【コラム】ひとりごと—「労働者派遣法改悪」の嘆き—
本日、衆議院厚生労働委員会で「労働者派遣法改悪案」が可決した。これまで3年だった派遣労働の受け入れを事実上撤廃し、上限がなかった専門職も一般と同様の扱いにするという今回の改悪は、これまで野党の反対で2度も廃案になった代物。
安倍首相は「働き方の選択が実現できる環境を整備する」等とまるで労働の権利やライフワークバランスを重んじるが如くの主張をしているが、それはハッキリ言って欺瞞だ。特に「労働者派遣法」と女性労働者の貧困との関係では生活保護、両親との不和、若きシングルマザー、ネグレクトと、貧困は多種多様だ。貧困のために学歴もなくキャバクラや風俗業界、出会い系で生き延びる女性達。夫からのDVで精神的に不安定になり離婚後も就業できない女性達。知的障害があるために福祉行政にさえ繋がらず最貧困となった女性達。
しかし貧困は決して“恵まれない例外的ケース”ではない。現在では学歴もあり、ごく一般的生活を営んできた女性でも貧困は目の前にある。それは “非正規雇用”“派遣労働”という労働形態と大きな相関性が存在するからだ。
『女性たちの貧困 “新たな連鎖”の衝撃』(NHK「女性の貧困」取材班/幻冬舎)ではシングルマザーや恵まれない家庭環境で育った女性達の貧困も取り上げられたが、しかし更に衝撃的なのが“普通の女性たち”が直面する貧困の実態だ。
近畿地方で暮らす40代のAさんのケースはその典型例だろう。国立大学を卒業し一部上場企業の正社員として就職したAさんは若きエリートのキャリアウーマンでもあった。英語能力も抜群でTOEICは800点台だ。その後結婚したが、夫の転勤を機に退職、2人の息子をもうけた。しかし幸せは長くは続かなかった。原因は夫の長年にわたるDVだ。
外面はいい夫のモラハラ。そのためAさんは心療内科へ通うほど追い詰められていく。そんな生活を10年近く続けたが、ついに子供を連れ実家に逃げ帰ったという。英語が得意なAさんはそのスキルを活かす職場を求めたが、正社員では見つからず、派遣会社に登録し、その後3年更新の契約で貿易事務の仕事に就いた。しかし、そこは不条理な世界だった。「仕事の内容は正社員とほぼ変わらない。むしろ入社して数年の社員よりも責任の思い仕事を任されることさえある。残業は断れない。それでも正社員と比べると、年収は半分以下。昇給は望めず、ボーナスはもちろん交通費さえ支給されない」
たまりかねて「正社員になる道はないか」と上司に聞くと「正社員は入社試験を受けて入ってきた。暫く、ここで働いているから正社員になれるなんて不公平ですよ」と信じがたい言葉を投げつけられたという。
その後、別の貿易事務の仕事に就いたが、ここも3カ月ごとの契約だった。「他に選択肢もないし、自分よりしんどい人と比べて気持ちを落ち着かせるしかないんです。その先に何か希望があれば、辛くても頑張っていけるんですけど。
どんなに理不尽な条件でも、生きるためには黙って受け入れるしかない。この国は結局、そういう我慢強い女性達が支えているんですよ」
これが貧困の一つの実態だ。高学歴で一部上場企業就職というキャリアがある女性でも、一度レールから外れれば貧困はすぐそこだ。Aさんにしても決して好んで派遣という業態についているのではない。仕方なく、そこに甘んじるしか仕事が、生活する手段がないのだ。
もう1人、4年制大学を卒業した24歳のBさんも正社員を希望しながら派遣社員とした働く女性だ。
幼い頃に両親は離婚したが、近くに祖父母も健在で、貧しいながらも母子仲睦まじく、高校の成績も優秀だった。大学へは学校の 奨学金と社会福祉協議会の教育支援を借りて進学した。バイトをしながらも勉学にも励んだというBさん。しかし卒業後は正社員を希望するもリーマンショック後の不景気もあり、東京の観光名所のインフォメーション業務の派遣社員となる。やりがいはあった。でも収入は手取りで月14万円。しかも 2年間正社員と同様に働いたにも関らず、昇給はたった1円、ボーナスもなし。
正社員への道筋もなく、この収入や将来の見通しでは生活がもたないため辞めざるを得なくなったという。「新人研修も担当していたが、入ってきたばかりの新人と10円しか変わらない待遇に、本当に悲しい気持ちになった」
何とも身に詰まされるエピソードだ。一生懸命働いても、派遣というだけで昇給も賞与もキャリアも詰めない。Bさんのケースだけでなく、多くの派遣労働者達が口にするのは、不安定な身分と給与、職場に蔓延する「社員になどしない」「代りはいくらでもいる」という空気。それ以上に働いても何のキャリアにもならないという絶望感だ。
大学を卒業しても貧困から逃れられないとなれば、他は推して知るべしだろう。そして結婚もできず50代、60代となれば派遣すら見つけるのも難しい。もちろんキャリアもないシングルマザーも同様だ。多くが希望する正社員等は夢のまた夢。にも関らず、安倍首相は派遣労働をまるで素敵な業態かのような妄言を振りまいているのだ。
「人がライフスタイルや希望に応じて働き方を主体的に選択し、キャリア形成できる」「働き過ぎを防止できる」「働く人のニーズに応える」これらボンボン育ちの安倍首相の言葉が、派遣労働者にとっては妄言、妄想であることは明白だ。
日本の雇用者全体のうち、非正規雇用者は38.2%、そのうちの女性の割合は実に7割だという。更に2013年の厚生労働省「派遣労働者実態調査」によれば、こうした派遣労働者全体の60.7%もが非正規雇用から正社員として働きたいとの希望をもっている。
多くの女性達にとって派遣労働は“ライフスタイルの選択”等ではなく“不本意”な労働形態なのだ。若い女性も例外ではない。
それだけではない。20歳から64歳の単身女性の貧困は3人に1人という発表もある(2011年国立社会保障・人口問題研究所)。シングルマザー、単身女性だろうが学歴、キャリアの有無さえも関係なく、貧困は進行している。
現状でさえ「派遣労働」の実態は「非人間的雇用」なのに、これに「派遣法改悪」されれば、更に派遣社員は正社員にはなれず、企業にとって都合良く使われ、切り捨てられ、貧困へまっしぐらだ。
現行では派遣期間が3年を超える場合、派遣を解消し企業が直接雇用しなくてはならなかったが、同法改悪案では派遣を“入れ替えれば”いくらでも別の派遣を受け入れることが可能となる。企業や経済界にとっては好都合の法案であり、その先には派遣難民や生涯派遣社員の増加、そして派遣の更なる固定化と貧困層の増大が待っているのだ。
「戦争の出来る国-戦争法制」と「貧困製造マシーン」労働者派遣法改悪。このまま安倍政権が続けば、日本は本当に「雇用関係のモラルハザード」等々、奈落の底に落ちていく。(民守 正義)
【出典】 アサート No.451 2015年6月27日