【本の紹介】『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』
チャールズ・ハイアム著、青木洋一訳、02/12/25発行、408p、マルジュ社
<<ヒトラーの金脈>>
日本では1985年に出版された『ヒトラーの金脈』(ジェイムズ&スザンヌ・プール著、早川書房、初版アメリカ1978年)が実に刺激的で示唆に富むものであったことを覚えている。アメリカの自動車王ヘンリー・フォードが大のユダヤ人嫌いでナチスに多額の献金をしていたこと、ヒトラーはむしろフォードに反ユダヤ主義を教えられ、「われわれはフォードを、アメリカにおいて力を伸ばしつつあるファシストの指導者として当てにする」などと絶賛していたことなども具体的に明らかにされていた。しかしそれ以上に当初はヒトラーを支援していなかった、むしろ胡散臭い存在としてしか見ていなかった大資本・金融資本の代表者達が、デュッセルドルフ工業クラブでのヒトラーの演説以後、急速に接近し、資金を調達し、権力を掌握させていく過程が、詳細な当時のドイツ社会の変遷を背景に生き生きとみごとに明らかにされていた。そして当時のこれまた急速に力をつけつつあった共産主義者たちが、新しく作られたばかりの共和制民主主義、傷つきやすく壊れやすいワイマール民主主義をめぐって、彼らより穏健な”マルキシスト”である社会民主党を主敵として攻撃していたことがどれほどナチスを助けていたかを具体的な姿をもって知らされたことも身につまされる思いであった。民主主義の強化と発展が、党派的利害の価値の下位に位置付けられたり、あるいは人類的利害と民主主義を軽視した場合の、その後の今日に至るも連続している悲劇的で悲痛な教訓でもあった。
<<ナチスとアメリカ企業の陰謀>>
今回、ここに紹介する『国際金融同盟 ナチスとアメリカ企業の陰謀』(初版、アメリカ1983年)は、その後のアメリカにおける情報公開法の成果が存分に生かされ、いわばその続編とも言えるかもしれないが、著者は別人であり、内容的には全く異なり、そのメインテーマは、副題にある通り、ナチスとアメリカ企業の陰謀である。訳者あとがきにもあるように、著者は、チェース・ナショナル銀行、ITT、RCA、フォード、GM、そしてスタンダード石油など、日本でも馴染みのあるアメリカの大企業を次々と登場させ、それにアメリカ大統領、財務省、司法省、商務省、国務省、軍部、そしてFBIまで絡めて、ナチスと複数のアメリカの大企業との間に密約があったことを解明してくれる。それらの事実の掘り起こしは詳細を極め、事実の説得力は並大抵のものではない。具体的な人名には驚かされる人物が次々に登場する。真珠湾攻撃以外に日本に関する記述はほとんどないのが残念であるのだが、舞台は、第二次世界大戦下の全世界を駆け巡っている。目次は以下の通りである。
1.伏魔殿のような国際決済銀行
2.チェース・ナショナル銀行ナチス名義口座
3.スタンダード石油の秘密
4.メキシコ・コネクション
5.アラムコの策略
6.電信電話会社の陰謀
7.小さな鉄の球を巡る攻防
8.イー・ゲー・ファルベンの陰謀
9.フォードそしてGMとナチスの関係
10.ベドー方式考案者とナチスの関係
11.王女、外交官、少佐、そして准男爵の複雑な関係
12.逃げ切った「国際金融同盟」
<<BISの果たした役割>>
目次に上がっているようなアメリカの大企業がナチスとどのような関係を持っていたかということは、本書をぜひ読まれることをお勧めするが、今日現在も存続し重要な役割を果たしている国際決済銀行とナチスとの関係については、紹介する筆者自身も不明なことであった。
国際決済銀行(BIS)は、1930年にニューヨーク連邦準備銀行をはじめとする世界中の中央銀行が集まって設立された。この銀行の誕生には、ナチス・ドイツの経済相でドイツ帝国銀行(ライヒスバンク)総裁だったシャヒトの考え方が強く影響していた。シャヒトは、国際紛争が起きた場合でも、世界の金融界の首脳たちが連絡し、談合することができる金融機関の設立に奔走していたのである。BISに資本参加した各国政府が同意した国際決済銀行憲章には、参加国の間で戦争が起ころうが起こるまいが、BISは没収、閉鎖または問責から免除されるものとすると謳っている。
