アサート No.489(2018年8月25日)

【書評】 尾松 亮『チェルノブイリという経験--フクシマに何を問うのか』
                
 (岩波書店、2018年2月発行、1,800円+税) 

 現在、1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故から32年、2011年3月11日の福島第一原発事故から7年。
 これら二つの深刻な事故から、われわれは何を学んだのか、あるいは学んでいないのか。本書はチェルノブイリ原発事故から30年以上を経た現地からのレポートである。
 「『これが一体何だったのか』『どんな救済が可能なのか』。チェルノブイリ被災地の人々は、言いあぐね、黙殺され、口を封じながらも三〇年のあいだ、語り続けてきた。その言葉は『祈り』であったり、『手記』であったり、『カルテ』であったり、そして『法律』であったりする」。/その『チェルノブイリの言葉』の発信は、やがて三二年を迎えようとする今もなお、続いている」と本書はこのように、チェルノブイリ被災地の人々が未だ厳しい状況に置かれていると述べる。
 しかし明らかに福島第一原発事故後とは異なる状況がある、と指摘する。それはいわゆる「チェルノブイリ法」の存在である。
 チェルノブイリ法とは、1991年に当時のソ連で成立し、ソ連解体後も、ウクライナ共和国、ベラルーシ共和国、ロシア共和国でほぼ同じ内容の法律が制定され、運用が続けられているチェルノブイリ原発事故被災者保護法のことであり、その特徴は、「『対象の広さ』と『長期的時間軸』『国家責任の明確さ』である」。(『どこが被災地域なのか』を定めた『汚染地域制度法』と、『誰が被災者でどんな補償を受ける権利があるのか』を定めた『被災者ステータス法』を主な内容としている。)
 具体的には、@対象の広さ----「事故処理作業者、汚染地域からの避難者、汚染地域に住み続ける人々、様々な市民が「チェルノブイリ被災者」として保護される。また支援の対象になる地域も、原発周辺地域や立地自治体だけではない。3万七〇〇〇ベクレル/平方メートルの汚染度を超える、幅広い地域を支援の対象に含んでいる」。
 A長期的時間軸----「法律で被災者と認められた市民には、生涯にわたり無料の健康診断が約束される。さらに条件を満たせば、事故の後に生まれた子どもたちも『被災者』と認められる。事故で被曝した親から生まれた子どもに、遺伝的影響が生じる可能性を考慮しているからだ」。
 B国家責任の明確さ----「国家は市民が受けた被害を補償する責任を引き受け、以下に規定する被害を補償しなければならない」(「被災者ステータス法第13条」)である。
 この法律については、理想論であり実際には機能していない、あるいは支援策の2割程度しか実現していない等の批判がある。
 しかし「九一年に成立したこの法律によって可能になったことは多い。強制避難区域外でも年間一ミリシーベルトを超える追加被曝が推定される地域には、移住権が認められる。移住の際には、住宅の確保や雇用の支援を受けることができる」。ウクライナでは「二〇〇五年までの期間に一万四一七一世帯がこの『移住権』を行使している。これだけの世帯数が『自己責任』ではなく、国の責任によって移住の選択を実現できたことは特筆に価する」。つまり「移住者に『勝手に出て行った』という社会的な批判が向けられることはない。権利が法律に定められたことで、お互いの選択を認め合う社会的な前提ができている」のである。
 日本の場合、「福島特措法」、「原子力損害賠償支援機構法」等々原発事故対策に関わる法律は制定された。しかし、「補償の対象となる『原発事故被災地』はどこなのか(認定基準と範囲)、補償されるべき『原発事故被災者』とは誰なのか、明確に定めた法律がまだない。そして、原発事故被害に対して、被災者の生涯、さらに次の世代に続く、国による長期的保護義務を定めた法律がない。広範囲かつ未解明の影響に向き合う、国の法的責任は定められていない」。
 そればかりか、福島第一原発事故から5年を待たず、20ミリシーベルトを下回る場合には避難指示区域の解除が進められた。これにより「避難指示が解除された地域からの避難者は、自己責任で避難先での生活を続けるか、避難元に帰るか、二者択一を強いられている。そして、賠償打ち切りまでの期限をきられている」。
