アサート No.478(2017年9月23日)

【書評】『記者たちは海に向かった──津波と放射能と福島民友新聞』
           
 (門田隆将著、2017年、角川文庫、880円+税) 

 東北大震災と放射能汚染に直面して、福島県の地方紙「福島民友」新聞の記者たちが、「新聞エリアの欠落」(取材対象区域・営業区域・配達区域の消失)の中で、いかに「紙齢」(新聞発行通算の号数)をつなぐために行動したかの記録である。若手の記者が犠牲となり、あわや新聞発行が危ぶまれる非常事態になりつつも、その難局を乗り越えたのは、「地元に密着した地元紙の記者たち」が「記者という『本能』のまま動き、純粋に歴史の一断面を、命を賭けて『切り取ろう』としたからだ」と本書は述べる。福島の浜通りにあった「二つの支社・五つの支局」に配属された「十一人」の記者たちは「大地震発生と同時に津波を撮るべく『海』へと向かった。それは、新聞記者の“本能”とも言うべきものだった」と。その活躍ぶりは本書の至るところに記録されている。
 「『あっ』凄まじい津波に向かう漁船を撮りつづける自分の命が『危うくなっていること』を知ったのは、いつだったろうか。/気がつけば、海は、自分の目の高さより遥かに高くなっていた(略)福島民友新聞の小泉篤史・相馬支局長は、津波と闘うファインダーの中の漁船を追うことにいつの間にか没頭していた。/(略)/『普通に肉眼で見て、自分より波が高いので、あっ、ダメだと、思いました』/小泉は、この時まで、自分の生命が危うくなっていることより、『漁船が一体どうなるのか』ということの方に関心が奪われていたのである。/(略)/小泉は、ここに至って、やっと埠頭から離れることに決めた。/自分の左手から押し寄せた津波は、とっくに陸地を突破して、コンテナや自動車を松川浦に流し込んでいる。たまたま、自分のいるところは表面張力で助かっているだけだったのである」。
 この後、福島民友新聞本社では、通信手段も電源もないまま新聞発行に悪戦苦闘し、結局読売新聞社の援助により(福島民友新聞は読売系列の地方紙で、読売の福島支局も福島民友新聞の中にある)発行することになるが、その経緯は本書に詳しい。そこには地元ならではの密着した人間のつながりが感じられ、記者たちの奮闘振りには目を見張るものがある。
 しかしその熱意と使命感を認めつつも、やはり同時に、大津波よりもある意味で深刻な被害をもたらし、いまだにもたらし続けている原発災害に対して、きちんと目を向ける必要があろう。本書でも双葉町と浪江町の両方の災害対策本部を取材した木口・浪江支局長は、こう語ってはいるが・・。
 「双葉町は原発を立地している自治体そのものです。しかし、浪江町は、原発に近いけれども、町内に立地しているわけではない。つまり、浪江町には“原発から逃げる”という感覚がないんです。いや、もっと正確にいえば、夜の段階(註・避難指示前夜)で、浪江町は、津波の被害者対応に没頭していました。原発事故対応じゃないんです。(略)原発を立地していない浪江町には専門家もいないので、事の重大性がわからない。東電の人が詰めているわけでもないので、現実に原発で何が起こっているのかわからないんですよ。僕もその一人でしたが・・・」。
 しかし本書では一切触れられていないが、これまで福島民友新聞が、福島民報とともに一貫して、原発擁護・推進の論調を張ってきたという経緯は、事実として突きつけられている。
 例えば『原発プロパガンダ』(2016年、岩波新書)では、こう指摘されている。
 「福島県では戦後二つの新聞が発行を再開し今日に至っている。ただし原発に対して両紙はまったく同様に原発礼賛記事を掲載し、大量の広告を掲載し続けた。そのきわめて原発推進に協力的な紙面は、数ある原発立地県の地方紙でも随一であり、(略)」
 「この二紙の論調には基本的に差はなく、主に・原発は安全で絶対に重大事故は起きない。・原発立地に伴う電源三法交付金で地元は繁栄できるを二本柱とする社説と記事が繰り返し掲載されていた。たとえば福島民友が75年11月に掲載した連続企画『原発を見直す』のキャッチコピーを紹介すると、・放射線を多重防護、ケタ違いの対策、規制。・暴走しても心配ない、原子炉の安全実験進む。(略)などと、どうしてそこまで安全と言い切れたのかというほど、実に不可解な特集を組んでいた」。
 本書では、この姿勢への視点を抜きにして、旧知の間柄の福島民友の富岡支局長・橋本記者と東電幹部(小森常務、元福島第一原発所所長)が、事故直後の3月18日の記者会見の後、事故について互に感極まって号泣したことや、木口記者が、東電清水社長のお詫び行脚に随伴したこれまた旧知の石崎原子力立地副本部長(元福島第二発電所所長)と心が通じあったとエピソードをあげている。しかしどこか本質を抜いたような違和感を感じざるを得ない。
 それぞれの記者たちの奮闘が英雄的に描かれればそれだけ、著者を含めて、原発政策・事故との距離と姿勢が問われてくる書である。(R)

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