【投稿】「サナエショック」と家父長的国家介入主義への疑念

【投稿】「サナエショック」と家父長的国家介入主義への疑念

福井 杉本達也

1 円安が加速・40年ぶり164円

高市早苗政権が「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」をまとめた。その目玉は2040年度までに総額370兆円にのぼる官民投資を促す成長戦略である。6月末、政府が骨太の原案を発表した際に市場に衝撃が走った。これまで必ず記していた「財政健全化」という言葉が消えた。さらに日銀に政府との緊密な連携を求めた。。この2点から高市政権は財政健全化には熱心ではないとの見方が浮上し、長期金利の上昇と円安が進んだ。円安が加速している。

長短の金利差であるが、長い目でみた経済や物価がどうなるかを反映する超長期の30年債利回りから、2年債利回りを差し引いた値がほぼ一貫して拡大基調にある。日銀の利上げが遅れ、インフレが加速するというサインである。特に高市政権の物価認識には根本的な問題がある。インフレへの転換を認めず。いまだにデフレの恐怖と戦っている。現状は「デフレではない状況」であり、日銀に求めるのは「物価安定」ではなく、あくまで「安定的な物価上昇」だ。物価安定という言葉を使う際は直前に「デフレに後戻りすることのない」と添える念の入れようである(日経:2026.7.25)

 

2 「サナエショック」と「トラスショック」

高市政権は「サナエショック」という言葉を忌み嫌うらしく、新聞等の見出しは全て「骨太ショック」で統制されている。「サナエショック」と書かれると、わずか49日で崩壊した英国のリズ・トラス政権を連想させるためである。彼女は「減税による経済成長」を強く掲げ、マーガレット・サッチャー元首相のような「鉄の女」を目指す自由主義的な経済思想の持ち主であった。「トラスショック」は、2022年9月から10月にかけてイギリスで発生した、一連の金融・経済市場の混乱のことである。財源の裏付けが不十分なまま大規模な減税策(ミニ・バジェット)を発表したことが発端であり、これにより、「イギリスの財政は破綻するのではないか」「インフレがさらに悪化するのではないか」という不安が市場に広がり、投資家が一斉にイギリス資産(通貨ポンドや国債)を売り浴びせた。日本でも、積極財政を掲げる高市政権の政策が「第二のトラスショック」を招くのではないかという懸念の声が囁かれている。

 

3 GPIF(年金積立金)を投入しPKO(公的資金による国債買い支え)

7月16日、片山さつき財務相は「年金基金により日本の金融資産にさらなる投資をしていただくという方向で後押ししたい」と発言した。GPIFは、約300兆円の運用資産を持つ巨大な「クジラ」と呼ばれ、これが国債買いに走れば、当然に高騰していた国債の金利は低下する。しかし、これはPKO(Price Keeping Operation)=公的資金による国債の買い支えである。なぜ、この時期にPKOかといえば、米財務省が、為替介入しないか警戒を怠らないと日本を牽制しているからであり、手段が限られてきたからである。我々の年金の積立金は「専ら被保険者の利益のために運用する」こととなっている。年金資産を増やすため、政治からの独立性を保ち運用成績の向上に徹することが、管理運用独立行政法人の義務である。高市政権は我々の虎の子の年金資金をも米国金融資本に差し出すつもりである。

 

4 日銀審議委員にもリフレ派

高市政権は、日銀の審議委員にリフレ派の中大の浅田統一郎氏と青山学院大教授の佐藤綾野氏を充てることとした。過去にに金融緩和や財政出動に積極的な見解を示してきた2人の人選について、市場では緩和志向の強い高市早苗首相の意向が反映されたと見ている(日経:2026.2.26)。高市氏は「利上げをするのはアホや」という意固地さで日銀審議委員を安倍政権時代に戻そうとしている。佐藤氏は就任記者会見で、原油高が経済・物価に与える影響について、いまの日本経済がインフレの状態にあるかを問われると「まだノルム(社会通念)としてはそれほど強くない」とインフレ状態ではないと否定的である(日経:2026.7.1)。

 

5 ロイター社の「骨太の方針」への厳しい評価

ロイター社は高市政権の「骨太の方針」に完全に否定的である。それは● 具体的な実施措置や詳細が全く欠けている。● 「並外れた主張には並外れた証拠が必要」と言われているが、証拠は一切提示されていない。● 「財政再建」目標を廃止し、成長優先にシフトすることで、無秩序な支出や債務依存を引き起こし、債券価格の下落や円の下落を加速させるリスクがあります● 強制的な企業投資はガバナンス改革を妨げる可能性があり、実際に資金を投入する十分な実行可能なプロジェクトが存在するかどうかも不明です(前政権の米国投資計画の遅延を例に挙げると)● 大規模な支出目標を廃止し、米国インフレ抑制法のようなインセンティブ重視のアプローチを採用すべきです。公的資金をレバレッジとして活用し、民間投資を誘致し生産的な支出を促進することは、より効果的で柔軟です と厳しい評価をしている(ロイター:2026.7.22)。

島澤諭氏は高市政権の「骨太の方針」について、「高市早苗政権の『責任ある積極財政元年』は、企業の投資不安を国家が引き受けることで、産業政策国家の拡張を正当化する契機となりかねない。…もちろん、安全保障や基礎研究のように、市場だけでは十分な投資が行われにくい分野が存在することは否定できない。国家が一定の役割を担うべき領域はある。問題は、その例外を一般原則へと拡張し、政府が恒常的な投資主体となっていくことである。市場の失敗を補うはずの国家介入が、いつの間にか市場の判断そのものを代替するようになれば、企業はリスクを取る主体ではなく、政府の政策に乗る主体へと変質していく。…政府が戦略分野を選び、『官民投資ロードマップ』と呼ばれる工程表を描き、通常歳出とは別に「『強く豊かな日本』投資枠」を設け、予算要求の上限を外し、複数年度で支援するとなれば、企業の投資判断は市場ではなく政府の政策メニューに引き寄せられる。民間企業はリスクを取る主体から、政府の選んだ重点分野に適応する主体へと変わる。…問題は、国家が基盤を整える役割を超えて、企業の投資判断そのものを肩代わりすることである。国家が強くなるほど、市民や企業が強くなるとは限らない。むしろ、国家が不安を引き受けすぎるほど、市民は自立を失い、企業はリスクを取らなくなる。企業が市場でリスクを取るのではなく、国家に保護を求め、その見返りとして国家の政策目的に従属していく、保護要求型の家父長的国家介入主義である。」(Wedge ONLINE 2026.7.9 島澤諭「責任ある積極財政が企業を弱くする?『福祉元年』から『積極財政元年』へ、国が市場の自立をなくす懸念」と一刀両断している。

 

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