アサート No.484(2018年3月24日)

【投稿】 安倍政権の危機とリベラルの転倒
                ---統一戦線論(46)--- 

<<「安倍首相夫妻の犯罪」>>
 まさに「おごれる者久しからず」である。安倍一強といわれ、権力を笠に着た開き直り、傲慢とウソとデタラメ、ゴマカシの政治がいよいよ通用しなくなってきたのである。安倍首相が先頭に立ってウソつき呼ばわりして排撃してきた朝日新聞から、3/2、公文書書き換え・改ざん疑惑が指摘・報道されるや、事態は一挙に局面転換、強権的な安倍政権の弱点ともろさが噴き出し、安倍三選どころか、その前に安倍政権退陣・崩壊の危機に直面する事態の進展である。
 自らが招いた最後のあがきか、理財局長だった佐川宣寿氏を「極めて有能」と持ち上げていたのが一転して、「佐川が、佐川が、佐川が」と責任を下に、官僚に押し付ける安倍・麻生の姿勢は、誰の目にももはや見過ごしえぬ醜態と化してしまったのである。
 『週刊文春』2018/3/22号は、総力取材「森友ゲート」これが真相だ!、と題して
▼近畿財務局職員自殺 警察は「遺族は政権が持っていった」
▼自殺職員親族の告白「『自分の常識が壊れていく』と…」
▼安倍は「森友もスパコンも全部麻生さん」と責任転嫁
▼麻生「佐川と心中」は虚言? 傲慢会見では痛恨の鼻毛
▼辞めたがっていた佐川長官 周囲は「心が折れている」
▼昭恵夫人は朝日スクープ翌日に極秘スキー旅行
■森友より深刻 加計問題でも公文書書き換え疑惑
と見出しが並ぶ。電車の中吊り広告のトップは「安倍夫妻の犯罪」の特大文字である。普通なら、「安倍夫妻の犯罪」と書き立てられれば、即刻、名誉棄損で訴える筋書きであろうが、否定しがたい事実の前になすすべなくうろたえ、おびえているのが現実の安倍政権である。抗議デモのプラカードには「アベを監獄へ」まで掲げられている。
 3/16(金)夜の国会周辺は、冷えた小雨降る天候にもかかわらず、緊急抗議行動で久しぶりに一万人以上の人々の怒りと熱気が渦巻き、首相官邸、議員会館、国会前の歩道は、3/12から連日展開されてきた「総がかり行動」の「森友学園疑惑徹底追及!連続行動」が行われ、人々でぎっしりと埋め尽くされた。国を私物化するな、権力私物化に終止符を!、公文書を改ざんするな、証人喚問・昭恵は出てこい、佐川よりも麻生が辞めろ、アベが辞めろ、退陣せよ、総辞職せよ!、…と抗議の声が何度も何度も上げられ、コールが響き渡る事態である。

<<「首相就任以来最悪の危機」>>
 モリ・カケ疑惑報道で安倍政権を徹頭徹尾「忖度」してきたNHKでさえ、決裁文書の改ざんをめぐり自死した財務省近畿財務局の男性職員が、「上からの指示で書き換えさせられた」という内容のメモを残していたことを報じ、しかもその職員が 「自分1人の責任にされてしまう」というメモを残していたこと(NHK NEWS WEB、2018/3/15)も判明している。そして一貫して安倍首相を持ち上げてきた読売新聞でさえ、さらに、この男性職員に先立って財務省・理財局の30代の国有財産係長も今年1月にやはり自死していたと報じている(読売、2018/3/16)。さらに犠牲者「3人」目として、財務省・管理課の女性職員が自殺未遂か、と報じられている(日刊ゲンダイ、2018/3/16)。「自分が去ったら内閣が持たない」と豪語していた麻生財務相について、徹底擁護していたはずのフジ・サンケイグループの夕刊フジまでが「自民総スカン 麻生4月辞任決断」と報じている。安倍政権にとっては先が見通せない「底なしの闇」である。3/16の東京発ロイター電は、「首相就任以来最悪の危機となっている」と報じている。
 こうした安倍政権批判報道に激怒した安倍首相は、放送事業の見直しを目論み、放送法4条などの規制の撤廃に動き出し、3/16付読売は、放送業界は「民放解体を狙うだけでなく、首相を応援してくれる番組を期待しているのでは。政権のおごりだ」と警戒を強めている、と報じている。
 すでに時事通信が3月9〜12日に実施した3月の世論調査で、安倍内閣の支持率は前月比9.4ポイント減の39.3%へと急落。3/17〜18の朝日新聞世論調査では13%減の31%への急落である。これは、第2次安倍内閣の発足以降で最低であり、この週末の相次ぐ他の大手メディアの世論調査でも、内閣支持率がさらに落ち込むことは必至である。
 3/19以降、国会で偽証罪が適用される「佐川喚問」が進めば、野党の追及は一段と厳しくなり、事態はさらに混迷の度を深めるのは必至である。
 「私や妻が関係していれば総理大臣も国会議員も辞める」とした昨年2/17の首相自身の答弁が現実味をもち、追い込まれる事態の到来である。
 その帰趨を決める決定的な鍵は、安倍政権を十重二十重に包囲する、政権の居直りを許さない、圧倒的な声の結集であり、野党共闘と統一戦線の前進である。

