対する名誉棄損裁判で、産経新聞前ソウル支局長に無罪判決、22日には元日本軍軍属の「請求権」訴訟に関して訴えが棄却された。
 これらの司法判断の背後にも、アメリカの意を受けた政府の意向があったと考えられる。
 こうした当事者抜きの政治決着に、元慰安婦や支援団体「挺対協」などは強く反発し、とりわけ少女像の取り扱いに関しては「移転は認められない」との決意を強めている。内容的な前進がないかな3年間放置され、その間多くの元慰安婦が亡くなり、生存者は46人となっている。
 反発の声に対し安倍政権は、「少女像は韓国政府が適切に処理するものと認識している」と、合意直後から素知らぬ顔をするばかりか「少女像が撤去されなければ財団への拠出はしない」趣旨の発言が相次ぐなど、早速合意を反故にしかねない二枚舌ぶりを見せている。
 4月には韓国総選挙、日本では7月には参議院選挙、あるいはW選挙が取り沙汰されている。この結果如何で今回の合意は崩れ去る可能性がある。
 2002年の日朝両首脳による「平壌宣言」では、拉致問題の決着がなされ、戦後補償問題解決、国交正常化に向けて動き出すはずであったが、一時帰国した拉致被害者の再出国取りやめ、再調査の不履行など、双方が強硬措置に出たため宣言は有名無実と化した。
 拉致問題に関しては、日本は被害者であり小泉内閣の措置は一定の支持を受けたが、小泉内閣の官房副長官であった安倍が、慰安婦問題に関しても何時態度を豹変させるか分かったものではないだろう。
 実際、今回の「妥協」に関しては安倍の支持基盤である排外主義者、レイシストなどから失望の声が相次いでいる。1月14日の自民党部内会議で桜田元文科副大臣が「慰安婦は職業売春婦なのに犠牲者として宣伝工作に使われている」と暴言を吐いた。
 外相会談で「今後はお互いに非難や批判を控える」と合意したにも関わらず、早くも本音がでた形となった。安倍や菅は苦しい弁明に追われ、発言は撤回されたが、こうした本物のゲスの極みはまだまだ多数いると思われ、日本側の不誠実さが浮き彫りとなった。
 
<緊張激化の利用を策動>
 このような安倍にとって追い風となったのが、1月6日突如として行われた北朝鮮の「水爆実験」である。第一報に官邸は色めき立ったものの、当初から「水爆」については、アメリカや韓国が疑念を示しており、爆発規模や放射性物質など様々な観測結果からも「水爆」を否定する物証が相次ぎ、核実験としても成功していないのではないかとの見方も示されている。
 この事実に安倍も「水爆とは考えられない」と認めざるを得なかった。しかし安倍は国会審議で「北朝鮮の核開発をより一層進展させるものであり、日本の安全に対する重大な脅威」との考えを示した。安倍は金正恩以上に核実験の成功を願っているようである。
 安倍政権は今回の「水爆実験」を軍拡、とりわけミサイル防衛の進展に利用し、内政面においては拉致問題放置の口実にしようと躍起になっている。日米が進めるミサイル防衛計画については、プーチンが12月31日に発表した新たな「ロシア連邦国家安全保障戦略」で、NATOの拡大を主要な脅威としつつ、欧州に加えアジア太平洋、中東へのミサイル防衛システム展開が地域を不安定化させている、と批判している。
 安倍政権はロシアの批判に対し、今回の北朝鮮の暴走を口実にミサイル防衛計画を正当化した。韓国に向けては慰安婦合意以降も燻る批判に対し、日韓連携を進める材料として利用している。
 さらに中国に対しては、北朝鮮への実行力ある制裁を求め、連携した対応を唱えながら軍事力での対抗を強めている。菅は1月12日の記者会見で「中国海軍艦艇が尖閣諸島周辺の領海内に入った場合、自衛隊に海上警備行動を発令する可能性がある」と述べ、武力衝突にも発展しかねない挑発を示唆した。
