【投稿】敗戦し衰退する国家の大統領としてのトランプ

【投稿】敗戦し衰退する国家の大統領としてのトランプ

福井 杉本達也

1 敗戦国の大統領・トランプ

エマニュエル・トッドは「2030来るべき世界」(朝日新書:2026.3.30)において、「米国はウクライナの戦争で負けています。ロシアを挑発しましたが、負けました。米国とトランプ政権が激しく動き回り続けているからといって勘違いしてはいけません。ガザでジェノサイド(集団大虐殺)を繰り広げるための武器をイスラエルへ供与すること、小国のイランを攻撃すること…それによって、米国は依然として国際舞台での主役である超大国だと思ってしまうかもしれません。」と書き、続けて、「しかし、真実はウクライナの戦場で見出すことができます。そこでは、米国の軍事産業がロシアの産業の力にちゃんと対応できないことがあらわになりました。」トランプ政権は戦争に負けていることをわかっている。だから「戦争から抜け出したという衝動」、しかし、「米国が戦争に負けたことが明らかに」なれば、「米国の帝国システムが崩壊する恐れがきわめて高くなる。」だから戦争の負けを認めるわけにはいかないという矛盾である。これが、トランプを「あるときはこう言い、あるときはまったく違うことを言う」TACOと呼ばれるチグハグな政策に追い込んでいる。

一方、中国に対しては、既に世界第一の経済大国になり、中国と戦争できると言ったとしても、中国は既に米国の軍事産業を標的に輸出規制しており、「アメリカは、『中国に対する敗北』をもう認めたようであります。中国経済には対抗することも、対峙することも諦めてしまったようです」と書く。

 

2 米国・イスラエルはイラン攻撃でドル沼に

今、アメリカとイスラエルはイランからの報復攻撃に苦しんでいる。イスラエルの主要都市は瓦礫の山と化し、中東湾岸諸国にあるアメリカ軍基地も激しい攻撃にあっている。ネオコンはイランの戦力や工業力も過小評価していた。ホルムズ海峡の封鎖によって中国を原油供給で締め上げることを想定したが、ロシアと中国が手を組み、ロシア産原油・天然ガスがパイプラインで中国に安定的に供給されるなか、アメリカや西側世界の方が窮地に陥った。

「米軍の人的・物的被害が前例のない速度で累積し、兵站の限界に達しているという懸念が高まっている。ドナルド・トランプ大統領が『無制限の弾薬』を豪語しているにもかかわらず、実際の現場では精密誘導兵器の枯渇と装備の老朽化による戦力の空白が顕在化している。」「海軍力の象徴であるジェラルド・R・フォードは艦内火災と整備問題でギリシャ・クレタ島に緊急回航し修理を受けている。」1年以上の修繕期間が必要とされ、最新鋭空母はポンコツとなってしまった。「金銭よりも大きな問題は弾薬の備蓄量だ。米軍はTHAAD(サード)やペトリオット迎撃ミサイル、トマホークなど高性能精密兵器を迅速に消耗している。専門家は過去バイデン政権時代にウクライナに膨大な武器を支援した影響で備蓄分がすでに底をついている状態で準備されていない戦争に飛び込んだと指摘している。」米海軍の艦船の40%がイラン作戦に投入され、インド太平洋地域の安全保障の空白が高まっている(望月博樹 江南タイムズ 2026.3.25)。戦争開始からわずか26日後で、すでに支出量はパトリオットミサイルの生産量の3~4年分に相当し、THAADミサイルの生産量の6~8年分を超えている。THAADの状況はさらに深刻である。2024年には、ペンタゴンはわずか11発しか取得していない。2025年には12発である。2026年については、予算要求はわずか37発である(X:Patricia Marins 2026.3.26)。

NYT紙によれば、「地域にあるアメリカ軍が使用する13の軍事基地の多くは、ほとんど居住不可能だ」。米国政権は、イランによる必然的な報復に対する計画をほとんど立てておらず、その能力を見くびっていた。アメリカの基地には、もはやほとんど誰も残っていない。サウジアラビアから運用されていた給油機さえも引き揚げられ、ドイツに再配置された。湾岸諸国へのメッセージは極めて明確だ:米国は自国の基地すら守れない。お前たちは独力で対処しろと。

