【投稿】米国の敗北による焦りー高市政権官邸幹部の核保有発言の支離滅裂
福井 杉本達也
1 高市政権官邸幹部の核保有発言
12月18日、官邸幹部が記者団の取材で「日本は核保有すべきだ」と語った。だが、大手マスコミはオフレコ発言だとして、いまだ発言者名を明らかにしていない。しかし、『週刊文春』の取材で、尾上定正総理大臣補佐官であることがわかった。「発言をしたのは〈核軍縮・不拡散問題担当〉の尾上定正総理大臣補佐官です。元航空自衛官で、2023年から防衛大臣政策参与を務め、高市早苗政権で補佐官に。首相と同郷の奈良出身のお友だちで、防衛問題のブレーンです。本音では核を持つべきと考えている人物を核軍縮担当にしている時点で、適材適所には程遠い。首相の任命責任も問われる事案で、本来は更迭され得る発言ですが、その距離の近さから斬れていないのが現状です」と書いた(『文春オンライン』2025.12.24)。日本のマスコミは一部を除き腐り果てている。
2 背景には米国の敗北による焦りと対米自立
米国は日本が核攻撃を受けたからと言って、必ずしも相手国に核反撃を行うなどとは一度も言ってはいない。東洋人のために自国民を核報復の危険にさらすようなことはしない。『文藝春秋』2026年1月号で、用田和仁元陸将×神保謙慶大教授×小黒一正法政大教授の対談「高市首相『持ち込ませず』見直しでは甘い…中国には核保有も選択肢だ」において、神保は「日本が直面する安全保障環境を考えれば、核を含む抑止のあり方を正面から点検し直すことは、もはや避けて通れない課題」とし、「米国は自国のみならず同盟国が核攻撃を受けた場合、報復として核を使用する『拡大抑止』で国際秩序と地域の安定を保ってきました」が、「米国の核の傘の信頼性をめぐる国際環境は不確実性」を増しているとし、小黒も「日米同盟と米国の核の傘で日本は守れるかと疑問を持つようになり、その危機感は強まるばかりだ」と応え、用田は神保・小黒に同意する形で、「米国から見て日本は、黙っていても大切だから守ってやるという状況ではない」そこで、「中国を封じ込めるための通常戦力が米国に十分にないことが明らかになりつつある今、日本などの核保有が問題の解決策になり得る」と、日本の核武装を公然と求めている。これは、米国は敗北しつつあり、覇権が縮小しつつあることを実感している同盟国からの焦りの発言である。しかし、そこには、米国に従属しながら、核武装を考えるという甘さがたっぷりの発想である。また、用田は陸将という立場にあったにもかかわらず軍事知識に乏しく「核保有するにしても、米中露のような大量保有は不用で、最小限の核抑止力で十分」だと、核抑止力に対する理解も浅く、核戦争というものの結果に甘々と言える。
一方、同誌で、エマニュエル・トッドは佐藤優の対談「米国の敗北を直視して核武装せよ」において、米国はウクライナにおいて敗北しつつあり、日米同盟の「核の傘」というものは幻想であるから、日本が核武装して対米自立すべきであるという主張であり、「私は多くの日本人の代わりに、日本の核保有を提案した…敢えて口にしないことを私が言葉にした」と述べる。
3 核の抑止理論―相互確証破壊(Mutually Assured Destruction, MAD)」
米ランド研究所の軍事歴史家、バーナード・プロディーは核兵器によって戦争を抑止する「核抑止」の概念を生みだした。「従来は軍事体制が掲げる最大の目的は戦争に勝つことだった。これからは戦争を回避することが最大の目的になる」(プロディー)。プロディーは核の数や運搬手段で勝っていても、核戦争において勝利は保障されないと考えた。「たった一つの爆弾だけで想像を絶する破壊をもたらせる事実…敵国から先制攻撃を受けても報復する能力を身に付けなければならない。」「報復を恐れなければならないとすれば、先制攻撃を仕掛ける意味はない。敵国の都市を破壊しても、自国の都市が数時間後か数日後に破壊されるのだから」「アメリカがソ連の先制攻撃によって致命的な打撃を受けても、なお十分に反撃する軍事能力を持っていると分かれば、ソ連はよほどのことがない限り核兵器を使用しようとは思わないはずだ」と(『ランド・世界を支配した研究所』アレックス・アベラ)。
核の抑止理論は、どちらかが先制攻撃を行えば必ず自分も壊滅的な報復を受けるため、理論上は先制攻撃を思いとどまらせる効果がある。しかし、その要件は①十分な核兵器を保有し、報復攻撃の能力(第二撃能力)が確実に保証されること。②報復能力の非脆弱性と残存性が必要で、核搭載戦略爆撃機の常時待機や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、移動式大陸間弾道ミサイル(ICBM)など、探知や迎撃を困難にする手段が求められる。③発射の早期探知と迅速な報復指令の遂行が可能な体制が不可欠となる。(参照:コトバンク・Wikipedia )
尾上定正は日本は核保有すべきだと発言したが、上記の条件を考慮しているとは思えない。このような者を核戦略の助言者として官邸に置くとは、日本の自滅を招く。危険極まりない。
4 原発への攻撃
3.11の福島第一原発事故以降、全ての原発が停止したが、その後、再稼働が進み、関電の高浜原発や九電の川内原発など13基が稼働中である。さらに、今後、東電の柏崎刈羽原発6号機や北海道電力泊原発3号機も再稼働することとなる。しかし、稼働中の原発がミサイルで攻撃された場合は防ぎようがない。ウクライナ戦争ではザポリージャ原発への攻撃がしばしば行われてきた。100万Kw級原発が稼働中に攻撃された場合、広島型原爆1000発分の放射能がまき散らされる。現在関電高浜原発は4基の原発が稼働中であるが、4基とも制御不能に陥る恐れが高く、日本は壊滅状態となる。原発を考えずに核武装のみを考える尾上はとても核問題のブレーンとはいえまい。
5 核輸送手段の進歩
ロシアはウクライナで最大射程5500kmの中距離極超音速弾道ミサイル「オレシュニク」を実戦に投入している。オレシュニクは複数の独立標的再突入体(MIRV)を搭載可能な中距離弾道ミサイル(IRBM)であり、高精度の複数標的攻撃を可能にする。極超音速推進システムに組み込まれており、音速の10倍にあたるマッハ10まで速度に達することができ、パトリオットやTHAADのような従来のミサイル防衛システムによる迎撃が困難となる。飛行時間をわずか数分に短縮しながら防空網を突破し、敵に反応する時間をほとんど与えない。このようなミサイルを迎撃することなど全く不可能である。
一方の日本の核運搬手段のミサイルは、12月22日に失敗したH3・8号機など、全く技術的に不安定である。ミサイルや原潜などの運搬手段を含めると核武装には100兆円もかかるという。尾上は「空将」の軍事知識で高市首相にアドバイスするのではなく「空想」で高市首相を煽っている。核実験場もなく運搬手段も考えずに核保有を宣言しても袋叩きにあうだけである。
日本は「独自核武装」で核保有超大国のロシアや中国、そして北朝鮮と対決するのではなく、平和外交で核を持たずとも安全を守れる体制を模索していく現実的な道を選ぶべきである。その中で、米国の属国から、いかに自立した外交に踏み出せるかが試される。