<<前向きな可能性と危険な展開>>
3/13、日曜日、ベルリン、ロンドン、ワルシャワ、マドリードなど、ヨーロッパ各地で何万人もの人々が街頭に出て反戦デモに参加、第三次世界大戦にも発展しかねないウクライナ危機の進行に対して、“Stop the War” 「戦争を止めろ」の大きな力強い声が発せられた。
同じ3/13、ロシアとウクライナの当局者
双方が、ウクライナ危機に関する協議の進展について、これまでで最も明るい評価を示し、数日以内に前向きな結果が出る可能性があることを示唆した。
ウクライナのゼレンスキー大統領の顧問であるミハイロ・ポドリャク
(Mykhailo Podolyak)氏が、ロシアが「建設的な話し合いを始めている」と述べ、「我々はいかなる立場でも原則的に譲歩しない。ロシアはこのことを理解している。ロシアはすでに建設的な話し合いを始めている」、「文字通り数日のうちに何らかの結果を出すだろう」、と述べたのである。
一方、ウクライナとの交渉に参加するロシア代表のレオニード・スルツキー(Leonid Slutsky)氏も、「私の個人的な予想では、この進展は今後数日のうちに両代表団の共同見解や調印文書に発展するだろう」と記者団に語っている。
危機解決への前向きな可能性が開かれ、わずかでも希望の光が見え隠れしている、とも言えよう。
だが同じ3/13、ロシア側が、NATO加盟国ポーランドの国境からわずか22マイルのところにあるウクライナの軍事施設を爆撃、少なくとも35人が死亡、数十人が負傷している。「ロシアはリヴィウ近くの国際平和維持・安全保障センターを攻撃した」と、ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相はツイッターに書き込んでいる。
ロシア国防省は同日、ミサイル攻撃を行ったことを認め、最大180人の「外国人傭兵」を殺害し、「大量の」武器を破壊したと主張している。この攻撃は、前日3/12、モスクワがウクライナに流入する西側の武器輸送を「正当な目標」とみなすと述べ、ウクライナへの武器輸送隊を “合法的な標的 “と宣言した翌日の攻撃となったわけである。この「国際平和維持・安全保障センター」なるものは、米軍がウクライナ軍に対戦車ミサイルなどの兵器を配備する訓練や、NATOの軍事訓練用施設として使用され、「NATOの同盟国からウクライナに武器を運ぶパイプラインの重要なリンク」と評価されてきたものである。3/12のモスクワのこの警告を無視、挑発するかのように、バイデン米大統領はウクライナにさらに2億ドルの武器と装備を提供することを承認、発表している。これによって大幅に拡大・迅速化される米・NATOの武器輸送、諜報・攪乱支援の増強は、さらに危険な事態を招き、和平協議の進展どころか、和平協議そのものを妨害し、挫折させ、NATO・米軍の直接軍事介入の事態に進展しかねない危険な展開と言えよう。
米ミネソタ州選出・民主党のイルハン・オマール議員は、このような武器の洪水がさらに極右のアゾフ大隊などネオナチ勢力、「説明責任のない準軍組織」にわたる「予測不可能で、悲惨な可能性が高い」と警告している。
<<ロシア制裁の現実とブーメラン>>
米、英、EU加盟国など、そして日本も追随したロシアへの制裁は、過去に例のないほど厳しいものであることは間違いない。米国財務省は、ここ数日で15の制裁プログラムを発表しており、さらに多くの制裁プログラムが進行中である。これらの制裁の対象は、ロシアの銀行、ロシアの株式や債券、さまざまな決済手段など広範多岐に及んでいる。最も重要なのは、米国がロシア中央銀行の口座を凍結したことであろう。これは史上初めてであり、主要な中央銀行の資産が凍結されたことになる。