<<転倒する保守とリベラル>>
 その野党共闘と統一戦線の前進にとって、見過ごされてはならないのは、保守とリベラルの転倒である。
 曲がりなりにもこれまで安倍政権が「一強」と言われるまで、長期にわたって権力を維持し得たのは、ウソとゴマカシ、傲慢な政治の対極で、いかにもリベラルであるかのような政治姿勢を振りまいてきたこと、それに対して野党が有効・適切な政策を対置できず、安倍政権のウソとゴマカシを見過ごしてきたことが指摘されなければならない。
 本質的には、極右で自由競争原理主義の新自由主義者(ネオリベラリスト)の安倍首相が、平気で「私はリベラル」発言をいけしゃあしゃあと行っている。「私がやっていることは、かなりリベラルなんだよ。国際標準でいけば」「衆院を解散し、総選挙を控えた10月。安倍晋三首相は、自らが打ち出した経済政策について周辺にこんな表現を使って解説をした。」(朝日、2017/12/30付)
 ここで言う「リベラル」な政策とは、子育て支援や非正規労働者の待遇改善を掲げた「1億総活躍社会」、女性活躍、働き方改革、企業への賃上げ要請、同一労働同一賃金、全世代型福祉、等々、一見、政府の役割や規模を拡大する「大きな政府」を志向するような政策を掲げていることである。しかしそれらはすべて言葉の上のことだけである。実際にやっていること、そして目論んでいることは、真逆な新自由主義政策であり、自由競争原理主義の規制緩和であり、掲げた政策はことごとく後退さえさせている。それがアベノミクスなのである。安倍政権下で、子育て支援は後退し、女性活躍どころか先進国最低水準にまで落ち込ませ、非正規労働者をますます増大させ、実質賃金は年々低下し、格差を拡大させ、社会保障費や年金、生活保護費を年々削減し続けているのである。
 そもそも「リベラル」自体があいまいであり、融通無碍、自称「リベラリスト」ほどいいかげんなものはない。その象徴が、「寛容な改革保守」と言いながら「排除」の論理を振りかざした人々、小池百合子・希望の党前共同代表や前原誠司・前民主党党首も「リベラル」であり、「排除」された側の枝野幸男・立憲民主党代表も、自らを「リベラル保守」と宣言している。そしてついに共産党までが、「共産党は、最も個人の自由、基本的人権を主張している政党」「筋金入りの『リベラル政党』です」と宣言している(『週刊金曜日』1/12,19日号、共産党・小池晃書記局長へのインタビュー)。あきれたものである。対抗軸はあいまいで実生活とかけ離れた「リベラル」の競い合いではなく、自由競争原理主義の新自由主義(ネオリベラリズム)の徹底批判に設定されなければならないのである。

