アサート No.488(2018年7月28日)

【投稿】 国土を放射能の海にしても原発を再稼働させようとする国家
                             福井 杉本達也 

1 国土の3分の1を放射能で汚染し、0.5%を居住困難な土地にしても何の反省もしない国家
 7月3日、福島第一原発事故で全町避難を強いられ、地域を引き裂かれた浪江町長だった馬場有氏の葬儀が営まれた。内堀福島県知事は弔辞で、「町を地凶から消さないとの信念で続けたあなたの挑戦は避難指示解除など復興への光となっている」と悼んだが、町に住む人は5月末でたったの747人。なお2万人が45都道府県に避難し、住民調査では浪江には帰らないという人が半数に上る(日経:2018.7.16)。新しい小中学校を開校したが、誰が通学するのか。浪江町は原発立地町ではなかったが原発災害を受け、町としての機能を喪失してしまった。それを国も県も無理やり1つの地方自治体として存続させておこうとしているのである。地方自治体の名前が消滅することは県の消滅につながり、国家の消滅につながることを恐れているのである。日本の国家を握るエスタブリッシュメント(Establishment)層は国土の3分の1を放射能で汚染し、国土の総面積の0.5%を居住不能の土地にしても何の反省もなく、何の痛みも感じてはいない。ましてや15万人の避難者がどこへ行こうが、どこで死のうが全く関心はない。2011年3月11日は菅直人元首相に言わせれば、首都圏3900万人の避難も考慮しなければならない「国家存亡」の時であったが、今やそのような切迫した危機感はどこにもない。というか、当時、エスタブリッシュメントの多くはそうした知識も危機感も持ち合わせていなかったし、今もないというべきである。
 たぶん、日本の支配層は73年前にもそのような危機感など持ったことはなかったのであろう。自らの権益である「国体」を守ることだけに汲々とし、東京大空襲や広島・長崎への原爆投下を受けても、満州にソ連軍が侵攻してきても支配者階級だけが先に逃げればそれでよかったのである。今も昔も常に「国民」などは眼中になく、見捨てられてきたのである。

2 トリチウム汚染水を太平洋に大量廃棄
 7月14日の福島民友は「トリチウム水処分へ」という見出しで、政府が福島第一原発敷地内を埋め尽くすタンク内の汚染水を処理した後に残る放射性物質:トリチウムを大量に含んだ水を海洋投棄し、タンクを撤去する方針を打ち出したと伝えた(日経にも同様の記事)。タンクは現在680基、貯蔵量は89万5千tを上回るとし、今後137万tまで増やす計画であるとしているが、事故7年半後の現在、敷地内はタンクで満杯であり、今後は敷地外に建設せざるを得ない事態に追い込まれている。敷地外とは帰還困難区域などの居住困難な土地である。現在、旧避難区域では大量の放射能除染廃棄物の黒い袋が積み上がっている。これは、強制的に避難住民を「帰還」させようとするための「除染」であったが、大量のトリチウムタンクが林立するとなれば、「帰還」政策の失敗は明らかになってしまう。その前に、何としても汚染水を太平洋に流したいという全く持って恐ろしい計画である。
 トリチウムは水素の放射性同位体で、普通の水素は1個の電子と1個の陽子でできているが、トリチウムは1個の電子と1個の陽子の他に2個の中性子を持っている。不安定で電子を放出して、ヘリウムに変化していくが、半減期は12年である。β線も弱く体内に留まる期間が短いので危険性は少ないと東電は説明するが、内部被曝が危険である。水素は他の元素と共に人体を構成しているのでトリチウムはDNAに取り込まれると、他の放射性物質より危険である。取り込まれたトリチウムが放射線を出すときにDNAそのものを壊すとされている。通常、「水」として存在しているので、通常の水素とトリチウムを分離することは不可能である(原理的にはできるが膨大な費用がかかる)。海洋放出されれば、三陸沖の千島海流と黒潮がぶつかる日本最大の漁場は完全に放射能に汚染されてしまうであろう。サンマを食べることは永久にできなくなる。もちろん、ここを漁場とするロシア、中国、韓国、台湾や対岸の米国も反対するであろう。膨大な放射能の海洋投棄は重大な国際法の侵犯である。
 もちろん、トリチウムの海洋投棄は前哨戦に過ぎない。最終目的は、現在、福島第一原発の地下にあるセシウム137やストロンチウム90などを含む膨大な汚染水である。将来、この汚染水で居住困難区域を含む福島県全体に多数の汚染水タンクが林立することが予想されるが、これを全て太平洋に投棄したいと考えている。そうなれば、汚染規模はチェルノブイリ原発事故の10〜20倍の規模となるであろう。そんなことを国際社会は認めるはずはない。
 
