アサート No.489(2018年8月25日)

【投稿】 沖縄県知事選・翁長知事急逝をめぐって--統一戦線論(51)-- 

<<急きょ、土砂投入の延期>>
 翁長知事の急逝に伴う沖縄県知事選の日程が9/13告示、9/30投開票と決まり、事態があわただしく流動している。辺野古の海の埋め立て・米軍新基地建設承認の撤回に踏み切る決意を翁長知事が明確にした直後の急逝である。沖縄県民の民意を無視した辺野古新基地建設をあくまで強行するという安倍政権あげての翁長知事への圧力、その重圧、ストレスこそが、翁長知事を急逝に追い込んだ、それは誰の目にも明白である。
 6/23の沖縄戦の「慰霊の日」には、翁長知事は抗がん剤治療中にもかかわらず、毅然として平和宣言を読み上げ、「辺野古に新基地を造らせないという私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません」と明言し、会場は大きな拍手や指笛で応え、7/27には、辺野古埋立の承認撤回の手続開始を表明、その12日後、8/8の急逝である。翁長知事は4年前の知事選で、公約を覆して埋め立て承認をした仲井真・前知事に対し、約10万票の大差をつけて初当選、今回の翁長知事の撤回表明は、その民意を背景にした決断であった。さらに、その撤回のための行政手続として、国から意見を聞く「聴聞手続」があり、その聴聞手続について国から9月への延期の申し立てがあったが、8/6、翁長知事は「延期を認めない」との判断を下したのであった。翁長知事は明らかに、日本政府が土砂搬入を開始するとしている8/17の前に承認を撤回するという意思を示していたのである。
 この決断に対して、安倍政権は、11/18に予定されていた知事選を前提に、8/17にも辺野古沿岸への土砂投入を強行し、基地建設を既定の動かしがたい事実として棚上げさせ、その是非を問わない、知事選の争点外しを目論んでいたのである。しかし事態は、9月に前倒しの選挙となり、知事の急逝にあわてた安倍政権は、急きょ土砂投入を延期し、「喪に服す期間への配慮」を理由に、政府が沖縄県側に、辺野古の海の埋め立て承認撤回を知事選後に延期するよう要請していたとまで報道されている。
 もちろん、土砂投入延期は、翁長知事死去への「配慮」などといったものではなく、なりふり構わぬ強硬姿勢への県民世論の反発を避け、ただただ一時的な休戦・転換を演出し、知事急逝・弔い選挙として、辺野古基地建設強行の可否が選挙戦の争点として問われることを何としても避けたいという露骨な争点外し、焦りでしかない。この争点外しは、2月の名護市長選、3月の石垣市長選、4月の沖縄市長選でもうまく切り抜けられた、知事選でも、というわけである。
 しかし同時に、この土砂投入延期は、公明・創価学会への「配慮」でもある。知事急逝の事態に、公明党も焦りを募らせ、公明・創価学会幹部が菅官房長官に土砂投入をやめるよう伝えたと報じられている。自民にとって、知事選でも公明の選挙協力が必要不可欠であり、その協力がなければ勝てない。しかも、公明党本部は辺野古への普天間移設を認めるが、同沖縄県本部は県外移設を主張し、「ねじれ」は解消されていない。前回2014年の知事選では、仲井真・前知事が公約に反して辺野古移設を容認したため、公明は自主投票に踏み切った経緯がある。ここで土砂投入を強行すれば、公明・創価学会の選挙協力が宙に浮く可能性があり、土砂投入を延期せざるを得なかったのである。

