【書評】『なぜ賃金は上がらないのかー日本経済30年の陥穽』首藤若菜著・現代新書・2026.6.20

【書評】『なぜ賃金は上がらないのかー日本経済30年の陥穽』首藤若菜著・現代新書・2026.6.20

福井 杉本達也

1 日本の賃金が上がらない本当の理由

「人手不足」といわれ、飲食や宿泊などのサービス業、介護や医療などの現場では、外国人労働者の手を借りなければ現場は回らない。にもかかわらず賃金は上がらない。著者は、専門とする物流業界の実態から、価格を上げられないためにそのツケを労働者に回すということにその原因を見いだす。

経済学の教科書的な理解では、人手不足が深刻化すれば、賃金は上昇するというものである。上昇した人件費コストは、価格に転嫁されるというものであるが、この常識は通用していない。賃金が上昇しない理由として、日本型雇用の問題が指摘される。正社員の解雇が難しい。長期雇用を前提とした賃金カーブ。労働コストの固定性・硬直性等。こうした特徴が労働移動を阻害し、賃金上昇を妨げていると。筆者は実質賃金がどう決まるかについて、労働生産性×労働分配率×交易条件(―税・社会保障負担)の式を上げる。とりわけ見落とされがちなのが、交易条件である。日本経済がエネルギー・食料・原材料などの多くを輸入しており、1990年代半ば以降、過去30年で40%低下している。しかし、交易条件が悪化し続けるなかで、日本はそれにどう対応してきたかを明らかにしようとするものである。

 

2 日本ではどこに負担があらわれたか

交易条件の悪化は、必ずしも企業利益の圧縮としては処理されてこなかった。企業利益は確保されたが、積極的な成長投資も行われなかった。次に、国内価格では、日本は長期にわたり物価の上昇はきわめて緩やかであった。背景には、激しい国際競争と国内での価格競争が企業行動を強く制約してきた。結果、日本では価格は交渉の対象ではなく「動かしてはいけないもの」「動かせないもの」として扱われた。著者はこれを整理して、輸入コストは上昇したが、価格は大きく上がらず、企業利益は維持された。交易条件の悪化の調整は、価格や利益ではなく、主として賃金停滞としてあらわれたと分析した。

なぜ、価格ではなく、賃金が調整弁となったか。日本では、賃金は価格よりも、社会的摩擦が表面化しにくく、「静かな調整」として機能してきた。価格を引き上げれば、消費者の反発や需要減少のリスクが表面化しやすい。これに対し、賃金調整は、より緩やかな形で行なうことができる。日本では価格は動かせないことを前提に、賃金だけが企業内で調整される構造が固定化されてきた。一方、欧州では産業別交渉など、賃金改定が当該産業に広く及ぶため、個別企業が賃上げ分を価格に転嫁しても競争上の不利益は生じにくい。また、日本では、「雇用を守るためなら賃金を抑えるのはやむを得ない」との考え方が広く共有されてきた。それで短期的には安定を得られたが、負担は先送りされたと述べる。

 

3 運送業の事例から

著者は「価格が上がらない」日本経済の構造を、最も典型的なかたちで示している産業がトラック運送業だという。輸送の供給制約が強まれば、運賃が上昇するのが自然な反応である。しかし、現実には業種別にみた価格転嫁率は、トラック業界が最下位となっている。これは、荷主との取引関係のなかで、値上げを求めること自体が取引喪失のリスクを伴う。トラック運送とは、商品が生み出された場所から、最終的に消費者の手元に届けるまでの活動であり、その費用は本来、商品価格の一部として回収すべきものである。ところが日本では、物流コストが最終価格に十分に上乗せされないまま、取引の途中段階で「サービス」や「現場の努力」として吸収されてきた。下請けやサプライチェーンの末端では価格が上がらない一方で、責任と負担だけが積み重なっていくとする。

 

4 荷物を積まない「帰り車」

かつて、故吉村励大阪市立大学名誉教授は、講義の中で大手新聞の「荷物を積まない帰り車」という記事を紹介していた。米国のトラック運送業の運輸労働者の紹介であったが、東海岸から西海岸に荷物を運ぶ車は、帰り荷は積まずに空車で帰るという記事である。日本なら、「なんともったいない」というところであるが、帰り荷というのは、本来、西海岸の運輸労働者が東海岸に運ぶものであり、米国東海岸の運輸労働者は西海岸の運輸労働者の職場を奪う恐れがあるから、帰りには積まないということであった。

著者も運輸業界の現状について、事業者は、往路だけではなく復路でも積載率を高めてきたが、すべてのトラックが返り荷を十分に確保できるわけではない。この構造的制約が価格競争を激化させる。個々の事業者にとっては、空車で戻るよりも低運賃で受注すれば、結果として市場全体の運賃水準を押し下げると紹介している。

 

5 賃金を調整弁としない経済への転換

トラック運送業では、企業は常に人員や車両を維持しているにもかかわらず、運賃を支払われるのは運行が発生した瞬間に限られる。輸送能力を維持するための費用は、価格として回収されにくい。貨物量が変動すること自体は避けられない。問題は、そのコストを運送事業者、運輸労働者が一方的に負担している点にある。回収されない費用は消えるものではない。利益を削るか、労働者が調整弁となる。マルクスの有名な言葉に「商品から金(きん)への飛躍は命がけの飛躍である」というのがあるが、毎回、運送契約の度に「命」をかけていたら企業も労働者ももたない。著者は仮に、運行の有無にかかわらず一定の基本料金が支払われれば能力維持費は回収されやすくなると提言する。また、電力業の総括原価方式も一つの回答になろう。労働組合は賃金や労働条件を各社の事情で決めるのではなく、社会的事象として扱うよう求めてきた。分配を企業内部の調整から引き離そうとしてきた。春闘での相場形成もその一つである。賃上げが企業を超えて波及すれば、それは個別企業の負担ではなく、競争の前提条件となる。UAゼンセンは、10月27日来春闘にあたり、九州や四国など西日本の総合スーパーの最低賃金額を通常より高くする「特定最低賃金」を設けるよう申請を出した(日経:2026.10.28)。これまで賃金に集中してきた負担を、価格や利益を含む社会全体で引き受ける構造へと変えられるかどうかだと著者は締めくくる。

 

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