アサート No.480(2017年11月25日)

【投稿】 ボトムアップ型の民主主義をめぐって---統一戦線論(42)--- 

<<「ちょっと心配をしています」>>
 先の総選挙で大勝したはずの安倍政権にまるで覇気がない。「国難打開!」と、朝鮮半島をめぐるミサイル危機を煽り、手前勝手な自己都合解散を強行し、もっとも追及されることを恐れた森友・加計学園問題をうやむやにし、加計学園の認可にまでこぎつけ、逃げ切ったはずである。しかし、11/17の首相の所信表明演説は、特別国会召集から2週間も経っているにもかかわらず、たったの15分、中身もおざなりで薄っぺら。加計学園や森友学園問題には一言も触れず、「反省」も「丁寧な説明」も皆無。「決しておごることなく、真摯に、誠実に、謙虚に政権運営にあたる」という以前の記者会見での約束など、そのうわべの一言さえなし。ただ「政策の実行、実行、そして実行あるのみだ」と繰り返したが、その政策はこれまでの上っ面の繰り返しだけ。自らの政治姿勢を明確に示すことを回避し、たとえでっち上げでも「国難打開」に進む決意や意欲さえ喪失したか、と疑わせる。沖縄への言及もなし、解散・総選挙で提起したはずの憲法9条改正にもまったく触れず、演説の最後に一言「憲法改正の議論も」と触れただけで「ご清聴ありがとうございました」で終わり。論戦どころか、やる気のなさが目立ち、国会審議から逃げ続けてきた安倍首相の姿勢を象徴する所信表明演説であった。一体どうしたことであろうか。
 対する野党に、「政権を担うというエネルギーを失っておられるんじゃないかなと。覇気のない状況というのは、ちょっと心配をしています」(立憲民主党 枝野幸男代表)、「残念ながら内容も熱意も薄かったように思います」(希望の党 玉木雄一郎代表)と逆に心配までされている。
 しかし、これはあくまでも表面上のことである。油断大敵である。覇気のなさの根底には、「選挙大勝」そのものが実は非常にもろく、いつ崩れてもおかしくはないという、安倍政権にとっては深刻な実態が反映されていると言えよう。
 それを端的に示すのが、比例区の得票である。与党は、自民党18,555,717票、得票率33.3%、公明党6,977,712票12.5%。野党は、立憲民主党11,084,890票19.9%、希望の党9,677,712票17.4%、共産党4,044,081票7.9%、日本維新の会3,387,097票6.1%、社民党941,324票1.7%。与党は45.8%、維新を除く野党は立憲・希望・共産・社民4党合計で46.9%で、与党は敗北しているのである。しかも、民進党の議員が希望・立憲・無所属と三つに分かれた事により、旧民進党系は、希望+立憲だけで2076万票を上回り、自民党の1855万票を約220万票も上回っている。野党をかき回したつもりが、逆に立憲民主党を登場させ、躍進させてしまい、この事態をもたらしたのである。それにもかかわらず自民党が勝利し得たのは、ただただ野党の混乱と分裂、それを見込んだ突然の解散、小選挙区制のおかげである。絶対得票率(有権者総数に対する得票率)では、自民党は17.49%にしか過ぎない。