シュタインマイヤー独大統領は、3月24日、イラン空爆は「国際法違反であり致命的な誤りだ」と批判し、「米国の大国政治は世界で大きく信頼を失った」とし「次の米政権も友好的な覇権国であり、自由主義的な国際秩序の保証人という役割を果たすことはできないだろう」と指摘している(望月博樹・江南タイムズ 2026.3.25)。また、先に、大統領発言よりはトーンは落ちるものの、ウクライナ戦争には前のめりだったメルツ首相の報道官も「16日(現地時間)、ホルムズ海峡の封鎖を防ぐための米国の派兵要請について『今回の戦争は北大西洋条約機構(NATO)とは何の関係もない』と断言した。ドイツのボリス・ピストリウス国防相も『我々が始めた戦争ではない』とし、強大な米海軍も解決できない問題を欧州の少数艦船で解決しようとする米国のドナルド・トランプ大統領の期待が非現実的だと批判した。」(望月博樹・江南タイムズ 2026.3.18)。

トランプ政権は勝利を演出して早くイランの泥沼から逃げたいが、停戦カードはイランに握られている。もし、海兵隊や空挺部隊でホルムズ海峡を攻撃するば、傷口は広がる。送り込まれた部隊は全滅する。米国の敗北は決定的になる。

 

3 ペトロダラーの危機

1944年のブレトン・ウッズ協定は、米国の経済力を基礎として、米国が国際金融体制の中心となるため、米ドルだけが金と交換できる通貨=基軸通貨とし、金1オンス=35米ドルで交換できるものとし、他の国はドルとの交換比率を固定した。為替相場の固定で国際貿易を円滑にしての経済活動の活発化が目的であった(固定為替相場制)。しかし、ベトナム戦争での巨大な出費や財政赤字により、海外のドル準備が米財務省が保有する金保有額を上回る事態となり、米国はドル危機に見舞われることとなった。そこで、当時のニクソン大統領は1971年8月、突然、ドルから金への交換を停止した。しかし、金の裏付けのないドルは信用のない、ただの紙切れに過ぎない。そこで、米国は1973年の「石油ショック」を利用して、金の代わりに石油を米ドルの価値の裏付けとするペトロダラー・システムを導入した。1974年、キッシンジャーは産油国・サウジに出かけ、当時のファイサル国王に、米軍が駐留して王家の体制を民主革命から守る。その交換条件として原油をドルで売ることを提案した。「世界は、原油を必需のエネルギーとして産油国から輸入しなければならない」、原油は「米ドルでしか買うことができない」、「米国以外の国がドルを得るには経常収支を黒字にして、ドルの外貨準備を貯めておかねばならない」、貯めたドルは「米銀またはFRBに預金するか、米国債を買う」ことによって、再び米国に還流するというシステムである。

ホルムズ海峡での戦争は、長年にわたり武力と恐怖によって維持されてきたドルシステムの脆弱性を露呈させた。2025年間約2,000万バレル/日の原油および精製製品がこの海峡を通過する。また世界のLNGの5分の1が同じルートを通っている。ペルシャ湾の船舶輸送に深刻な混乱が生じれば、世界の供給から数百万バレル/日が減少する。石油収入による湾岸諸国のペトロダラーは、ロンドンやニューヨークへの安定した資本の流れにより、多額の債務を抱えた西側諸国・特に米国債の購入により、米国の巨額の財政赤字を補填していた。米国の公的債務は39兆ドルに達し、今年さらに5兆ドルの借入が予想される。米国のイラン攻撃は、市場を動揺させ、ペトロダラー体制の持続可能性への疑問がわき上がっている。ドルの世界準備高の割合はすでに71%から59%に減少している。長期にわたるエネルギーショックはそれを加速させる。もしペトロダラーシステムが崩壊すれば、地政学的な影響は劇的となる。