<<「屋台骨を失った」>>
 一方、翁長知事を誕生させ、支えてきた辺野古に新基地を造らせない「オール沖縄会議」にとっては、翁長氏の急逝は、一抹の不安を抱えつつも、予期せぬ事態であった。翁長氏の健康回復を前提に、「翁長氏の代わりは翁長氏しかいない」というのが「オール沖縄会議」の一致した見解であり、翁長氏再選を目指すと確認し合ったばかりであった。
 この「オール沖縄会議」には、
 政党:社民党、共産党、自由党、沖縄社会大衆党、国民民主党沖縄県連、沖縄の風(沖縄県選出の参議院議員2名による院内会派)、うりずんの会(沖縄県選出・出身の野党国会議員による超党派議員連盟)、ニライ(親翁長派の元自民党や社民党・社大党の市議らによる那覇市議会の会派)、おきなわ(翁長県政を支える無所属県議らによる沖縄県議会の会派、旧「県民ネット」)
 政治家:城間幹子那覇市長、瑞慶覧長敏南城市長、赤嶺政賢衆議院議員(共産党)、照屋寛徳衆議院議員(社民党)、玉城デニー衆議院議員(自由党)、糸数慶子参議院議員、伊波洋一参議院議員
 経済団体:金秀グループ (2018/3 離脱)、かりゆしグループ (2018/4 離脱)、オキハム
 労組:連合沖縄、沖縄県労連、自治労、沖縄県教組、全日本港湾労組
 市民団体:沖縄「建白書」を実現し未来を拓く島ぐるみ会議、沖縄平和運動センター、SEALDs RYUKYU、安保廃棄・くらしと民主主義を守る沖縄県統一行動連絡会議、ヘリ基地反対協議会、平和市民連絡会
が結集している。
 今年の2/4の名護市長選で「オール沖縄」が推す現職の稲嶺進氏が、自公推薦の渡具知武豊氏に敗北し、選挙後の3月、金秀グループの呉屋守将会長は敗北の責任を取るとしてオール沖縄会議の共同代表を辞任。続いて4月には、かりゆしグループは那覇市で記者会見を開き、辺野古移設の賛否を問う県民投票をするようオール沖縄会議内で提案したが、受け入れられなかったことも脱会の理由に挙げ、オール沖縄会議から脱会すると表明。「政党色が強くなりすぎた。独自で翁長氏再選に向けて動きたい」として同会議とは一定の距離を置きつつ支援を継続する意向を示した。
 こうした中での翁長氏の急逝である。台風の接近で雨がふりしきる中、8/11、那覇市で開かれた辺野古移設に反対する県民大会には7万人もの人々が結集した。この県民大会には、翁長知事も出席する予定であった。主催するオール沖縄会議の高良鉄美共同代表は「大きなショックで言葉が見つからない。沖縄の市民運動の屋台骨を失った」と絶句している。この想定外の事態にオール沖縄会議どう対応しようとしているのか、多くの人々が注視している。後継候補の人選が遅れれば遅れるほど選挙戦は不利となる。県民大会に集まった人々が確認したのは「知事の遺志を受け継ぐ」ことであった。

<<「今こそ、一つにまとまらないといけない」>>
 「オール沖縄」に結集する県政与党や労働組合などでつくる「調整会議」(議長・照屋大河県議)は8/14、那覇市内で6回目の会合を開き、急逝した翁長雄志知事の後継候補を選ぶ作業を開始した。照屋氏は、後継候補の条件を「翁長知事の遺志を受け継ぎ、建白書の実現に全力で取り組むこと」と説明。知事選に向け市町村支部の立ち上げも急ぐことを明らかにし、8/30までの擁立を目指す、同時に知事選に向けた政策検討委員会も立ち上げ、「候補者選考は重要な作業で、早急かつ丁寧に進めたい」、「想定外の事態で候補者選定は暗中模索の状態だ。緊急事態である今こそ、一つにまとまらないといけない」、「超短期決戦という現実がありますので、県民に理解をいただけるような、評価いただけるような人物を選びたいと思っています」と述べている。
 ところが、8/18になって、翁長知事が生前、自身の後継候補として、2氏の名前をあげた音声が残されていたことがわかった。これによって「調整会議」が着手した人選作業は白紙に戻り、「知事の遺志は重い」として、候補は知事が音声に残した金秀グループの呉屋守將会長(69)と、自由党の玉城デニー幹事長(58)の2氏から選ばれる公算が大きい、と報道されている。両氏とも報道陣の取材に対して「固辞」を強調している。一体どうなっているのか、混迷につながりかねない複雑な事態の展開である。
 いずれにしても翁長氏の急逝によって、局面は大きく変わったのである。事態を生かせれば、「オール沖縄」の結束をさらに強め、広げ、自民公明の争点外しを乗り越えた、巨大なうねりを作り出すことも可能である。逆に内向きになり、候補者の選考が混迷し、政党間のエゴやセクト主義がさらけ出されれば、有権者から見放されてしまうことが目に見えている。「オール沖縄」に結集する政党、団体、個人、支援する多くの人々のそれぞれが問われている。
(生駒 敬)

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