3 強引に進める原発再稼働
 7月4日、 関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを福井県などの住民が求めた訴訟の控訴審判決で名古屋高裁金沢支部の内藤正之裁判長は運転を禁じた一審福井地裁判決を取り消し、住民側の逆転敗訴を言い渡した。控訴審で最大の争点となったのは耐震設計の目安となる揺れ「基準地震動」が妥当かどうかで、元規制委員長代理の島崎邦彦氏が「過小評価になっている」と証言したが、内藤裁判長は、関電は、震源断層の長さ、幅なども保守的に評価しているとして島崎氏の証言を切り捨て、福島原発事故の「深刻な被害の現状」から原発廃止・禁止は可能としながら「もはや司法の役割を超える」と、恥知らずの判決文を読み上げた
 大阪北部地震は中央構造線絡みで、その構造線の近辺の「見えない」活断層が起こしたのではないかと島村英紀氏は指摘するが、その断層の一部は琵琶湖の西側の比良山系を抜け若狭湾に至る。大飯原発の下あるいは若狭湾に「見えない」活断層が存在しないとはいえない。「危険性は社会通念上無視しうる程度」と切って捨てた判決は、国土の一部が事実上消滅したにもかかわらず、あたかも何もなかったことにしようとする政府の方針を司法も無責任にも踏襲したのである。

4 支離滅裂な「第5次エネルギー基本計画」
 政府は7月3日に「第5次エネルギー基本計画」を閣議決定した。計画では2030年の電源構成にしめる原発比率20〜22%を維持するという。これを達成するためには30基の原発稼働が必要だという。つまり、廃炉を予定する原発を除くほとんどの原発が稼働しない限り、目標は達成できない。そのため、なりふり構わず再稼働を進めるというのが現在の政府の方針である。計画は、原発のコストを低廉だとし、いまだに10.82〜16.38円/kWhという試算をしているが、とんでもないことである。電力自由化で大手電力は廃炉や福島原発事故の費用を回収できなくなる恐れがあるとして、負担の一部を新電力に負担させることを決めたが、原発の電力が安いなら負担させる理由はない。真っ赤な大嘘である。廃炉費用や放射性廃棄物の処理費用を加えるだけでとんでもない高額の数字となる。計画は、再処理や福島第一の事故処理費用を加えれば無限大となる。
 さらに、米国からは朝鮮半島の非核化に関連して、日本が保有するプルトニウムの削減が求められている。日本は46.9トンものプルトニウムを抱えている。IAEAによれば8 kgで核弾頭1つ分という換算方法では、およそ6,000発分に相当する量である。このため、計画ではプルサーマル等を推進するとともに、プルトニウム保有量の削減に取り組むという空念仏を唱えているが、とてもプルサーマルなどで処理できる量ではない。まず、使用済み核燃料の再処理を中止し、核燃料サイクルを止めなければならない。
 この計画が閣議決定される前に形式的にパブリック・コメントが募集された(2018.6.17〆切)。コメントには再生エネルギーに対する過大な期待や気候変動抑制の「パリ協定」への無批判さも目立つ(参照:「パブリック・コメント集」原子力市民委員会事務局とりまとめ 2018.6.18)。地球温暖化防止を旗印にして原発が増設されてきたことを忘れてはならない。しかも、その旗振り役が原発大国:フランスである。また、先進国が中国やインドのような発展途上国の経済成長を抑え、自らの既得権益を守ろうとしていることも押さえておかなければならない。変動の多い再生エネルギーを安定的に使おうとすれば蓄電池や水素変換という議論も出てくる。しかし、蓄電池を設置すれば電力単価はさらに膨らむ。水を電気分解し水素をつくればそれだけエネルギーを消費することとなるし、水素は福島第一原発の爆発でも明らかなように、きわめて危険な扱いにくい物質でもある。これではさらに化石燃料を使うことになる。温暖化による「無垢の犠牲者」として、太平洋上のツバルなど島嶼国が海面上昇で最初に被害が予想されるなどとのキャンペーンも行われているが、これは根拠のない議論だとして退けられている(茅根創「ツバル水没の真実」『科学』2016.12)。既に、福島原発事故では国土の0.5%がほぼ永久的に使用不能な土地となってしまった冷厳な事実から目をそらしてはならない。今後、旧式原発の再稼働が進めば福島原発事故のような事故の確率は高まらざるを得ない。事故が起きればこんどこそ日本の国土は消滅する。時間はない。エネルギー政策を無知蒙昧のエスタブリッシュメント層に任せておいてはならない。また、マスメディアにも一切期待してはならない。マスメディアは「問題を単なる情緒の次元に引き下ろして…今回の人災(福島原発事故)を引き起こした企業、官僚、政治家、地方公共団体、技術者などから公衆の関心を逸らすことに成功してきた…感傷的な被害者への共感は、寡占企業と政府の癒着体制を温存させようとするほとんど傲慢ともいえる愚民政策に裏打ちされている…過去の失敗を振り返り、必要な原因究明と責任者の処罰を行う代わりに…慰安観を維持することが全てに優先している」(酒井直樹『ひきこもりの国民主義』2017.12.8)。同様のことは今回の西日本豪雨災害でも行われている。反原発側はまともな議論に戻るべきである。

No488のTOPへ トップページに戻る