【書評】『管理職の戦後史―栄光と受難の80年』濱口桂一郎著・朝日選書950円+税
福井 杉本達也
1 はじめに
『ジョブ型雇用社会とは何か』などにおいて、欧米・アジアとは異なる日本の雇用システムの特徴を「メンバーシップ型雇用」と定義してきた著者が、今回はその日本型雇用システムにおける管理職の問題に迫った。通常の新書は200~250ページであるが、本書は340ページもある非常に分厚いものとなっている。厚くなったのは、著者が原資料を大幅に引用して、専門的な議論を紹介しているからであるが、そのため読み込むには若干苦しい。特に、ホワイトカラーエグゼンプションの部分は、規制改革会議や経団連の提言、労政審答申など、通常読む機会のない資料を多数紹介しており、経緯を把握するには便利であるが、かなり専門的ではある。
著者は小咄として、大企業の部長経験者が面接に来て、「あなたは何ができますか?」と聞かれて、「部長ならできます」と答えた笑い話である。欧米のジョブ型雇用社会ならば、これは笑い話でもなんでもない。しかし、日本では「私は管理という『仕事』のできる人ですというレッテルをぶら下げて」「これがいかに日本の雇用社会の現実と乖離しているか」「ジョブ型雇用社会というのは、この日本では完全に現実離れした建前でしかないものが、現実社会を支配するルールとして社会的に存在している社会」であると説く。
2 女性管理職の時代
著者は「戦後確立した経営秩序においては…女性管理職の存在する余地はなかった…ホワイトカラー女性が管理職に昇進することは全く想定外」であったと書く。それを大きく変えたのが、1985年に成立した男女雇用機会均等法であった。これを受け、1986年、私の所属組合でも人事課長との団体交渉が行われた。団交参加者は女性専門職の多い職場が中心だったが、そこに本部・総務課・会計課などの若手女性職員が多数押し掛けたのである。その日の朝、管理職の机を拭き掃除したり、お茶を出したりしていた女性職員が団体交渉に参加したのである。当時、キャリア職はもちろん、ノンキャリア職を含め、男性職員の95%は管理職に登用されて退職するといわれていた。一方、女性職員の管理職は専門職などのごく一部であった。人事課長は、団体交渉の場で組合の男性役員に対し、もし、女性管理職を増やすと、男性の管理職への登用は60%まで落ち込むが、それでもよいのかとつぶやいた。当時、団体交渉に参加した女性職員の多くが、いま定年を迎えたが、部長職・課長職で退職している。
3 管理職手当を要求した団体交渉
著者は終戦直後の「管理職がリードした労働運動」において、「産業報国会と工場ソヴィエトのアマルガムのような従業員組合が戦後日本の労使関係の出発点」になったとし、「『俺たちと奴ら』という社会学的対立構造の中にはめ込まれている欧米型雇用社会とは全く異なるもの」であると説く。終戦直後からはかなり時のたった私的な経験であるが、労働組合側から管理職手当を要求するというはどうであろうか。1993年の団体交渉では組合側から管理職手当を要求した。当初、技術専門職の職場では、高度成長前期に採用した職員から順に管理職に登用されていたが、管理職のポストが限られており、年齢順にポストがあてがわれていた。いわゆるキャリア採用の団塊の世代が管理職の年代に差し掛かっていたが、管理職のポストがない、このままでは管理職にもなれないと不満を募らせていた。しかし、労働組合から管理職ポストを増やせなどとはいえない。当時、管理職は部長級のA級、次長級のB級、課長級のC級、課長級スタッフ職のD級に分類されていた。労働組合としては課長級スタッフ職D級の管理職手当相当を管理職年代に差し掛かった団塊の世代に配分せよと要求した。結果、D級管理職手当よりは若干手当額は低く、もちろん超過勤務手当はなくなるが、管理職ではなく組合員として処遇するポストが新設された。交渉後、人事課長は、これまでの人事管理に不備があったと組合役員に詫びた。
4 超過勤務
バブル期はともかく仕事が多かった。あるプロジェクトの担当として15億円の事業費を1人で抱えることとなった。当時、月150~200時間の超過勤務を行った。深夜1・2時、土日もないとなると少し体調も崩した。笑い話であるが、深夜2時にFAXを東京のある事業所に送って、今日の仕事はこれで終わりだと課員とともに帰宅した。翌日、FAXが返っていたので時刻を確認するとAM3の文字があった。
著者は「時間外・休日労働の上限規制」において、「普通の一般ホワイトカラー労働者が、法律上時間外・休日労働の制限もなく、会社から与えられた膨大な仕事をこなすために無限定の長時間労働を強いられていることこそが問題」と主張してきた。それが、2018年の「日本の労働時間法制の歴史上、成人男子の時間外、休日労働に初めて明確な上限規制を導入した」とし、著者が「かつて孤立無援で主張していたことが法改正の本丸にまで出世したという意味でも、まことに感慨深い」と述懐している。
著者は、しかしそこに「大きな忘れ物があった」とし、「管理監督者については、これらの上限規制は一切適用される余地はありません」と書く。そして、企業現場への影響として、「残業が月間40時間を超えると、本人と上司のところへアラートがいく。60時間になるとさらに上の上司までアラートがいく」「部下の時間外労働時間が月40時間を超えると、上長の人事評価に影響する」等々が例示されている。さらに「部下の健康管理、とりわけメンタルヘルスの管理も管理職の責務」である。
私的な経験としてはメンタルヘルスで休職していた職員が復職する場合が大変である。200人程度の本部と支所の人事を統括していると、人事課から10人程度の復職者の受け入れを迫られる。本人と直接会話することもなく、復職可能とする医師の診断書のみで判断せざるを得ない。復職後、月曜の朝に「今日は休ませて欲しい」という電話がかかってこないかどうかドキドキである。
先日、ある元職員と話をする機会があったが、元職員の退職理由は、時間外労働時間が月40時間を超えるにも関わらず、上司がそれを認めず時間外労働時間を削るように指示していたからだという。超勤時間を全て記入するよう通知されてから30年以上経つが、いまだに闇超勤が行われていることは実に嘆かわしい。採用者よりも中途退職者が多いとも聞く。職種によっては求人を出しても全く応募者がいない。元職員は退職後、士業を志して、今は士業で働いている。
本書はどこから読み進めても非常に味のある構成となっている。是非、一読をお勧めしたい。