【投稿】97年、政界再々編成への新たな胎動
<<大震災から2年の現実>>
阪神・淡路大震災からちょうど2年が経過した。あれほど身近で強烈な体験は、誰もが予想しなかったことであろう。自然を侮った人間の行為は、あらためてさまざまな自らが引き起こした問題に直面せざるをえなくさせた。政治、経済、社会、文化の全てにわたる根本的な反省である。しかしそれも今や風化の波に洗われようとしているかのようである。厳しい現実は、2年を経過してなお、7万人余の人々が仮設住宅やその他で生活再建のメドも立たないまま放置されていることに象徴的である。政府や官僚は、これは「天災」であるから政治の責任の範囲外のことであり、たとえ支援する場合でも、「私」的損失に対しては「公」的援助は出来ないなどとして、被災者の切実で悲痛な声を拒否し、無視し続けてきたのである。家屋が全焼・全壊した所帯であっても、この2年間に受け取った「義援金」がたったの数十万円にしか過ぎないのである。被災者の生活再建援助法案を提起している小田実氏は、こうした日本の現実を「棄民」「難死」の国であると表現している。
ところがその一方では、この2年間に私的「民間」金融機関や住宅金融専門会社を救済し、その「私」的損失を穴埋めするために公的資金を大量に投入しており、その額はすでに1兆円を優に越えているであろう。厚生省の構造的汚職の一端が暴露された岡光事件の場合でも、何千億という補助金がいとも簡単に執行され、税金の不正な横取りと官僚と政界へのキックバックが公然と行われてきたのである。
そして今回の来年度予算決定に当たっては、橋本政権が少数政権であるにもかかわらず、かつての自民党一党独裁が甦ったかのような、ゆすりたかりの族議員体質を丸出しにした政官一体の予算ぶんどり合戦が展開されたが、被災者への公的支援は完全に無視されたも同然であった。
<<「日本売り」「橋本内閣売り」>>
こうした日本の現実への警鐘の一つが、年初来の株価暴落であるとも言えよう。東京株式市場は、1/6の大発会以来続落し、わずか5日間で平均株価が2000円以上も下落、市場は、「日本売り」「橋本内閣売り」を鮮明に打ち出したのである。これとは対照的に年頭のニューヨーク株式市場は、3日間で平均株価が101$高を記録し、6500$台を超え史上最高値を更新している。
橋本内閣の来年度予算案は、消費税率の引き上げと特別減税の廃止で6兆円もの増税、医療費の自己負担倍増、電気・ガス、高速道路料金等公共料金の値上げで、総額9兆円以上の国民負担の増大が組み込まれているのである。そこには、公共投資の大幅見直しや抜本的な組み替えもなければ、阪神大震災補償など一顧だにされず、縮小されてしかるべき冷戦後の防衛費のあり方とは逆行した増額、別建て防衛予算まで用意し、旧態依然たる予算争奪戦とあいまって、「火だるま行革」のかけ声とは逆に、族議員と官僚のための歳出はますます膨張し、借金は増え、新規国債発行の減額幅は4兆円余に過ぎない実態が浮かび上がっている。
問題はそれにとどまらず、目に見えて明らかになりつつある住専処理の行き詰まり、旧国鉄債務問題の浮上、新たな金融不安と不良債権問題など、行政の失敗のツケを国民に回す路線が間近に控えているのである。
株式市場は、いわば単純かつ率直に今後の成り行きを予測し、それを株価に反映させたものとも言えよう。もちろん、事態はそれほど単純ではない。
<<アンパンマンの危機>>
橋本首相は、こうした97年度予算案についての記者の質問に対して、「俺の頭は単線で複線じゃないんだ」、「すまん、頭が飛んでおるんだ。ペルーの事件で指示するのが一杯だから」と逃げ回り、年初来連日外務省のオペレーションルームに通い、アンパンの差し入れに精を出している。上っ面のパフォーマンスではなく、沖縄の基地対策や震災被災者対策にこそ連日通い、精を出して欲しいものである。内閣支持率も1月の日経調査で明らかに低下し始めてきた。
「橋本内閣売り」は、今や橋本内閣崩壊の危機として現実的にとり上げられ、危機は3月、6月、9月とほぼ3ヶ月毎に襲う可能性があると指摘される事態に至っている。政局が行き詰まり危機が現実化する要因は目白押しである。
①行革は、自らもどっぷりと浸かってきた政官財の腐敗癒着構造の前になすすべなく後退する。そのことはすでに来年度予算案決定過程で実証済みである。
②橋本自身を含めた汚職と腐敗のスキャンダルが続発する。厚生省の岡光スキャンダルがさらに発展してより巨大な汚職腐敗事件が厚生省支配下の外郭団体で爆発寸前にあり、いつ橋本に飛び火するか分からない。加えて、新しい政官業癒着スキャンダルが発覚し橋本自身の関与まで明らかになる。石油疑惑の泉井から7億円を貰った超大物政治家=竹下元首相疑惑も政権基盤を揺るがす、等々、疑惑要因は枚挙にいとまがない。