BISの表向きの目標は、ドイツが連合国側に第一次世界大戦の賠償金を支払うことだった。だが、BISはすぐに正反対の機能を持つ銀行になった。BISはアメリカとイギリスの資金がヒトラーの金庫に流入する窓口の役目を果たすようになり、この資金のおかげもあってヒトラーは軍事機構を強化することができたのである。第二次世界大戦が勃発すると、BISはヒトラーの完全な支配下におかれた。
BISの初代総裁にはロックフェラー財閥系のチェース・ナショナル銀行の元頭取で、連邦準備銀行総裁のマッギャラーが就任した。その後1938年に総裁に就任したアメリカのモルガン財閥の一員であったマッキトリックは、1940年初めドイツ帝国銀行を訪れ、BISの役員兼ゲシュタポ高級将校のシュレーダーと会談、たとえ米独交戦の自体の場合でも制約なしにBISを存続させ、機能させることに合意したのであった。イギリスはドイツと交戦状態に入った後でさえ、BISの存続を承認し、イギリス側役員のニーマイアー卿とイングランド銀行総裁ノーマンは戦争が終わるまでその地位にとどまっている。
一つのエピソードとして、ナチスの敗戦濃厚となってきた19944年5月のある晴れた日の朝、スイスのバーゼルにあるBIS総裁室にマッキトリックの主宰のもとに日・独・伊の枢軸国側役員とイギリス、アメリカ側役員が参集し、3億7800万ドル分の金塊を初めとした重要案件について話し合ったという。日本人役員は横浜正金銀行の北村孝次郎と日本銀行の山本米冶であった。真珠湾攻撃後に、ナチスがBISに運び入れたこの金塊は、オーストリ、オランダ、ベルギー、チェコスロバキアの国立銀行から略奪したものや、「びっくりするほど大量だった」と証言されている殺害したユダヤ人の金歯、眼鏡フレーム、タバコケースとライターそれから結婚指輪などをドイツ帝国銀行がかき集めたあと、溶解したものだった。もちろんこれらは、ナチス首脳が自分たちで利用するためにBISに保管し、BIS側もそれを容認していたのである。
<<彼らの「イデオロギー」>>
しかも戦争が終わると同時に、これら戦勝国側の「国際金融同盟」のメンバー達はドイツに押しかけ、自分たちの資産を保護し、さらにナチ党員だった仲間を元の高い地位に復帰させ、冷戦が始まる手助けをし、ブレトンウッズ会議でBISの解散が決議されていたにもかかわらず、解散するどころか、この「国際金融同盟」の存在を未来永劫確実なものにしたのであった、と著者は指摘する。「財界の大物たちは一つのイデオロギーで結ばれていた。すなわち、彼らは戦時中でも平常どおり商売をするという主義の持ち主だったのである」。
対イラク、対北朝鮮をめぐっても、同じ論理がまかり通っているであろうことは想像に難くない。とりわけ兵器産業や軍需独占体、石油・エネルギー、化学、情報関連企業は最大限利潤追求を目指して暗躍しているであろう。ブッシュ政権は、その典型的な利益代表とも言えよう。昨年12月17日にドイツの新聞がイラクに兵器供給した企業をリストアップし、「米国企業が24社含まれ、それらは生物化学兵器開発には特に多くの支援をしてきたが、ミサイルと核兵器にも関わっている」とし、その中にはヒューレット・パッカード、デュポン、ハネウェル、ロックウェル、テクトロニクス、ベクテル、インターナショナル・コンピュータ・システムズ、ユニシス、スパリー、TIコーティング等が上げられており、さらに 米国政府のエネルギー省、国防総省、商務省、農業省もひそかにイラクの武装を助けており、ローレンス・リヴァモア、ロスアラモス、サンディアの米国政府の核兵器研究所もイラクの核研究者を教育し、核兵器製造のための非分裂性の素材を提供していたことを明らかにしている。これらの企業のいくつかは、ここに紹介した本書にも登場してきた企業である。時代も条件もキャストも違えど、犯罪的な悲劇が繰り返されようとしていることに、本書は強い警告を発しているとも言えるのではないだろうか。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.303 2003年2月15日