<<改憲、核武装、リベラルをめぐって>>
 安倍首相は「リベラル」を演じながら、同時に、トランプ政権の登場に便乗して緊張激化政策を煽りに煽り、憲法9条の改悪と軍備拡大、出来れば独自核武装をまでみずからの政策課題として一貫して追及してきたのは周知の事実である。
 その改憲・核武装をめぐっても、保守とリベラルの転倒が露わになっている。
 真正保守思想を標榜する言論月刊誌『発言者』を刊行し、その後継誌『表現者』の顧問として毎号発言をし、歴史修正主義の「新しい歴史教科書をつくる会」に理事として参加し(2002年脱退)、2013年4月には、首相公邸で安倍首相と会食をしてきた西部邁氏が今年の1/21、多摩川で「自裁死」したと報道された。その西部氏は、『表現者』2018/1/1号・特集「世界大分裂の中の日本 改憲から核武装まで」の中で、西部邁氏を先頭に多くの論者が改憲・核武装をめぐって、次のような共通の発言をしている。
●西部邁 「これは世界の七不思議のひとつなんです。日本は核武装する技術も金もそして必要もありながら、どうして日本人は核武装しないんだ、そもそもする気すらない。いつのまにかそんな変な国になってしまったんです。立憲民主党は憲法九条を守れと言っているんです。あの憲法はアメリカが作ったものなんです。トランプは、選挙中のみとはいえ、『日本よ、核武装でもして、自分の国は自分で守れ』と言ってくれただけで僕は大満足なんです。」
●富田幸一郎(編集長) 「日本国民は核武装に耐え得るのか」「核武装の可能性について真剣な議論をすべきときがきているのはいうまでもないが、その当たり前の議論ができないのは、核兵器に対するアレルギーという自己欺瞞の故である。…広島、長崎を体験した被爆国であるといういい方はまやかしである。今こそ日本人は、日米同盟の中での米国の核兵器の「持ち込み」にとどまらず、むしろ独立した自衛核の防衛論を展開すべきときがきている。…福島の原発事故以来広がっている脱原発・反原発論は、放射能パニックの短絡的反応である。」「福島第一原発の事故以降に広がった反核イデオロギーこそ日本を滅亡の淵へと追いやるものである。いま毅然として「非核三原則」の見直しだけでなく、自衛隊の議論を推し進めるべきである。」「核武装の準備としての長期的目標があったことも忘れるべきではない。今再び日本は自立した国家の防衛戦略として、核武装の可能性を議論の俎上にのせるべきであろう。日本の長きにわたる「非核」イデオロギーとその政策は、ついにその終わりを遂げたのである。」
●藤井聡(2018/3/1号より、西部邁の指名を受けて新編集長) 「馬鹿と奴隷の国の中で」「左翼の連中は、自主防衛のための(核をも含めた)軍事力を日本が持っていなかったからなのだという真実についての洞察が完全に欠如している。多くの日本人たちは「核攻撃され、何十万人も死んでしまうかもしれない」ということをうすうす理解しながら、その危機に対して何もせず、「しょうがない」とあきらめてしまっていたのである。保守や左翼など、自分たちが置かれた状況を理解せず、危機感を持ち損ねた輩が多数に上る、これはもう「奴隷」というほかない。つまりわが国には馬鹿と奴隷しかいないのである。
●佐伯啓思 「核の脅威に対しては核による抑止しかない。「保守思想」からすれば、独自核武装がより「正しい」選択であろう。しかし現実にはそれは難しい。より現実的なのは、アメリカの核の傘である。しかし、それは保守思想の敗北ではないのか。」
●榊原英資 「独立国として明確な防衛戦略を」「現在の北朝鮮の状況を見ると、日本の独自に核武装する必要も高まっているのではないだろうか。そろそろ核武装を本格的に考えるべき時期だと思うのだが、…」
 ほとんどトランプや安倍と同一の単純な論理である。核武装を急げと吠えるこれらそうそうたる筆者の思い上がったエリート意識、知的頽廃、劣化は目を覆うばかりである。
 ところが問題は、改憲・核武装に反対の論陣を張っているはずの『週刊金曜日』2018年2月23日号が【中島岳志責任編集 <追悼特集> 西部邁とリベラル・マインド】を特集し、●追悼座談会|寺脇研×佐高信×中島岳志●「評論家」を演じ続けて|長崎 浩●学生運動のリーダーだった西部邁|森田 実●最後のリクエスト曲|青山 恵子●「大衆への反抗」を貫く|北村肇●中島岳志セレクト「西部邁この10冊」|中島岳志、を掲載しているのだが、この特集に登場した誰一人としてこの西部邁氏らの改憲・核武装論を取り上げ、批判さえしていないのである。西部氏を高く持ち上げこそすれ、その改憲・核武装論には黙して語らずなのである。中島氏は「西部邁という稀代の思想家に師事できたことを誇りに思っている。優しい人だった。」と述べているが、改憲・核武装を主張する人間のどこに「優しさ」を見出すのであろうか。
 責任編集をした中島氏は、「なぜ西部邁先生の追悼特集なのかということですが、お亡くなりになって、いわゆる左派の人たちが非常に好意的なコメントをたくさんお寄せになっていたことにも関係しています。」と語っている。「好意的な左派」の人たちの矜持はいったいどこに行ってしまったのであろうか。改憲・核武装批判を表明できないような「好意的な左派」の人たちの存在意義はどこにあるのであろうか。
 この改憲・核武装を肯定・無視する、あるいは問題にしないなどという姿勢が、「リベラル・マインド」と共存しているのである。これは、知性、人間性、ヒューマニティに根差した、統一戦線に不可欠な知的道徳的ヘゲモニーの喪失状態とも言えよう。改憲・核武装を阻止するための統一戦線であれば、こうした事態を明確に批判し、乗り越えられなければ、日本の統一戦線の前進はありえないと言えよう。
(生駒 敬)

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