【投稿】米・単独行動主義の岐路
<<「ならず者超大国」>>
「Xデーは年明け早々」「遅くとも2月上旬」とされてきた米軍の対イラク先制攻撃が、アメリカの思いどおりには行かない微妙な情勢になってきたといえよう。「決戦の年」2003年の年明け早々、ブッシュ米大統領は、イラクに対して「審判の日が近づいている」(2日)、「武力行使が必要になれば慎重かつ決然と行動し戦いに勝つ。既に準備はできている」(3日)などと大見得を切っていたのであるが、9日、イラクの大量破壊兵器開発疑惑を巡る国連の査察について、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)・ブリクス委員長の「イラクで約2カ月間査察してきたが、兵器開発の決定的証拠は見つかっていない」との発言に出鼻をくじかれてしまった。
1/13、米のフライシャー報道官は「武力行使の状況には至っていない」「大統領は査察官を非常に重要視している」「彼らはまだ任務遂行中だ」などと言いだし、これまで単なるセレモニーとして全く無視していた国連の査察を突如見守る姿勢への転換を見せ始めたのである。何が何でも先制攻撃の突破口を切り開くことに「新帝国」=アメリカのヘゲモニーと政治生命をかけていたブッシュ大統領にとっては不承不承の迂回作戦でもあろう。
同じく先制攻撃論に加担していた英国のブレア首相も1/9、「国連の査察に時間と余裕を与えるべきだ」と発言、9日付のデーリー・テレグラフ紙は「英国は米国に対しイラク攻撃を秋まで延期するよう求めた」とまで報じている。
単独行動主義を旨とし、それを権利だなどとまで振りかざしてきながら、今さら「査察を非常に重要視」などと述べても誰もハナから信じるものはいないであろう。それでもこれは、内外を含めた「イラク攻撃を許すな!」という世論の圧倒的な盛り上がりの兆しにたじろぎ始めたブッシュ政権の孤立化回避の作戦ともいえよう。これを米誌ニューズウィーク(1/8号)は「単独行動主義から国際協調路線へ」「大統領がようやく『大人』になった」と題し、「『ならず者超大国』と呼ばれるアメリカにもわずかながら安心材料がある。事情通によれば、ブッシュの世界観は大人になりつつあるからだ」と皮肉り、「イラクに関する方針が変わった最大の理由は、アメリカ国民は単独で戦争をしたくないということが世論調査で常に示されてきたからだろう」と結論付けている。
<<「まだ止められる」>>
1/18のイラク戦争STOP・ワシントン大行進には20万人以上の人々が結集し、連邦議会から軍艦を集結させている海軍造船所まで行進し、全米各地でもベトナム反戦以来の大規模な行動が展開されている。この大行進を呼びかけたアメリカの反戦運動団体・インターナショナルANSWER(戦争をストップし、人種差別を終わらせるために今行動しよう)は、その呼びかけの中で「ブッシュは世界の平和に対する先制攻撃の脅威だとしてイラクの武装解除に世界の目を集めさせようとしているが、核戦争の本当の脅威と大量破壊兵器の使用はアメリカ合衆国政府から起こっている」として、「イラク戦争ノー」、「アメリカの大量破壊兵器を廃棄せよ」をスローガンに、「われわれはブッシュ政権がわれわれの敵ではない世界の人々を脅かしたり、殺したりするのを止めさせなければならない。われわれはこの戦争が起こるのをまだ止められると考えている」と訴えている。この呼びかけには数千の団体・個人が賛同し、イラク攻撃をストップさせるまでの草の根行動と連続行動を計画している。1/18には日本の各地でもこれまでにない規模で集会やデモが組織され、若い世代の参加が注目される。
当面する最大の山場は、一月下旬である。19日にはブリクスUNMOVIC委員長とエルバラダイ国際原子力機関(IAEA)事務局長がバグダッド入りしている。その後にイラク申告書に関する第2回目の評価報告が査察団からなされ、審議が行われる。ブリクス委員長とエルバラダイ事務局長は、炭疽菌や(ウラン濃縮に使われる)アルミニウム管の問題を例示して、とりわけ1998年以降の情報が「きわめて少ない」と指摘しているが、同時に、査察活動そのものについては「イラクはよく協力している」と述べている。27日に総合的な査察報告が公開で行われ、29日には国連安保理非公式協議が行われる。そしてその間の28日には、注目のブッシュ米大統領の一般教書演説が予定されている。
国連では米英はもはや少数派にしか過ぎない。1月の安保理議長国であるフランスのシラク大統領はすでに9日には、「武力行使は最悪の解決法だ」と断言しており、アメリカが安保理を思いどおりに操縦することは不可能となっている。核兵器開発の証拠提出を期待していたIAEAのエルバラダイ事務局長は「イラクが独力で核兵器を保有するにはほど遠い」とまで言っており、核兵器開発疑惑の証明など不可能な事態である。