<<「何を決めてもらう選挙だったのか」>>
 しかも選挙後の世論調査(共同通信 11/2)では、内閣支持率が多少上昇しているとはいえ、安倍首相が悲願とする憲法9条に自衛隊を明記する安倍首相の加憲提案に反対は52.6%で、賛成38.3%を上回って、首相の基本政策が支持されていない。さらに首相が来年秋の総裁選で3選を果たして首相を続けてほしいが41.0%に対して、続けてほしくないが51.2%、「もう安倍政権はこれ以上続けてほしくない」という、首相にとっては厳しい現実を突き付けられているのである。
 そうした世論に呼応したかのように、自民党の石破茂元幹事長は、先の衆院選に関して「何を決めてもらう選挙だったのか、国民もよく分からない。消去法的に自民党が勝ったのが現実だ」と述べ、さらに首相が打ち出した消費税増税分の教育無償化への充当について、「党では誰も聞いていなかった。首相が何でも決められるなら党は要らないという意見もある」と公然と首相をこき下ろす講演をしている(11/18、成蹊大学での講演)。次期政権禅譲を期待する岸田文雄政調会長までが、安倍政権の「人づくり革命」の具体策について、一方的に政府側提案が報道され、「『党として議論していこう』と言ったばかりなのに、どういうことですか」と抗議する事態である。
 さらに 今回の選挙で常勝・公明党のはずが5議席喪失した山口那津男代表は、11/12に放送されたラジオ日本の番組で、憲法改正の発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要なことを踏まえ、「それ以上の国民の支持があるくらいの状況が望ましい」と述べ、過半数の賛成で改正が決まる国民投票でも、3分の2以上の賛成が見込めなければ改憲案に反対することを示唆した。同時に、立憲民主党の名を挙げ「野党第一党との合意をつくり出す努力が大事だ」と語り、首相らが改憲を「結党以来の党是」としていることについても「党是だから結果を出したい、とアプローチすると誤る」とけん制している。山口氏は、首相の所信表明演説の後でも、「政権合意で『決しておごることなく、真摯に、誠実に、謙虚に政権運営にあたる』と誓った」と首相にクギを刺している。公明党は、明らかに安倍政権との距離を再検討せざるを得ない事態に追い込まれているのである。
 政権基盤を固めるための選挙であったはずのものが、逆に政権基盤を弱体化させる方向に事態は進んでいるとも言えよう。

<<「熱狂なきファシズム」>>
 映画作家の想田和弘氏は、安倍政権の現状を「熱狂なきファシズム」と呼んでいる。
 「安倍政権はその誕生以来、民主主義のシステムを少しずつ、だが確実に切り崩してきた。NHKのトップの首をすげ替えて政権批判を抑え込み、特定秘密保護法や安保法制、共謀罪といった憲法上疑義のある法律を独裁的な手法で通してきた。にもかかわらず、主権者は大きな国政選挙で繰り返し与党を勝たせ、容認し続けてきた。僕はこうした現象を『熱狂なきファシズム』と呼んでいる。それは主権者の無関心と黙認の中、低温火傷(やけど)のごとくジワジワ、コソコソと進む全体主義である。僕は全体主義的な安倍政権が選挙で勝ち続けているのは、私たちの社会が、全体主義的価値観に侵食されているからなのではないかと疑っている。会社や学校、家庭が全体主義に侵されていれば、全体主義的な政治家や政党が台頭しても「普通」にみえてしまい、違和感や警戒心を抱きにくい。熱狂なきファシズムは、実に根深い問題なのだと思う。」と指摘している。
 しかし同時に、氏は「希望がないわけではない。立憲民主党が『下からの民主主義』『憲法の遵守』『多様性』『参加』などを掲げて躍進したことは、デモクラシーの存続を強く望む僕のような人間が、決して少数ではないことを示している。民主制を踏みにじる政治家の出現で、かえって民主的価値が呼び覚まされようとしている。私たちの抵抗運動は、これからが本番だと思っている。」と核心をついている(熱狂なきファシズム 民主的価値呼び覚ませ 想田和弘 朝日新聞 11/8付)。
 その立憲民主党について、安倍首相は本音を漏らしている。
 「立憲より希望が第1党の方がよかったのに」。今回の衆院選後に、安倍首相はそう漏らしたという。安倍首相にとってのベストシナリオは、改憲勢力の希望の党が野党第1党になること。改憲発議に向け、「あうんの呼吸」で国会運営を自由に進められるとの思惑が、希望の失速で大きく外れた。それでも諦めきれない安倍官邸は、希望と維新に統一会派を組むよう提案したという。(日刊ゲンダイ10/31付)
 安倍首相の魂胆は明白である。維新と希望の改憲派を野党第1党にさせ、安倍首相の改憲戦略に合流させることである。しかし安倍首相の期待に反して、立憲民主党が第1党となり、枝野幸男代表は「現在の安保法制の違憲部分、集団的自衛権を前提として自衛隊を憲法9条に明記することは徹底的に反対します。同じ立ち位置に立つ方々とは連携、協力します。重要なのは(過去の言動ではなくて)これからの対応です。」と明言している(週刊金曜日11/10号インタビュー)。首相は、野党第1党を無視して突破する姿勢をも垣間見せているが、それは混乱と孤立化をもたらすであろう。首相は全方位で窮地に立たされているとも言えよう。

