アサート No.486(2018年5月26日)

【投稿】「米国第一主義」を掲げる中、世界は基軸通貨ドルからの離脱を目指す
                            福井 杉本達也  

1 第二次ニクソン・ショックが始まった
 「米国第一主義」を掲げるトランプ米大統領は3月8日、鉄鋼とアルミニウムの輸入増が安全保障を脅かしているとして、輸入制限を発動する文書に署名した。それぞれ25%と10%の関税を課すが、通商交渉や軍事負担で米国に譲歩した国は適用を除外するとして、安全保障もからめて貿易戦争を宣告した(日経:2018.3.10)。それ以降、韓国と北朝鮮の安全保障対話を条件にして米国生産車輸入を無条件にすることと通貨介入を禁止することとした米韓FTAの見直し、カナダ、メキシコとのNAFTAの再交渉、EUとの貿易協議入り、中国との通商交渉など世界的な貿易戦争が繰り広げられている。こうした中、 米紙ウォルストリート・ジャーナル(WSJ、電子版)は5月13日までに、トランプ米大統領が米国への輸入車に20%の関税を課すことや、米国生産車より厳しい排ガス規制を適用することを提案したと報じた(福井=共同 2018.5.14)。 世界の年間の自動車市場9600万台のうち米市場は1700万台規模で中国に次ぐ市場である。トヨタはカナダとメキシコ、日産はメキシコに米国向け輸出工場を持つ。また、日本からの輸出はトヨタで年間70万台規模、日産も高級車など30万台以上であり、日本の自動車メーカへの影響は極めて大きい(日経:2018.5.15)。

2 米中の貿易摩擦と中国通信大手ZTEへの制裁
 5月17日から米国と中国の貿易摩擦を巡る2度目の公式協議が始まった。米国は中国通信大手:中興通訊(ZTE)への制裁もからめて貿易赤字削減の圧力を強めている。ZTEは米国の制裁により、米国企業からの部品の供給が止まり、スマホの販売が事実上停止に追い込まれたと報道されている。
 米国は世界の資金の流れや、IT産業の頭脳部分を支配しており、その影響力を活用している。4月以降の標的は、ロシア経済制裁の一環としてのロシアのアルミ大手ルサールと米中貿易摩擦の取引材料としての中国の通信機器大手:ZTEである。米財務省は金融の健全性を脅かす存在であるとみなした外国の銀行に対し、ドル建て決済を禁止できる。国際銀行間の国際決済ネットワークの送信情報を入手して資金の足取りを追えることとなった。多数の銀行は、米国が制裁を科した企業や個人、国家との取引を控えることとなる。通信機器世界4位、時価総額170億ドルのZTEへの制裁理由は米国の制裁対象国イランと北朝鮮と取引していたことであり、同社もそれを認めている。

3 ほころび始めた米国の経済制裁
 ところが、伝家の宝刀たる米国の経済制裁が全く機能しなくなっている。ロシア:アルミ大手ルサールに対する制裁を発表した直後の4月23日、米財務省はルサールに対する制裁を5か月間猶予せざるを得ないと発表したのである(日経:2018.4.25)誤算はルサールからのアルミ供給の減少観測が広がり価格が高騰したことにある。ルサールは世界アルミ供給の1割を占め、自動車や航空機産業まで幅広い産業に影響が及ぶ。「グローバル企業は生産拠点の国際分業を進めておりロシアを企業活動から完全排除するのは難しい。」(日経)ロシア経済に打撃を与えようとしたことが米国の経済にすぐさま跳ね返ってきたのである。
 そして最も肝心な点をThe Economist紙は「各国はいずれ米国の制裁を逃れる方法を見つけるという点だ。ルサールの現状を見れば、米国のお墨付きが得られなくても生き延びるために何が必要かがよく分かる。つまり、半導体にグローバルな通貨と決済システム、格付け機関、商品取引所、大量の国内投資家、そして海運会社だ。中国は今、これら全てを手に入れようと画策中だ。米国は新型兵器を使うことで、その威力を誇示できても、同時にその相対的な衰退をも加速させることになるだろう」(日経:2018.5.9)と要約している。
 さらに極めつけは、「米国がロシアにソユーズ宇宙船を注文!どうしてもロケットエンジンを製造することができず、ボーイングが契約に署名へ」(Sputnik:2018.5.18)という事実である。米国はロシアに対する経済制裁を行っているはずであるが、ミサイルの根本部分であるロケットエンジンをロシアから購入しているのである。ロシアのロケットエンジンを積んだミサイルでロシアを核攻撃するなどという冗談も飛び出すほどに軍事の根本的部分でロシア依存が深まっているのである。「なぜロシアのロケットエンジンを買わないといけないのか!」とジョン・マッケイン上院議員が激怒したが、作れないものは作れないのである。

