アサート No.483(2018年2月24日)

【書評】 「治安維持法と共謀罪」(内田 博文著 岩波新書 2017・12・20)
    ---復活する平時の「治安維持法」は、戦時体制への準備--- 

 昨年6月、参議院委員会審議を中断の上自民・公明と維新の会の多数による強行採決によって共謀罪法案(テロ等準備罪法案)は成立した。
 本書は、まず戦前の治安維持法の成立からその運用の歴史を概観する。治安維持法の法案審議の中では、法律の対象は「共産主義運動であり、一般市民には適用されない」と説明されたというのは意味深い。共産党を壊滅させた後も、国体護持や戦争遂行に異を唱えているとして、労働組合や法曹界、宗教団体や学術研究者をも対象とし、検察主導の「裁判」は有罪前提で進められ多くの人々を獄に繋いだ。その手法は、思想検察がその裁量により「犯罪」を作り出し、法手続きを簡素化し、人権よりも「公共(戦争遂行)の利益を優先」して、「法律を運用」するというものであり、著者は、「大日本帝国憲法」下においても、憲法違反のやり方であったと指摘する。

「(戦後)治安維持法下の諸制度は、「戦時の衣」を「平時の衣」に着替えることによって例外の制度が原則の制度に逆転し、むしろ拡大されることになった。大日本帝国憲法にさえ違反していたこれらの諸制度はもちろん日本国憲法に違反していた。しかし、国はその合法化を図った。戦前同様、裁判所がこの合法化に大きな役割を果たした。これには、治安維持法の逸脱適用を実際に差配した思想検事が裁判官と同じく公職追放されることなく、名称を公安検事と変えて法曹界の中枢に居座り続け、なかには最高裁判所判事となって司法政策を牽引した者も出たことが大きかった。」

 私は法律に詳しくはなかったが、敗戦まで治安維持法による適用を行い続けた裁判所関係者・司法検察関係者に戦犯追及が及ばず、日本国憲法施行後も「思想検察」は「公安検察」に名を変え、戦後の混乱期に乗じて、労働運動や民主主義運動弾圧の先兵となったという歴史的事実について、この本により知ることとなった。
 戦争犯罪者達が罪を問われることなく、敗戦以後、そして日本国憲法成立以降復活していった経過と重なる。旧陸海軍の将校達は、朝鮮戦争の勃発・駐留米軍の朝鮮半島への出兵と共に、「警察予備隊」の幹部として雇用され、「保安隊」そして「自衛隊」幹部として、戦前の反省も無きまま復活した。医学会では、731細菌戦遂行を行った旧帝大医学部の教授たちも、アメリカに研究成果を引き渡すことで免罪され、戦後の医学会に君臨し続けた。同じ事が、思想検察関係者・法曹界にもあったと言う事である。
 
 日本国憲法は、国民主権・平和主義・基本的人権の尊重という基本理念の下、1947年5月に施行された。治安維持法は1945年10月にその効力を失い廃止された。しかし、治安維持法の乱用を許した刑事訴訟法関連の非民主的な諸制度はどうなったのか。政府は「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急的措置に関する法律」(昭和22年法律76号)を定めたが、この過程でも、むしろ焼け太り的に、検察司法の強化が進んだと著者は指摘する。
 捜査機関の強制捜査権については、令状主義とされた。しかし「死刑・または無期懲役、3年以上の罪に相当する疑いのある事案」については、強制捜査・逮捕を認める例外を定めて、被疑者を令状なしに逮捕できるとした。
 「・・しかし、令状主義という枠がはめられたものの、検察はこの応急措置法第8条により検査官の強制捜査権を刑事手続一般に拡大することに成功した。・・・戦時刑事訴訟法でも認められなかった司法警察官に対する強制捜査権の付与も実現された。」
 起訴陪審制度とは、起訴を行うかどうかを、一般人による陪審により決める制度であるが、GHQは司法検察が裁量的に起訴を行ってきたことを改めるため、起訴陪審制度を導入することを求めたが実現していない。日本政府は導入必要性を認めつつ、頑なに拒否し、現在に至っている。時々耳にする「検察審査会制度」は、そのアリバイ的な制度である。検察が基礎を行わなかった事案について、申し出により再審査を行うというもので、起訴陪審とは似ても似つかないものである。
 
 著者は、こうした戦後司法が治安維持法の濫用により国民の人権と自由を奪ってきたという反省もなきまま、戦後団体規制法や破壊活動防止法、公安条例など、基本的人権より「公共の福祉、安全」を優先する考えを基礎にしていると指摘し、戦前・戦後と続く日本の刑事訴訟法等に係る法律・制度の流れを本書にて概説されている。その延長線上に「共謀罪法案」の制定が目指されてきたわけである。
 
 「・・凡例の共謀共同正犯によっても、いまだ実行行為に出ていない段階では、予備罪や準備罪、あるいは陰謀罪や共謀罪では、共謀自体について刑事責任を問うことはできなかった。」そこで、治安当局は予備罪や共謀罪の創設をめざすと共に、処罰規定を設けてきた。それでは不十分だとして、政府はこれまで3回に渡り、包括的な共謀罪の創設を試みてきた。2003年、2004年、2005年に国会に提案されたが、いずれも反対を受けて廃案となった。
 そして2016年の参議院選挙で勝利した自公政権は、「テロ等準備罪」法として共謀罪法案を国会に提出した。奇妙なのは、法案名にも関わらず、条文にはテロの規定も、文字も出てこないという、意図を隠した法案提出であったと指摘されている。
 「組織的な犯罪に係る共謀罪」が追加されているが、審議の中では、政府答弁は二転三転する。政府は、衆議院審議では、通常の活動を行う市民団体や労働組合は共謀罪法の対象ではないと答弁していたが、参議院では「対象犯罪を謀議・準備したと思われる段階では、一般の団体も対象となる」と修正。また、「共謀に係る犯罪の実行に必要な準備行為」という規定明確化もできず、検察警察による裁量の余地を残し、恣意的解釈の疑いは払しょくすることができなかった。そして、政府の提案説明では、国際的なテロ対策法の批准の必要法だとした。しかしパレルモ条約は、薬物や金融面で経済的な組織犯罪を対象とした国際条約であり、「テロ等準備罪法」の制定は批准の必要条件ではない。国際機関もそれを認めている事実がありながら、審議中断、強行採決という手法で成立させたのであった。
 準備罪として成立させるには、膨大な個人情報の事前収集が必要となるが、それはまさに「監視社会の到来」であろう。テロと北朝鮮の脅威で国民に不安を煽り、基本的人権の尊重よりも、「公共の安全」を優先しようというのが、自民党であり、その憲法改正草案には、その意図がはっきりと示されている。国民主権・平和主義・基本的人権を否定するために、憲法改正が準備されているのである。
 
 「恐ろしいのは国家と国民の関係が逆転することである。国民のための国家から国家のための国民に逆転することが予想される」とし、今の私たちに一番必要なのは、「民主主義を担う意欲と能力、勇気である。」と著者は結ぶ。共謀罪法の背景と本質を理解するために、貴重な1冊であろう。是非一読されたい。(2018-02-19佐野)

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