【書評】吉野実『「廃炉」という幻想──福島第一原発、本当の物語』
(2022年2月刊、光文社文庫、1100円+税)
福島第一原発(1F)の事故から10年以上、未だに解決の途が見えていない最中に、原発再稼働の動きが進んでいる。しかしこの事故には未だ解決困難な課題が山積していることを今一度知らしめる書である。
例えば、現在焦点を集めているが、約129万トンの汚染水を処理した水、いわゆる「処理水」の海洋放出問題である。これは地下水・雨水が原子炉建屋に入ってデブリ(溶け落ちた燃料)に触れたり、デブリで汚染した汚水に混ざることで発生した。この汚染水は、アルプス(ALPS:多核種除去設備)で放射性核種63種を取り除く。しかし1核種(トリチウム)だけは取り除けない。これを溜め込んだ「処理水」のタンクが129万トン=およそ1000基のタンクになっていて第一原発の敷地が間もなく満杯になる。そこで海洋放出という案が出てきた。本書ではこれについて、トリチウムのみの分離は微量なだけに技術的に困難であるので、「おそらく、国の基準を大幅に下回る形で海に捨てるのが、現在の科学技術で許された、精いっぱいの解決方法だろう」と示唆するが、同時に、いつまでも希釈した処理水を放出し続けるのもどうかとして、「国と東電は、放出とセットで、汚染水発生を抑制する新たな方策を考えるべきだと思う」とも述べる。
しかしここでもう一つ重要なのは、建屋汚染水は「セシウムやストロンチウムを吸着する」(前処理)、アルプスを通して63核種を取り除く(後処理)ということで処理されるが、そのいずれのプロセスにおいても沈殿物や吸着材がゴミ(スラリー【上澄み】・スラッジ【沈殿物】)として出るということである。つまり「汚染水は浄化されるが、放射性物質はなくならない。スラリー・スラッジなどの形で溜まっていくのである」。
このスラリー・スラッジは、HIC(ヒック:高性能ポリエチレン容器)という円筒形の容器(大きいもので直径1.52m、高さ1.85m)に収められている。2021年現在約3000個であり、当然のことながら増え続けている。そして容器の下部にゴミが沈殿、ヒック底部の密度が上がり、線量が高まっていて、積算吸収線量が容器の破損限界に達している可能性があるという。そこでこれの移し替えが差し迫っている。しかし東電にはその危機意識が希薄ではないかと問う。というのも2021年10月、東電による移し替えの「試行」的な作業報告では、作業員がヒックの蓋を開け、デカい管のような装置を突っ込み、管に連結している別の管を空の容器に突っ込んでスラリー・スラッジを吸い上げて移すというのであるが、これは人の手なくしては成り立たない作業であるし、危険極まりない作業であることは言うまでもない。この作業では線量は跳ね上がり高線量警報が鳴りっぱなしという可能性がある。この点を指摘されたが、東電は高線量から作業員を守る手立てを回答できなかった。
そしてこれよりも更に深刻なのが廃炉の問題である。廃炉費用は8兆円と試算されている。そして廃炉で出る放射性廃棄物は、線量が高い順に、①使用済み燃料を再処理する過程で出た高レベル放射性廃液などをガラス固化した「ガラス固化体」、②原発の原子炉内にある『制御棒」や炉内の構造物、③廃液、ポンプ、配管など、④ほとんど放射化していないコンクリートなどに分類される。しかしいずれも人間にとって高い放射性廃棄物であり、安全な管理に数100年~10万年要する。「低レベル廃棄物」などという言葉のあやで誤魔化されるものではない。
しかもこれは「通常炉」での廃棄物の話であり、1Fは「事故炉」であることを忘れてはならない。「炉心融解してしまったため、燃料体は制御棒を巻き込んだ熱い塊となり、圧力容器の底を突き抜け、ペデスタルに設置されている金属性の足場を溶かしてさらに落下し、格納容器底部でコンクリート構造物とも混ざり合って固まっているものとみられる」。原子力学会のリポートでは、1~6号機の廃炉を含めた過程で今後発生する1Fの廃棄物量を約780万トンと見積もっているが、そのほとんどが「高レベル」廃棄物とみて間違いはないであろう。さらに「たとえデブリを取り出せたとしても、原子炉や建屋の解体ができたとしても、一体どこでどのように処分するというのだろうか。しかも、肝心なことは、8兆円と試算されている『廃炉費用』には、廃棄物の処理費用は含まれて『いない』。つまり、本当に更地化を目指すのであれば、処理費用は8兆円では全く足りないのである」と指摘される。
このように1Fの廃炉に至る道筋は技術的、財政的、場所的に困難を極めている。その上に1Fには、今後起こり得る同程度もしくはそれ以上の地震に耐えられる対策が要請されているが心もとないと本書は語る。そんな中、再稼働を目指す東電・柏崎刈羽原発において重大な「核物質防護規定」違反──職員が他人のIDカードを使って中央制御室に入室、また原発敷地境界の侵入検知センサー故障の放置──が発覚した。この結果柏崎刈羽原発は再稼働どころか、事実上の「運転禁止命令」を受けることとなった。何ともはや、「そもそも東電って何なんだ?」という言葉すら原子力規制委員会では出た。
この他本書には、東電の破綻した賠償スキーム問題、指定廃棄物──1F事故で拡散した放射性物質(焼却した後の焼却灰、下水処理した際の汚泥、稲わらやたい肥などの農業系副産物など10都県で発生した)──の管理・処理問題が取り上げられている。いずれも簡単に処理できるものではなく、今後も尾を引く問題である。
八方塞がりの状況にもかかわらず必要な情報を出さず、言葉の言い換えで辻褄合わせをする国・東電の姿勢こそが批判されねばならないが、本書は最後に、「エネ庁と東電は『30年で廃炉』などといつまでも言い続けるのではなく、地元住民に十分な情報を開示しつつ、廃炉が長期化することから素直に認め、誠実に説明していくべきだと考える」として、「真実の開示」と議論を訴える。何とも重苦しい超長期的課題であるが、現実的な方策を探るために一石を投じた書であると言えよう。(R)