(詩) 「スケッチ九八」        
               大木 透



それは
不思議な旅だった
孫や娘夫婦は
例年通り
サンクト・ペテルブルグにいた
連れ合いは
ちょっと活気をなくしていた
俺は
自分を
上から眺める
鳥瞰図に凝っていた
ビュッヘの絵が
法王庁にあるらしいが
そんなものを
想像しながらも
本当に
タブラ・ラサだった

娘夫婦の歳に比べれば
確かに
そう言わざるをえない
この老夫婦は
なにごとかの
新天地を
求めていた

この旅は
孫を迎えに行くことから
始まった
五人組の旅は
歩く旅であった
ユーロスターに乗る
旅であった

日本から
サンクト・ペテルブルグへ
サンクト・ペテルブルグから
モスクワへ
モスクワから
ローマへ
ローマから
ベネチアへ
ベネチアから
ウイーンへ
ウイーンから
プラハへ
プラハから
モスクワへ
モスクワから
日本へ

なんの
変哲もない
旅であった
旅行会社の
パックには
ないが

帰ってから
俺は
地図を広げて
振り返って
四人の名前を
思い出した
レーニン
トリアッティ
ドプチェク
ゴルバチョフ
不思議な
組み合わせ
俺の旅

この旅には
裏街道もあった
裏の旅もあった
ベネチアで
ブロツキーの道を
歩いていた
ウイーンの音楽博物館の
暗い付録の部屋で
シェーベルクの
下手な自画像を見た
プラハ城の裏通りで
カフカの家を見つけ
「最後の手紙」を
買った
モスクワの墓地で
フルシチョフ夫妻の向こうの
明るい日向で
真新しい
シュニトケの
墓に参った
黒いリボンに巻かれた
ロシア文化省の
グラジオラスの束は
萎えていた
     (一九九八・九・二三)

/E