【投稿】トランプ政権の新しい国家安全保障戦略と日本

【投稿】トランプ政権の新しい国家安全保障戦略と日本

福井 杉本達也

1 「ロシアの脅威」という表現は時代の遺物

米国の新しい国家安全保障戦略(National Security Strategy of the United States of America November 2025 ・NSS)の序文は「冷戦終結後、アメリカの外交政策エリートたちは、アメリカが世界全体を永続的に支配することが我が国の最善の利益であると自分たちに信じ込んだ。しかし、他国の問題は、彼らの活動が我々の利益を直接脅かす場合にのみ我々の関心事である。」と述べている。これは悪名高いウルフォウィッツ・ドクトリン(1992年~)の終焉を意味する。

NSSは「ロシアがヨーロッパやアメリカ合衆国にとって脅威ではないという現実、ロシアが何十年も前から人工的にそのような脅威として描かれてきたこと、そしてこの誤った解釈の結果がヨーロッパにとって全くの大災害であり、アメリカ合衆国の国家安全保障に対する脅威であった」と書く。

スコット・リッター元米軍情報将校は、「トランプ政権は、これが本質的に不安定化をもたらす政策であることを認識しており、さらに『極めて危険』であることも指摘している。なぜなら、ロシアとの対立は『最終的には核戦争を意味する』からだ。」と指摘している。「この新たな地政学的計算において、現在のヨーロッパの軌跡はロシアよりも自ら、米国、国際平和と安全保障にとってはるかに大きな脅威である」と主張している(Sputnik日本:2025.12.5)。欧州のロシア政策は米国の国家安全保障目標と「両立しない」。

 

2 NATOは終わった

スコット・リッターはさらに、「新しいNSSは、NATO加盟に関するウクライナの非現実的な期待と、ウクライナがいつかNATO加盟国になるかもしれないというヨーロッパの同様に非現実的な期待に終止符を打ち、心臓部に杭を打ち込む」と述べ、アメリカは「いいえ、あなたは終わりだ」と言います。さらに、あなた方の進む軌道はアメリカの国家安全保障と両立しないと述べ、もしヨーロッパがロシアと戦争を始めた場合、アメリカは救済をしないと。「NATOが真に防御的な同盟に変貌しない限り…NATOが存在する正当な理由はない」。「NATOは死んだ。NATOは決して復活しない」と述べる(Sputnik日本:2025.12.5)。

 

3 ウクライナ戦争の終結

NSSはウクライナ戦争について「米国の核心的関心は、ウクライナでの敵対行為の迅速な停止を交渉し、ヨーロッパ経済の安定化を防ぎ、戦争の予期せぬエスカレーションや拡大を防ぎ、ロシアとの戦略的安定を再確立し、ウクライナの戦後の再建を可能にして国家としての存続を可能にすることです。」と述べている。これは実質的な当事者である米国の敗北宣言である。とにかくウクライナの泥沼から早く撤退したいのであるが、米国の覇権への打撃をできるだけ少なくしたいがために、あたかも第三者として交渉しているかのように装っている。さらに、NSSはウクライナ戦争に対するヨーロッパの好戦的政権を批判し、「トランプ政権は、不安定な少数政権に支えられた非現実的な期待を持つ欧州の当局者たちと対立している。これらの政権の多くは民主主義の基本原則を踏みにじって反対派を抑圧している。大多数のヨーロッパ人は平和を望んでいますが、その願いが政策に反映されていないのは、その政府が民主的プロセスを歪めている」からだと述べている。

 

4 中国は対等な競争相手

NSSでは、中国はもはや主要脅威、「最も重要な挑戦」、「ペース設定脅威」等の表現で定義されていない。中国を同盟国やパートナーとして定義していないが、主に1) 経済競争相手、2) サプライチェーンの脆弱性の源泉、3) 地域支配を「理想的には」拒否すべきプレーヤーとして扱っており、それは「米国の経済に重大な影響を及ぼす」からであるとする。そこにはイデオロギー的な次元が一切ない。民主主義対独裁の枠組みも、守るべき「ルールに基づく国際秩序」も、価値観に基づく十字軍もない。中国は、敗北させるべきイデオロギー的敵対者ではない。彼らは「世界の諸国と良好な関係および平和的な商業関係を求め、彼らの伝統と歴史から大きく異なる民主主義や他の社会的変革を強制しない」。 そして、彼らは「我々の統治システムと異なる統治システムを持つ国々と良好な関係を求める。」と述べる。また、2017年に始まった関税アプローチが中国に対して本質的に失敗したことを認めている。これに「中国は適応」してしまい、逆に「サプライチェーンへの支配を強化した」と書く。

 

5 台湾問題

NSSは「台湾に大きな注目が集まっているのは当然である。半導体生産で台湾が圧倒的な地位を占めていることも理由の一つだが、より重要なのは、台湾が第二列島線への直接的なアクセスを提供し、東アジア(北東アジアと東南アジア)を二つの明確な戦域に分断している点である。世界の海上輸送の3分の1が南シナ海を通過していることを踏まえれば、これは米国経済にとって重大な影響を及ぼす。」と書く。米国の関心は「米国経済」への影響である。「したがって、台湾をめぐる紛争を抑止すること、できれば軍事的優勢を維持することによってそれを実現することが最優先事項となる。また、台湾に関する米国の長年の声明政策も維持する。つまり、米国は台湾海峡の現状をいかなる一方的な形でも変更することを支持しない、という立場である」と書く。

高市首相は、台湾有事の際、米国が防衛しようとするが、それは「日本の存立危機事態になり得る」ので、日本も軍事介入するとの答弁をしたが、これは「現状維持」を望むトランプ政権としては看過しがたい。高市首相は中国を挑発し、いまだに悪名高いネオコンのウルフォウィッツ・ドクトリンの思考線上にあるが、NSSはそれを否定する。米国が介入するかどうか(できるかどうか)は米国経済への影響による。結果、壊滅的な損失を被るのは日本国民である。高市首相は二階に上がって梯子を外されたどころか、最初から梯子をかけられてもいない。

カテゴリー: ウクライナ侵攻, 平和, 政治, 杉本執筆 パーマリンク