 安倍政権は南西諸島の軍事拠点化を進めているが、那覇地裁は昨年12月24日付で、与那国島陸自基地建設差し止めに関する仮処分決定申請を却下した。政府の動きに対する警戒感は石垣島でも高まっており、部隊配備候補地の周辺3地区は石垣市に反対の申し入れを行ったが、与党支持の市長は「市として抗議することはできない」と述べるなど、反対の声を封じ込める動きが強まっている。
 このような日本政府の言動を見せつけられながら、北朝鮮対応での共同歩調を求められても、中国としては信用しないだろう。中国政府としては「北朝鮮の行為が日本の軍拡を正当化している」と金正恩に言うべきであろう。
 安倍政権は東アジアの緊張激化を利用するには飽き足らず、中東地域の混乱も狙っているようである。イラン―サウジアラビアの対立に関し、国際社会は沈静化に向けて様々な動きを見せているが、日本政府は具体的な動きは見せていない。
 安倍政権は、戦争法の必要性を説明するために「ホルムズ海峡の機雷封鎖」を例に出してきたが、今回の事態がそうした見解に有利に働くのを待ち望んでいるようにも見受けられる。
 しかしこの地域、のみならず国際的な懸案はイスラム国であることは世界中が承知しており、イランもサウジアラビアも対立の拡大は望んでいない。現在ペルシャ湾には、アメリカ、フランスの原子力空母を中核とする多国籍艦隊が展開し、イスラム国に対する軍事作戦が進行中であり、イラン、サウジの武力衝突など論外である。
 1月12日にはアメリカ軍の小型艦艇2隻がイラン領海内で同国革命防衛隊に拿捕されたが、乗員は翌日には解放され、17日にはイランに対する経済制裁が解除された。このような世界史の転換点ともいえる動きを、客観的に捉えることができずに、牽強付会するのが安倍外交の一つの特性である。

<野党共闘進めよ>
 情勢を客観的に捉えられない安倍政治は内政に於いても引き続き発揮されている。安倍は年明け以降、改憲への執念を、誰にはばかることなく露骨に示している。 
 4日の年頭記者会見では「憲法改正を参議院選挙で訴えていく」と参議院選挙の争点とすることを明らかにし、1月10日のNHK「日曜討論」では「自公だけで(参議院の)3分の2議席は大変難しいので、おおさか維新を加えた改憲勢力で3分の2を確保したい」と踏み込んだ発言を行った。
 これに対して民主党や共産党は強く反発、公明党も安倍発言を牽制した。安倍は7日の参議院本会議で「改憲はできるだけ多くの党の支持をいただき、国民の理解を得るための努力が必要不可欠」と答弁した。
 しかし、これは戦争法案審議に関しても、耳にタコができるほど聞かされたセリフである。実際は与党の強行採決で成立させており、今回も全く信用できないものである。実際は議会内改憲勢力を糾合しての強行突破を目論んでいることは明々白々であろう。
 国会で安倍は、拉致問題の政治利用に関する蓮池透氏の著書に基づく追及、女性パート労働者問題についての糾問に対して相変わらずの逆切れを起こしている。
 民主、維新、共産は共同歩調で安倍政権を追及し、参議院選挙へ設けての態勢を整えなければならないが、なんとも心もとないものがある。共産党との協力については、維新のみならず連合も反対を示すという難局に直面している。
 「国民連合政府」に関しては論議すべきであるが、戦争法廃止のみで「政府樹立」は無理であろう。戦争法廃止は共通公約とし、具体的に可能な限りの選挙協力を比例、選挙区双方で進めるべきである。
 その際統一候補として、この間安倍政権の圧力で番組降板を余儀なくされたキャスターを担ぐくらいの成果を挙げなければ、有権者の支持は得られないだろう。(大阪O)