<<トップダウンvs.ボトムアップ>>
 突然の解散、民進党の分裂の中で、あわただしく結党されたその立憲民主党であるが、枝野幸男代表は、10/2の結党会見で次のように述べている。
 「私は、上からの民主主義、上からのリーダーシップ、あるいは強いものからの経済政策……。こうしたあり方自体がもう限界を迎えている。あまりにも弊害が大きくなっている。草の根からの民主主義でなければいけない。経済や社会は、下支えして押し上げるものでなければならない。ボトムアップ型の社会にしていかなければならない。私は、ボトムアップ型のリーダーシップ、民主主義、社会経済のあり方というものが、立憲民主党の明確な立ち位置であり、この選挙を通じて、他の政党との違いとして国民に訴え、理解してもらいたい。」
 この主張、政策こそが、まさに想田氏が指摘した「下からの民主主義」、草の根民主主義、ボトムアップ型の民主主義、が共感を呼び、選挙運動が下から押し上げられ、あっという間に支持を拡大させたのである。日本の社会、経済、政治に根本的に欠落している下からの民主主義が問い直されたのだとも言えよう。
 一方、この立憲民主党の躍進に、野党共闘を通じて大きく貢献したともいえる共産党は、比例代表得票で、前回606万票(11.4%)から440万票(7.9%)、獲得議席数で前回21から12への大幅後退、惨敗である。比例代表で、850万票、得票率15%以上が目標であったことからすれば、深刻な事態である。だとすれば、真剣で下からの意見が反映された、積み上げられた討議が必要なはずであるが、開票日の翌日、10/23には早くも共産党中央委員会常任幹部会声明を出し、敗因は一言、「私たちの力不足にある」と総括している。「私たちは、党大会決定を踏まえ、総選挙勝利をめざして、党員と『しんぶん赤旗』読者を拡大する運動にとりくんできました。全党のみなさんの大きな努力が注がれましたが、残念ながら、3年前の総選挙時と比べて、党員も、『しんぶん赤旗』読者も、後退させたままで、この総選挙をたたかうことになりました」と総括している。「力不足」が何によるものなのか、一切語られていない。選挙で後退すれば、必ず繰り返される、責任を下部に転嫁するおなじみのセリフにしか過ぎない。声明は、「捲土重来を期すための具体的課題として、第一に、日本共産党の綱領、歴史、理念をまるごと理解してもらう 第二に、日本共産党の自力を強めることー党員拡大を根幹にした党勢拡大に取り組むことです」、これも指導部の責任を棚上げにしたすり替えにしか過ぎない。全ては強大な党建設の課題に押し込められ、わが党の建設だけに重きを置くこのセクト主義的な選挙方針に下部党員を動員する、悪しきトップダウンの典型とも言えよう。綱領もなければ、機関誌もない、党勢も発足したての立憲民主党がなぜ1108万票獲得し、共産党が404万票なのか、真剣に議論し、教訓を引き出すべきであろう。
 共産党に決定的に欠けているのは、党内民主主義、草の根民主主義、ボトムアップ型の民主主義であり、それが指導部には全く理解されてもいなければ、一貫して無視されてきたことである。それが政策にも野党共闘にも反映され、一貫性もなければ、中途半端な様子見の野党共闘、活力に欠けた政治的駆け引きの道具としての野党共闘に閉じ込められ、今回の選挙でも多くの小選挙区で自民党に勝利をもたらせ、喜ばせているのである。統一戦線に真剣に取り組むには、セクト主義は厳禁であり、自らも徹底した草の根民主主義を実践しているかどうかが問われるのである。有権者はその実態を見て判断しているとも言えよう。
 もちろん、野党共闘、統一戦線それ自体にも、ボトムアップ型の民主主義が誠実かつ着実に実践されているかどうかが問われていることは付言するまでもないことであろう。
(生駒 敬)

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