【投稿】欧州の建前さえも破壊するトランプのICC制裁
福井 杉本達也
1 トランプのICC制裁
トランプ政権は10月9目、国際刑事裁判所(ICC:赤根智子所長)本体を制裁対象に指定した。米国の金融システムを事実上利用できなくなり、戦争犯罪を裁くICCの活動が大幅に制限される恐れがある(福井:2026.10.10)。「米国による制裁は強力だ。米国は8月にICC の赤根智子所長らに制裁を課し、国際送金や米国のクレジットカード利用などができなくなった。さらにICC本体が米国の制裁対象に指定た場合、米国に拠点を置く企業は協力関係を停止せざるを得なくなる」(日経:2026.10.11)。
2 ICC設立の経緯と疑問
ICCは「第2次世界大戦後のニュルンべルク国際軍事裁判と極東国際軍事裁判の経験を踏まえ、国際社会が常設の国際法廷を設置して将来の大量虐殺や侵略の発生を抑止するのを目的に構想」されたが米ソ冷戦で中断した。その後、「冷戦後に頻発した民族紛争に対処するため」、「旧ユーゴスラビアやルワンダの紛争における集団レイプや大量虐殺、人道に対する罪といった重大な国際犯罪を裁く臨時の国際犯罪法廷が設置されたことにより、常設の国際刑事裁判所設置の議論が復活」。1998年、ローマで国際刑事裁判所設立のための国連全権外交会議が開かれ、120カ国の賛同により、国際刑事裁判所設立条約(ローマ規程)が採択された。4年後の2002年7月、ローマ規程は正式に発効、翌年3月にはオランダのハーグに裁判所が設置された。2003年3月、ICCは正式に発足した。しかし米国は自国の兵士が標的にされることを懸念して、2002年、ブッシュ(子)は署名を撤回、ICCから脱退した。また、ロシア・中国も加盟していない。日本は2007年に加盟国となった(参照:「国際刑事裁判所(ICC)と日本 [はてな版]」:2006.1.12、森川康宏「国際刑事裁判所(ICC)設立までの経緯について」2013.11.12 「世界史の窓―国際刑事裁判所/ICC」)。
しかし、この設立経緯には重大が疑惑がある。旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷では、元ユーゴスラビア連邦共和国大統領スロボダン・ミロシェヴィッチは、ジェノサイドの罪を問われ、獄中で死亡した。1992年~95年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でセルビア人部隊による残虐行為にかかわったとしてジェノサイド(集団虐殺)や人道に対する罪に問われたラドバン・カラジッチ被告に対し、禁固40年の有罪判決を出している。だが、NATOの東方拡大への第一歩として、旧ユーゴスラビアの解体を意図して紛争を引き起こした張本人であるNATOの無差別爆撃などの大虐殺は不問にするなど、著しく公平性を欠くものであった。
3 非加盟国・ロシアのプーチン大統領への逮捕状
ロシアによるウクライナ侵攻に伴う戦争犯罪、人道に対する犯罪として、ICCの赤根智子判事らは、2023年3月にプーチン大統領とベロワ大統領全権代表(子供の権利担当)に対し、ウクライナ占領地域からの子供たちの違法連行に関与した容疑で逮捕状を発行した(Wikipedia)。「ウクライナの子ども2万人を不法にロシアに連れ去った」という,まったく虚偽の理由によるものであり,ICC が独立した司法機関の形をとりながら,実際には政治工作機関として動いている。しかし、ロシアはICCには加盟しておらず、ICCの管轄権はそもそもない。ウクライナもICC非締約国であるが、ウクライナ領域内で犯された戦争犯罪等についてICCの管轄権を受諾し、この受諾に基づき捜査したという形式をとった。しかも、国際慣習法上は、国家元首には主権免除があると解されている。外交免責特権のある国家元首に対し国際関係を複雑にする目的で刑事責任を問おうとした。ICCは「実質的には『欧州の裁判所』であり、自国内で公正な司法を実現できていない国々が、国際的な場で公正であるはずがない」。プーチ氏への逮捕状は、国際法の基本原則や規範に違反し、何の捜査もせず、子どもの誘拐というでっち上げを、いかなる証拠もないまま下したもである。
4 ルールを作っているのは欧州である。
「誰がルールを作り、誰に適用し、その執行を誰が担保するのか」。権力の獲得方法の違いである。アメリカは軍事力や経済・金融を強みとしてきたが、欧州は共通ルール、法制度などを通じて、国際社会に影響を及ぼしてきた。I CCは、重大な国際犯罪を処罰する仕組みである。しかし、すべての国家が同じ条件で参加しているわけではない。大国と小国では異なる。大国は外交力や経済力、安全保障上の影響力を利用できるが、小国には同じ選択肢はない。普遍的なルールを掲げながら、大きな格差がある。国際制度は「必ずしも対等なプレイヤーによるゲームではない。国際社会で重要なのは、ルールを支持することだけではない。そのルールが誰によって設計され、どのように運用され、自国に何を要求するのかを理解することである」(如月葵ラインハルト:「ICCは誰のための制度なのか――戦後秩序をめぐる米欧の権力競争と、日本が距離を考えるべき理由」2026.10.15)。
5 ICCは国連の機関ではない
10月11日の日経新聞社説は「日本を含む加盟の8カ国外相が「強く反対する」と共同声明を出したのは当然だ。国家指導者であっても法の上に立つことは許されない。国際社会はあまたの悲劇のうえに確立してきた『法の支配』を守る覚悟が試される」。「世界が問われているのは、戦後積み上げてきた法の支配を放棄し、力の支配への逆戻りを許すか否かだ」と書いた(日経:2026.10.11)。
しかし、これは「法の支配」という権威の意図的な取替である。ICCはローマ規程に基づいて運営されており、国連の「産物」ではない。ICCは正義に関する過去のイメージの断片に過ぎず、政治的な重みを欠いている。特定の目的のために欧州諸国が活用しようとしているものの、欧州にはその決定を世界に押しつける政治力も軍事力もない。ICCは国際法の最高権威に基づき独立した高レベルの機関ではない。日経の社説の主張は、ICCを国連と並ぶような国際機関であるとの虚偽を振りまくが、米ロ中の常任理事国が批准しないような機関は国際機関とは認められない。今回の元ICC判事であるピレイ氏のノーベル平和賞は、権威のない機関に「箔をつけようとする」行為である。しかし、ノーベル平和賞ほど怪しげな政治的賞はない。