レバノンの政治学者パスカル・ダヒル氏は、極めて高いインフレと闘っている米国経済にさらなる負担を加えるとの見方を示し、「世界的な原油価格の上昇は、ホルムズ海峡を支配する側にとって、米国指導部に圧力をかけ、戦争継続を真剣に再考させるための間接的な武器となる」とした。(Sputnik日本:2026.3.26)。

 

4 ただの紙切れと本当の生産力

「3月27日、イランによるサウジアラビアのプリンススルタン空軍基地への攻撃で、複数の米軍兵士が負傷し、一部の航空機が損傷したと、事情に詳しい関係者がAir & Space Forces Magazineに語った。イランは依然としてミサイル発射能力を持ち、資産が減少しても地域の主要な米軍基地や目標を攻撃し続けている。」(エアフォース・アンド・スペース誌:2026.3.27)。プリンススルタン空軍基地は中東における重要な米軍の拠点であり、イランに対する作戦を支援する多様な航空機の拠点となっていた。

どうして、名目GDPが世界39位・416(10億ドル:2024年)しかないイランが、世界第1位の米国(29,298.03(10億ドル))と対等以上に戦えるのか。名目GDP比では米国のたった1.4%でしかない。トランプ政権はイランの工業生産力と科学技術を完全に見くびっていた。

米国のGDPは金融資本で極端に膨らんではいるが、その実質的生産力はほとんどない。iPhoneをはじめ、工業製品はほとんど中国製であり、軍艦などの造船の建造能力なども世界の1%未満でほとんど残っていない。ドル紙幣という単なる紙切れに依存する国家である。

ウクライナ戦争の分析で、トッドは上記著作において、「米国の軍事産業は、ロシアの軍事産業にウクライナが対抗するうえで十分な砲弾やミサイル、防空システムを供給することができなかった」とし、この敗北の原因は、米国とロシアで養成されるエンジニアの数に求め、人口がロシアの2.5倍もある米国が養成するエンジニアの数はロシアより少ないとし、「西欧と対決するロシアの強みはエンジニア、さらに技術者や高度な技術を持つ労働者を養成できる能力」であり、「これが産業活動の土台にある」と述べている。

 

5 「存立危機事態」は台湾海峡封鎖ではなく、米国によるイラン攻撃

台湾はエネルギー資源のほぼ全量を輸入に依存しており、地政学的リスクによって石油やLNGの供給が短期間で逼迫する可能性が高い。原油輸入は年間約2.85億バレルで、その約70%を中東(サウジ31%、クウェート13%、UAE10%、オマーン8%、カタール6%等)に依存する。LNG輸入は約2,100万トンで豪州38%が最大だが、カタールが25%を占め、同様にホルムズ海峡通過に依存する。ホルムズ海峡の長期的混乱やLNG輸送の停滞が発生した場合、数週間から数か月で電力不足が顕在化し、半導体を含む産業活動への影響は不可避となる可能性が高い。特に、LNG火力発電への依存度は電源構成の5割もある。中国による台湾海峡封鎖ではなく、米国によるイラン攻撃がホルムズ海峡封鎖をまねき、台湾経済を危機に導いているのである。高市首相は、台湾有事は日本の「存立危機事態」であるとさんざん煽ってきたが、米国:トランプ政権こそが台湾有事をもたらしている。

ペルシャ湾に45隻もの日本の船舶が石油を積んだまま、長期間足止めとなっている。 船主協会は『早期に安全に湾外へ出して』と、外交交渉をロクロクしない日本政府に訴えている。しかし、高市首相はイラン側に対し何の交渉も行っていない。既に、インドや韓国などはホルムズ海峡の船舶の安全航行の交渉を行っているというのにである。

 

6 石油市場安定化に限界 ロシア産原油を早期に輸入せよ

3月11日、IEA(国際エネルギー機関)は、中東紛争を背景としたエネルギー市場の安定化を目的に、史上最大となる4億バレルの石油市場への放出について、合意した。 G7諸国は史上最大規模の戦略石油備蓄を放出する事を決定した。しかし、これらの措置は一時的な効果しかなく、むしろ安定供給の問題を根本的に解決しなければならない。自民党の会合では、現状が続けば、早ければ7月にも石油製品の供給制限を行う可能性があるとの警告が石油業界から発せられている。 出席者からは、状況はすでに価格高騰への対処段階から、備蓄をどれだけ維持できるかというフェーズにと移行しつつあると指摘が挙がった。日本は26日から石油備蓄の放出を開始した。これに加え、政府は在宅勤務の推奨、公共交通機関の利用促進、さらには高速道路の速度制限引き下げといった追加措置も検討し始めた。(Sputnik日本:2026.3.26)