<<検閲・削除の中味>>
アメリカをさらに不利にさせているのは、イラク政府が提出した1万2000頁にも及ぶ「大量破壊兵器は所有していない」とする申告書の扱いである。この申告書の扱いについては、非常任理事国に対しては機密に該当する部分が削除された形で配布され、たったの3000頁に減っていたという。常任理事国5カ国の間で米国からの要請により、この削除と検閲が合意され、彼ら核保有5カ国が機密に関わる情報を隠蔽し、独占したわけである。
ところがこの報告書により初めて、対イラク武器供給者の全貌が明らかになったといわれる。この検閲・削除された部分に、外国企業、研究所、政府が70年代半ばからイラクに対して行ってきた供給および支援の詳細なリストが明記されていたのである。とりわけ、米国の企業がその大部分に関与し、その内の24社については、いつ、イラクの誰にその供給が行われたかも明らかになっているという。レーガン政権およびブッシュ・パパ政権が1980年から湾岸戦争直前に至るまでの、イラクに対する武器援助と強力なてこ入れが具体的に列挙され、核兵器・ロケット開発計画には、相当の製造設備が米国政府の承認のもとに供給されていたことも明らかになっている。生物兵器用の炭疽菌も米国の研究所から供給されていた。さらにイラク軍部と兵器専門家・開発技術者は、米国で訓練を受け、技術・情報・知識を伝授されていたのである。フセイン政権の軍事独裁とその支配体制を最も強力に後押しし、大量破壊兵器や化学兵器の開発を促進させてきたという点では、アメリカ自身がもっとも突出していることをこの申告書が証明しているわけである。
この申告書には虚偽記載があり、「重大な違反と隠蔽がある」というアメリカの主張とは裏腹に、これが公開されることは受け入れられるものではなく、そこにはアメリカの軍部や軍需独占体、政府関係者の死活の利益がかかっているといえよう。そこで登場したのがイラク側の挙証責任論である。すなわち、「証明責任はイラク側にある。イラクが持っていないと証明しない限りは、我々はイラクが大量破壊兵器を持っていると確信する」というものである。しかしこんな論理は通るものではない。パウエル国務長官が記者から「イラクの申告書に『重大な違反』があったのになぜイラク侵攻をしないのか」と問われて、「『重大な違反』という言葉は単なる法律用語でしかない」と答えている。ブッシュ政権内部での動揺と暗闘がここにも反映していると言えよう。
<<「旧世代政治」の大変革>>
さらにブッシュ政権にとって事態を複雑にさせているのは、朝鮮半島をめぐる事態である。オルブライト元国務長官の「北朝鮮の核の方がイラクよりはるかに深刻だし、脅威だ」という指摘に対して、北朝鮮には対話路線で、イラクには武力行使という論理が受け入れられないばかりか、やはりイラクに対しては制圧して石油利権、北朝鮮に対しては野放しにして宇宙ミサイル利権を確保という構図が見え隠れしだしていることである。このようなブッシュ政権の利権丸出しの論理は、政権内部でも異論が続出し、ましてや内外世論の理解を得られないという事態を作り出している。12/23には、ラムズフェルド国防長官が、米軍はイラク侵攻と同時の北朝鮮との戦争も「完全に可能」だと記者会見し、「我々は2ヶ所の大規模地域紛争を戦うことができる。我々は1ヶ所で決定的に勝利し、速やかに他方のケースで相手を打ち負かすことができる。その点で何の疑問も抱かせない」と挑発的に語ったのであるが、そのような危険な筋書きは政権内部でさえ相手にされていない。
こうした事態に加えて、韓国の大統領に対米自主政策を正面から掲げた廬武鉉(ノ・ムヒョン)氏が当選した意義が実に大きくなってきていることが指摘できる。「闘う庶民派弁護士」出身の廬武鉉氏が、次々と繰り出される挑発的な北朝鮮側の政策に冷静に対処し、なおかつ「太陽政策の継続」を掲げ、対決と挑発のブッシュ政権に対して「対米自立」の姿勢を堅持しながら、若い世代の圧倒的支持と「旧世代政治」の大変革を要請する世論を背に選挙戦を制し、大統領当選を果たしたことが、朝鮮半島をめぐる情勢ばかりか、対イラク戦をめぐる情勢にも大きく影響を及ぼしていることは間違いない。その意味では、廬武鉉氏の当選は世界史的意義を持っているとも言えよう。
ところがこうした世界史的な情勢の激変の中でも、日本の小泉首相はまたもや“突然”の靖国参拝である。民主党の菅代表の伊勢での年頭記者会見といい、日本の政治の時代錯誤ぶりは目を覆いたくなる事態である。朝日の1/1元日の社説が「不穏な年明けである」、読売が「昭和恐慌再現の危機」と、容易ならざる一年を予測しているが、日本の政治にも「旧世代政治」の大変革が要請されていると言えよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.302 2003年1月25日