③沖縄、有事法制などで冷戦体制持続の政策が行き詰まり、連立の崩壊、政権基盤の喪失が現実のものとなる。5/15には沖縄の嘉手納基地など3001人の地主の契約更改期限が切れ、強制収用に踏み切るかどうかの決断が迫られ、さらに集団自衛権の拡大解釈、日米軍事同盟の新しいガイドラインの策定と有事法制の整備、などをめぐってデッドロックに乗り上げてしまう。
④増税、医療費負担増額、住専・28兆円に上る旧国鉄債務処理・不良債権処理の国民へのツケ回しで景気回復どころか、景気後退がより鮮明になる。さらに金融ビッグバン(金融市場開放)政策が逆に金融不安、株価暴落を呼び込みかねない事態をもたらす。
<<「行革特命政権」構想>>
危機感を抱き始めた梶山官房長官、中曽根元首相らはこのところ行革のための保保連合、極東有事態勢のための保保連合をたびたび提唱している。相手は当然、新進党の小沢グループである。橋本首相が自らの政権維持のためにこの路線に乗れば、その場合の野党との対立軸は鮮明になるが、自らは放り出されかねない。一方、これに対抗して加藤幹事長らは、民主党、太陽党との連立を模索し、早期解散も辞さない構えで、「年内に解散、総選挙が行われる可能性がある。衆院選の態勢作りは夏の東京都議選に有利に連動するし、解散を恐れる社民党や野党の内閣不信任案提出を抑止しうる」と盛んに言い出している。
民主党の菅代表は、「橋本政権では行革が出来ないと判断したならば退陣を迫り、自民党やその他の政党と行革特命政権を組むという選択肢も存在する」として、「行革特命政権」なるものを提唱し、その場合の自民との連立については「きちっとけじめをつけなければならない」し、「少なくとも、橋本首相に交代を求めざるをえない」と明言している。ただし民主党はこの路線で一体というわけではなく、鳩山代表は否定的である。
一方、新進党は、すでに副党首だった羽田元首相が離党し、13人で太陽党を結成、これが新進党分解の序曲になる可能性を濃厚にしているといえよう。すでに橋本内閣の腐敗スキャンダル追及にもなすすべなく見過ごさざるを得ない事態である。オレンジ共済疑惑で政界に流れた額が10億以上に上り、細川元首相に2億、小沢党首、小沢辰男、初村前代議士にそれぞれ1億、海部元首相、鳩山邦夫氏(当時、新進党)にもそれぞれ5000万といわれ、被害者側はそれらの全額返還を求めているのである。2月の新進党大会では、自民・新進連立政権の首班に細川を押すために、小沢辞任、細川党首の可能性が流されている。しかし先の議員総会でも明らかになったように、路線対立は予想以上に深刻であり、公明党として選挙に臨むことを明らかにしている7月の東京都議選では、創価学会の新進党離れが決定的になる可能性である。それに応じて、細川グループも新進党を離れて民主党あるいは羽田新党と合流する可能性があり、下部議員はすでにその方向で動いている。
<<再編成、加速の年>>
社民党も、今や、少なくなった議員の中でさらに土井党首グループ、自民連立グループ、民主党合流グループ、別新党グループなどに分解することが目前に迫ってきている。
こうした政界の動きは、もはや驚くこともなくなってきた政界の再々編成をさらに加速させているといえよう。自民党の中曽根・梶山らと新進党小沢らの旧保守・新保守による保保連合グループ、加藤幹事長らの保守・リベラル連合グループ、これらのはざまの中で揺れ動く社民・さきがけ残党グループ、民主党、太陽党、新進党・旧民社グループ、公明グループという構図である。その中にはさらに非自民・非新進結集構想、久保元蔵相らの参院大会派構想まである。大きくは新たな保守対リベラルへの政界再編成が動き出しているとも言えよう。
橋本政権のスキャンダル続出、政策的行き詰まり、支持率の失速、「火だるまになってもやる」と明言した行革も行き詰まる中でもなお、野党が橋本内閣に政策転換を迫り、追い込むことが出来ないならば、ただ単に現状を追認する存在価値の無い政党として見放されるであろう。逆に言えば、今が政局転換の絶好のチャンスなのであり、今年ほど新たな政界再編成のイニシャチブがこれほど多様で可能性を秘めたチャンスはないのではないだろうか。もはや錆び付き、金属疲労をあらわにしてきた自民単独政権を崩壊させ、新たな革新・リベラルな連合政権を形成し、形骸化し、危機に瀕した民主主義を徹底した情報公開と主権在民原則の貫徹によって再生することが求められているのではないだろうか。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.230 1997年1月25日