【書評】『歴史の条理に立つ勇気と構想』寺島実郎著―岩波書店 2026.8.28
福井 杉本達也
本書は岩波書店の雑誌『世界』に連載されていたものを単行本にしたもので、既に雑誌の方で読まれた方もあるであろう。しかし、雑誌の場合には、流し読みで頭に残らない場合も多いが、単行本化されると、改めて気づくこともある。以下、気づいた点を何点か列挙してみる。
1 体系性、戦略性を欠く高市政権の「重点17分野」について
高市政権のいわゆる「骨太の方針」について、著者は「驚くほど体系性のないもので、『AI・半導体』や『量子』『マテリアル(重要鉱物・素材)』などの要素技術と『造船』『航空・宇宙』『防衛産業』などの産業分野、さらには『防災・国土強靭化』などの政策目標分野が体系性も戦略性もなく並べられており、国家戦略(statecraft)のレベルの議論ではない」と書く。政権へのヨイショ記事が多い中、ここまで酷評している批評はあまり見かけない。とくに重要なのはそのすぐ後に続く「『国家主導の成長戦略』に前のめりになるあまり、国からの『補助金・助成金』を期待する企業セクターの受け身の姿勢と相まって、埋没する日本産業に活力を取り戻すことはできない」と述べている。ラピダスなどのAI半導体には「2040年度までに68兆円」と全分野の投資額の6分の1を投資するというが、日経のコラム「大機小機」も「補助金頼みの国策テーマは、期待先行の初動の後、利益が追いつかず剥落するのが常だ」(日経:2026.8.14)と書いている。また、「脱・資源小国ヘ海洋開発」、脱中国の観点から「南鳥島沖のレアアース」を期待し、2040年度までに官民で3兆円超を支援するというが、全く採算度外視の夢物語である。これでは、ますます国家沈没は避けられない。
2 「親米ナショナリズム」
著者は日本外交の現状を「『日米で連携して中国の脅威に向き合おう』という認識に立ち、日米同盟の強化が進められている」が、冷静な議論が必要であるとし、在日米軍基地の「共同管理」を提案。基地の段階的削減や地位協定見直しなど「日本の主体性回復、自律自尊に動き出すべきである」と述べる。自民党の「『米国に押し付けられた憲法を改正し、自主憲法を制定する』という主張は」「米国が持ち込んだ戦後民主主義の否定であり、『反米ナショナリズム』の発露となるはずだが、」「改憲を主導する人ほど『親米』で、…『親米ナショナリズム』という語義矛盾を簡単に受け入れてしまう」とし、「親米ナショナリズムを突き動かすのは『中国の脅威に対峙するには、アメリカに付いていくしかない』という固定観念であり、『反中』が昂じた『親米』であるところに日本のナショナリストの悲哀がある」と書く。
「敗戦から100年経っても、外国の軍隊が占領軍のステータスで駐留する国を独立国とはいえない」。81年間も占領され続けていると、占領されていることさえも忘れてしまう。日本は米国の犬として「親米ナショナリズム」という「複雑骨折的様相」を呈している。
3 日本経済の金融化と民主主義
著者は「日本の資本主義の性格は急速に変わりつつある…『産業資本主義大国』(工業生産力モデルの優等生)として、復興・成長してきた日本が、『金融資本主義の肥大化』という潮流の中で、マネーゲーム国家へと変質しつつある」とし、かつては『鉄鎖以外失うものはない』とされた労働者は消滅『なんとなく中間層』意識で生きる人たちの群れになった」という。現実は非正規労働者比率が37%と厳しい労働環境だが、金融資産を持とうとする衝動が高まり、「NISA加入者の7割が『積極財政』を掲げる自民党に投票し…『円安・株高』への誘惑が投票先を決める現実的要素になった」「『ミニ資本家になった』という新中間層の虚偽意識が『格差と貧困』に向き合うべき代議制民主主義を機能不全にする」と分析する。
しかし、衆院選では、高市政権は政権政党の特権として、ガソリン補助金や電気・ガス補助金などを駆使して、新中間層?や非正規労働者層の買収に成功した。これらの補助金により、消費者物価を1%程度下げた。これに財源論で対抗するだけでは説得力を欠いたと言わざるを得まい。
4 「台湾有事」と尖閣諸島
著者は「『台湾有事は日本の有事』と前のめりの発言をする政治家もいるが、単純に台湾をめぐる緊張で日本の安全保障を脅かしてはならない」「米中二国の東アジア戦略をめぐる確執に不用意に巻き込まれてはならない」と書く。米国の「台湾関係法はあくまで米国の国内法であり」「台湾有事に米軍が軍事行動を起こすか否かは『曖昧』」であり、台湾に米軍基地はなく。至近の米軍基地は沖縄にあり、もし台湾海峡が火を噴き米国が軍事行動を起こすならば、自動的に沖縄が巻き込まれることになり、ここにこの問題の危うさがある」と指摘する。
さらに尖閣諸島については「米国は尖閣に関し、日本が施政権をもつ地域は『日米安保条約第5条の対象に入る』とし、日本はそのたびに『安堵』の報道を繰り返しているが、米国は1970年代以来、尖閣への日本の領有権を認めていない。」として、「領有権を認めていない地域での紛争に自国の青年の血を流して防衛責任を果たすであろうか」と問うている。
そこで著者は「アメリカの従順な同盟国という立ち位置を脱し、主体的にアジアの平和を構築する役割を自覚すべき」であると説く。
著者は台湾の歴史を明朝が「域外」とし、1624年のオランダ東インド会社のゼーランディア城建造から説くのは、なかなか奥深い。