【翻訳】「いかにして、スペインは私を愛国者に作り上げたか?」

【翻訳】「いかにして、スペインは私を愛国者に作り上げたか?」

The New York Times  International Edition、March 10, 2026
“ How Spain just made me a patriot”
by Mr. Paco Cerda
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OPINION :
The New York Times publishes opinion from a wide range of perspectives in hopesof promoting constructive debate about consequential questions

「いかにして、スペインは私を愛国者に作り上げたか?」
Valencia, Spain :
 私はいつも旗に嫌悪感を抱いている。私は、決して皆と一緒に国家を歌うことはない。私は、スペインの少数言語であるカタロニア語を話している。そして、次回の World Cup では、スペインではなくてオランダを応援する。というのも私はその美しい負けっぷりの歴史のファンであるので。誰も憂国の士である私を咎めないでしょう。
 それにも関わらず、先週Trump 大統領が Spain は不愉快な同盟国で、米国が必要としているものを何も持っていない、と言ったのを聞いた時には、また、いわゆる自由世界のリーダーがスペインとのすべての取引を断ち切ると言って脅していると知った時には、私は自分がスペイン国民であることに異常なる自尊心を感じた。
 暴君の怒りの矛先を向けられている、ということについて、とりわけその怒りが彼の家臣の拒絶によってもたらされている時については、多くの物語/小説や逸話がある。
 我が国の首相、Mr. Pedro Sanchez が、このIranに対する戦争で、共同で運営している軍事基地の米国の使用を認めないと公表した後、スペイン政府は Mr. Trumpの怒りの引き金を引いてしまった。 これらの基地は、1953年以来、米国が使用してきていた。その時は、Franco将軍の独裁政権下でSpainは世界から孤立していた。 スペインは、金銭と引き換えに残虐で抑圧的な体制の外交的承認との交換で、米国に領内の基地の使用を認めた。 Franco体制下で、このことが人々の生活にとってどういう意味をなしたか考えてみよう。

 米国は、1945年ヨーロッパの一部をファシズムの鎖から解放される手助けをした。しかし解放はピレネー山脈の手前で終わった。大戦の終結から8年になって、この国は選挙権や諸権利の自由を支持するも、ファシスト独裁者(彼は結局は反共産主義者だった。)を受け入れた。 米国Eisenhower大統領は、このようにしてFranco主義者の独裁体制を擁護し、スペインは米国の手先になることを受け入れた。我々の多くは、この冷戦の道義上の失敗を忘れないで、今に至っている。
 それからおよそ80年たった今日、これら同じ軍事基地が、世界のすべてが彼の王座の下に跪くことを要求している怪奇なガキ大将の銃の照準器の線上に我々を捕えている。
 今回、スペインは“No!”と言った。
 私は、世間知らずではない。 Mr. Sanchez は、この勇気がいる立場にある時、価値観、合法性や人道主義を超えて考慮していたことは大いに推察できる。彼の国内での政治的立場は、弱くなっていたので有権者の関心を引いているようにも思える。
 しかし私は、Spain が “No” と言った事実に立ち返っている。 戦争に “No !” 。Mr. Trump がしばしばうまく、自身の国と諸外国に教え込む為に、伝染し麻痺させへつらう恐怖感/怯えへの ”No” に立ち返っている。
 祖父母の時代において、お互いに殺しあうことが日常だった我々欧州人は、Mr. Trumpの、多数国同意の秩序を破壊する企てに直面して、道義的な力を示す責任がある。

Our Prime Minister proved to Trump that there are times
 when it’s crucial to stand up for what is right.
( 我が国の首相が、何が正しいか、ということに対して立ち上がる決定的な時がある、ということを Trump にはっきりと示した。)

 最近、私は米国のボランティアの歴史を読んでいた。そのボランティアはSpain内戦のさ中、ファシズムに対抗する共和制支持者側に奉仕するためにスペインにやって来た。 私は、偶然見つけた彼の心打つ手紙について考えている。それは,New Yorkに住むユダヤ人の Hyman Chaim Katz が23歳の時に、母宛に書かれていて、彼は Abraham Lincoln旅団のボランティアだった。
 「私は、何かしなければならない、と感じたのでSpain にやって来た。」と1937年後半に書いていた。彼は欧州で起こっている諸問題をリストアップしていた —イタリアにおける Benito Mussolini や ドイツにおける Adolf Hitler の台頭、それに欧州大陸にわたってのファシズムと反ユダヤ主義の忍び寄り。彼は、戦うことに惹かれ、これらの勢力に立ち向かうためにスペインにいる、と書いていた。 「もし、私が今日助けを必要としている人たちへの援助を拒否したら、私の身の上に災難が降りかかった時に、私は他人から援助を受けるに値するであろうか。」とも。
 3カ月ほど過ぎた1938年3月3日、彼は Belchiteで戦死した。そこは乾燥地帯でZaragozaの町の近くだった。その戦場は、荒廃したところで遺跡として残されている。あなた方は、今日でもスペイン内戦の傷跡として訪れることが出来る。
 私は、Mr. Katz の写真を見た。その背後に、時として戦旗と憤激の中に隠された戦争の真の顔を見る。彼の若い表情の中に、戦死したすべての老若男女、息子や娘たち、その背後に困惑した母親達、すべての戦争に出没する戦死者の顔が見える。
 私はまた、最近イランで起きた、学校の建物の下に押しつぶされた少女たちの怯えを思い出している。また、歴史を通して戦争において、独裁者の決定で命を奪われたすべての人々恐れ/怯えのことを思う。
 自分の怯えに立ち向かう、価値ある時もある。 ”No!” と言うことにこそ、英雄的な行為が見られる時がある。
 Mr. Katz が母に書いたように、時には、そうせざるを得ないこともある。
 
 Paco Cerda : he is a journalist and writer based in Valencia, Spain. His book “The Pawn”, a nonfiction novel about anti-Francoism and the Cold War, was published in English in June. This article was translated from the Spanish by Mara Faye Lethem
 
 [ 訳者:この記事に Sanchez首相のTV発表写真が載っていて、下記説明あり。]
 Prime Minister Pedro Sanchez announced last week that he would not allow the United States to use jointly operated military bases in Spain in the war against Iran.

                                  [ 訳:芋森 ]

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