 日本には「誰が『原発事故被災者』として国に補償を求める権利を持つのか、明確に定めて法律がない」。「見えてくるのは日本の『被災地縮小』政策のテンポの異様な早さ。そして住民や避難者が、権利を求めて抗う際のよりどころとなる法的基盤の、異様な脆弱さである」。
 本書はこの視点から、チェルノブイリの事故収束作業員たち、原発事故を次世代に伝える教育の試み、健康被害対策等々をレポートする。
 そして本書でもう一つ注目されるのは、われわれが日常、原発事故とその対策について何気なく使っている言葉の問題である。チェルノブイリに近いロシアの被災地を訪問した際の様子は、こう語られる。
 「たとえば『風評被害』という『ことば』がない。『風評被害』のような現象がないわけではない。それに近い状況はロシアの被災地でもある。ただそのことをノボズィプコフの人々は『風評被害』とは呼ばない。では、なんと言っているのか。『この地域にはネガティブなイメージがあって、この地域の農作物は、買ってもらいにくくなった』というのだ」。
 同じように聞こえるかも知れないが、しかし大きな違いがあると本書は指摘する。
 「『風評被害』というときに、『実害はないのに「危険」であるかのように喧伝され、消費者が買い控える』という意味が生じる。/原発事故を起こした電力事業体や政府ではなく、『無理解な消費者』やその無理解を助長するメディアに怒りが向けられる。消費者やメディアが『加害者』であるかのように・・・」。
 本書で紹介されているバイリンガルの英語通訳者の言葉を借りれば、「英語には『風評被害』なんて言葉ないですよ。(略)日本には前からあった言葉だけど、福島事故の後、特殊な意味づけで利用されていると思います。この言葉で、言い表した気になって、本当の問題を考えない手段になっている」ということである。
 これについて本書は、「風評被害』という単語を使うたびに、外国語にしてみることを思考実験としてお勧めする。インド・ヨーロッパ語族であれば、かならず『誰が、何によって、どんな被害を受けたのか』、定義を明確にすることを余儀なくされるはずだ」とアドバイスする。つまり「それをいちいち、主語S(誰が)、目的語O(誰に)、動詞V(被害を与える)を明確に記述してみると、からくりがよく見えてくる」として、「この言語トリック」からの解放が、社会全体、政策決定の場、教育現場で重要であることを強調する。
 最後に本書が危惧する将来的事態を紹介しよう。
 「確実に一つだけ、いえることがある。/チェルノブイリにおける先例が、原発事故後の日本の政策に影響を与えたように、いま日本で起きていることはチェルノブイリ被災国に影響を与えている。少なくとも、チェルノブイリ被災国と、日本の原発事故被害対応政策には相互参照性がある。/福島第一原発事故後、日本で行なわれたことは、チェルノブイリ政策の参考にされてきた。そして今後もそれは続く。日本で二〇ミリシーベルトが許容されれば、次の原子力災害においてはそれが先例となる。日本で住民の反対を無視した避難指示解除が順調に進めば、チェルノブイリ被災国政府は『事故六年後で解除してよいのなら、三一年後のわが国ではなおさら』と出る」。
 この事態をどう阻止していくのか。本書は、そのキーワードを「抵抗」に見る。
 少なくともチェルノブイリ原発事故では、被害者たちには「抵抗(ソプラチプレニエ)の文化」が存在していた。「チェルノブイリ被害者たちは、学者であろうが、ジャーナリストであろうが『私の仕事は提言をまとめるまで』『私の仕事は事実をつたえるだけ』などと言わない。職業生命を懸けて政治運動に参加した。被害者の代表を議会に送り込み、被害者補償法を勝ち取った。法律が改悪されるたびに、陳情やデモが繰り返され、法廷闘争は違憲立法審査や、欧州人権裁判所にまでも展開する」。
 対して日本にも、抵抗運動がないわけではない。しかし「政治的でない」ことを良しとし、国民的な「抵抗」運動を構築できないままの「抵抗しない私たち」が存在する。この「『無抵抗』の代償を払うのは、私たちだけではない」と本書は警鐘を鳴らす。(R)

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