ロシアは依然として経済制裁下にあるが、ロシア産原油は、代替選択肢となりつつある。国家エネルギー安全保障基金のイーゴリ・ユシコフ氏は、ロシアは1日あたり約700万バレルの液体炭化水素(石油・石油製品)を輸出している。これはホルムズ海峡を通常通過する量の約3分の1に相当する。中東からの供給が減少した場合、ロシアによる補填がなければ、不足はさらに深刻化する。アジア諸国(特にシンガポールやマレーシアなどの東南アジア諸国)は、中東からの供給が途絶えたことを背景に、ロシアからのエネルギー購入を進めるべく着手している。ロイター通信が3月19日に伝えたところによると、アジアへのロシア産燃料油の輸入量は2026年3月、史上最高となる300万トン超(1日あたり約61万4000バレル)に達する見通しだ。これは、減少した中東産の石油製品を直接的に代替している。(Sputnik日本:2026.3.26)。

ところが、高市首相は参議院で間の抜けた答弁を行っている。「原油や石油製品の代替調達先に言及した。中央アジアや南米、カナダ、シンガポールを列掌した。」(日経:2026.3.24)。カザフサタンの油田は遠すぎ、しかも数万バレルの権利しか持ってない。また、85兆円の売国投資先となるアラスカ原油は開発に10年単位の時間がかかり、既に石油メジャーが投資をしているものの、増産分も1万バレルほどである。しかも、日本の製油所は中東産原油に特化した精製を行っており、南米産の原油を精製するには新たな設備投資が必要となる。

やはり、2022年まで輸入していたロシア産原油の制裁解除が喫緊の課題である。10%でもサハリンブレンドを輸入できればひっ迫感は薄らぐ。参院での高市首相の用意された答弁書からは、いかに日本の官僚機構が思考停止しているかを如実に示している。さらには高市首相自身が全く危機感ゼロである。

日本は地理的にも北海ブレント原油には依存できない。中東産に依存しているからドバイ原油価格が指標なのだ。日本政府は、原油先物売りを検討したり、北海ブレントを基準とするよう求めたり、ガソリンに多額の補助金をつぎ込んだりして、原油供給がひっ迫しているときに、先物で価格を下げようとしたり(しかも日本に供給されない北海ブレンドの、エネルギー需要を抑制すべき時に補助金でエネルギー需要の拡大を図ろうとするなど、理に反する動きが目立つ。誰がこれを指揮しているのか。完全に頭脳崩壊としかいいようがない。

高市首相は自らの失言でレアアースが入ってこなくなり、衆院選中はさんざん絶海の孤島のレアアースを確保すると豪語したものの、肝心の燃料が入いらず、資源調査船は航海を諦めた。一体何がしたかったのであろうか。

日本は地理的にも最も近く、輸送コストが安いサハリン1・2の天然ガス・石油の権益を持っており、また、天然ガスについてはアーク2もある。これらの制裁を早急に解除し(というか、ロシア産原油については既に制裁解除されているが)、輸入しなければならない。

さらには将来的には、サハリンからの天然ガスパイプラインを北海道経由で首都圏等に引く、また、沿海州から北朝鮮・韓国経由で対馬海峡経から原油・天然ガスパイプライを引き、エネルギーの安定供給に資することである。それが可能となれば、LNGへの液化や船舶輸送もなくなり、電気料金は1/3となり国際競争力も高まる。中長期的なエネルギー戦略が必要である。与野党とも全く戦略の片鱗もなく、米空母の上でピョンピョン跳ねていては、米空母と一緒に日本沈没間違いなしである。日本の「存立危機事態」とは、高市内閣それ自身のことである。

カテゴリー: 平和, 政治, 杉本執筆 パーマリンク