4 米国のイラン核合意からの離脱の狙い
 トランプ大統領は5月8日、英仏独中ロの6か国とイランが2015年に合意したイランの核合意から一方的に離脱し、イランに対する経済制裁を再開する大統領令に署名した。制裁が発動されれば、米国企業ばかりでなく、仏石油大手トタルによるガス田開発など欧州企業へも影響する。既にトタルは「ドル建ての資金調達が失われる事態になれば耐えられない」として、撤退の意向を示している。しかし、その穴埋めを中国最大の石油・ガス会社:中国石油天然ガス集団(CNPC)が引き受けるとしており、もし、欧州企業が制裁で抜けることとなれば、中国企業にその座を奪われてしまう。ロシア上院のマトヴィエンコ議長は「本合意からの離脱はEU経済を自国に従わせようという米国の更なる試みだろう。なぜなら多くの欧州企業がイランで事業を展開しているからだ。」と米国の真の狙いを指摘している。イランと英仏独、EUは15日、ブリュッセルで外相会合を聞き、米国抜きでも核合意の堅持を目指す方針を確認した。欧州連合(EU)は、イランからの石油購入のためにユーロへの支払いに切り換える予定で、米ドル取引を廃止すると外交筋は語っている(Sputnik:2018.5.16)。
 2003年、米国がイラク戦争に踏み切った最大の理由は、イラクのフセイン政権が2000年11月に同国の石油取引をドル建てからユーロ建てに変更したことである。また、リビアのカダフィ政権を倒したのも、カダフィが自国の金を裏付けにアフリカの統一通貨構想を練っていたからと言われる。1971年8月15日の金・ドル交換停止のニクソン・ショック以降、金との裏付けがなくなり、単なる紙切れとなった米ドルを世界通貨として支えてきたものは、米国の巨大な軍事力と、ドルによってしか取引できない石油の存在にあった。しかし、その特殊な取引が、2018年3月の中国上海の元建て石油先物市場の開設やロシア=中国のパイプラインによる直接取引によって確実に解体しつつある。米国のイラン核合意からの離脱は、米国の狙いとは裏腹にドル覇権の衰退を益々加速している。

5 『暴論』?「円を捨てて人民元に」
 外貨準備の中で、金の保有高を増やす動きが続いている。突出するのがロシアと中国で、2018年3月時点における過去10年間の保有増加量はロシアが1,423トン、中国が1,242トンとなっている。結果、ロシアは1,880トンで世界5位、中国は1,842トンで6位に浮上している。この外、トルコが475トン増やし、591トンで10位などとなっている。エルドアン政権と米国の関係は2016年7月のクーデター未遂事件以降冷え込んでおり、トルコ中央銀行は2017年末には米連邦準備制度から、自行の金準備26トンを回収している(Sputnik:2018.4.20)。また、欧州でも、ドイツ連銀は2013年に米国と仏に保管している保有金674トンを2020年までに連銀金庫に移すと発表した。2008年のリーマン・ショックと、その経済恐慌を抑えるべく、FRBが行った空前の量的緩和政策の結果、ドルの信認は低下し続けている。
 ニクソン・ショック以降、ドイツと日本は、常に黒字国として米国から黒字是正を迫られ、脅しに曝されてきた。ドイツは2000年以降、ユーロという護送船団方式に逃げ込んだのに対し、日本は依然、米国の圧力にさらされ続けている。日経のコラム『大機小機』において、ペンネーム(玄波)氏は「暴論 円を捨てて人民元に」と題して、「日本が円高の脅しから逃れるには、円を捨てて、アジアの人民元等の共通通貨に入ることも選択肢だ。もちろん、そんな暴論が実現できる国際環境ではないだろう」がとしつつも、それでも「ドイツのような隠れみのをアジアで構築すべく対応すべきなのか。岐路にさしかかっている。」と書いている(日経:2018.5.10)。
 トランプ大統領は3月末、「こんな長い間、米国をだませたとほくそ笑んだ日はもう終わりだ」と安倍首相を名指し、多額の貿易赤字を長年抱える日本を批判した。4月18日に訪米した安倍首相との共同記者会見においてトランプ氏は 、対日貿易赤字の是正のため「一対一の交渉を望む」と表明した。これではまずいと判断したのであろう、5月9日、中国李克強首相が7年ぶりに来日し、ようやく日中首脳会談が実現した。2010年9月、当時の菅直人民主党政権下での前原誠司国交大臣主導の海上保安庁挑発による尖閣諸島での中国漁船衝突事件〜2012年9月の野田佳彦内閣での国有化以来ギクシャクした関係にあった日中関係は、防衛当局間の相互通報体制「海空連絡メカニズム」を6月から始動するとして、関係改善ヘ尖閣諸島の問題を再び棚上げして政治決着することとなった。いったいこの8年間は何だったのか。
 「米国第一主義」のトランプ政権下で「日米同盟のさらなる強化」を叫ぶことは日本の権益を全て米国に差し出すことである。これ以上の分かりやすい売国スローガンはない。1997年アジア通貨危機直後、「ミスター円」と呼ばれた榊原英資はアジア版IMF(アジア通貨基金)を構想したが米国のサマーズに潰された。あれから20年、中国のGDPは日本を上回った。「暴論 円を捨てて人民元に」というアジア版共同通貨構想を考える時期である。

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