さらに、公式な制裁にとどまらない。マイクロソフト、エクソンモービル、シェル、大手航空会社など数多くの民間企業がロシアでの事業活動を停止、VisaとMastercardはロシアからのクレジットカード請求の受け付けまで停止している。GoogleとAppleは、ロシア庶民の携帯電話のモバイル決済アプリまでをオフにしている。公的、私的な禁輸、ボイコットのリストは延々と続いており、ロシアへの経済的影響は極めて大きいと言えよう。
3/13、アントン・シルアノフ財務相は、テレビ局「ロシア1」とのインタビューで、ロシア銀行の金と外貨準備の半分が制裁により凍結されていることを明らかにした。「これは我々が持っていた準備金の約半分です。我々は約6,400億ドルの準備金の総額を持っているが、そのうち約3000億ドルの埋蔵量を使うことができない」のですと述べている。債務支払いはどうするのか、シルアノフ氏は、「ロシアに非友好的で外貨準備の使用に制限を加えている国々に支払わなければならない債務は、これらの国々にルーブル建てで支払うことになる」と強調している。暴落したルーブルを受け取る相手はいないであろう。当然、これらのローンや債券はすぐにデフォルトに陥る可能性がある。
しかしものごとは単純ではない。これらのローンや債券の多くは、米欧金融資本のもろもろのファンドやETF(上場投資信託)に組み込まれ、広範かつ多岐に及んでいる。一挙にリスクを解消しようとすれば、世界的な流動性危機を招きかねず、欧米側の債務不履行につながり、金融パニックが発生する可能性さえある。ロシアは資本規制を行ったので、ロシアの借り手は債権者にドルやユーロで支払うことができない。徐々に長期的にしか対処できないであろう。そのように追い込んだのは米欧側である。回収する手段を自ら放棄したために、同じ制裁がブーメランのように、不安定なアメリカ経済やEU経済に打撃を与える可能性が大なのである。さらにロシア側には制裁を回避して、SWIFT(国際銀行間金融通信協会)以外の世界のもろもろの金融システムへのアクセスを得ることができる手段、あるいは抜け道がある。それらを通じて、ロシアが保有する豊富な石油や天然ガスに対してドルの支払いを受ける可能性が大なのである。テレックスやSWIFT以外のインターネットチャネルなどで取引することも依然として可能である。
シルアノフ氏はさらに、ロシアの外貨準備の一部は中国通貨建てであることも明らかにし、「もちろん、人民元建てで保有する外貨準備高へのアクセスを制限しようとする圧力はある。しかし、中国とのパートナーシップによって、これまでの協力関係を維持し、欧米市場が閉鎖された状況でも、それを維持するだけでなく、拡大させることができると思う」とも述べている。
そしてより重要なブーメランは、ロシア側は制裁への報復措置として、2022年末までに特定の製品や原材料の国外への輸出禁止を確立することを目指していると報じられていることである。ロシアは石油や天然ガス以外にも、相当量の食用作物やアルミニウム、チタン、パラジウム、プラチナ、ニッケル、コバルト、銅など工業生産に不可欠な貴金属を輸出しており、これらが調達できなければ、完成品生産ができないのである。とりわけ窒素、リン酸から作られる肥料輸出に選択的制限がかけられれば、米国、欧州の農場を含め、世界的な影響を及ぼすことは必至である。すでにこうしたブーメランは発生しており、肥料価格は高騰し、その影響は、穀物だけにとどまらず、肉、鶏肉、卵、乳製品の高騰につながっている。
要するに、ロシア経済は制裁にもかかわらず、高コスト、高リスク、低流動性ではあるが、欧米の制裁に耐え、反撃することが可能なのである。問題は、こうした制裁がロシアの国民全体ばかりか、被害が制裁を課している米欧をも含めて全世界に波及することである。その危機の波及は始まったばかりであり、被害は計り知れない。
今やインフレは、押さえられるどころか、ど
こまで悪化するか予測しがたい事態を招き、米中銀・FRBはインフレ抑制のためとしていた金利引き上げさえ設定できない事態に追い込まれている。この2月の米消費者物価上昇率は過去40年以上で最も高い水準、7.9%ににまで上昇している。もちろん、実質賃金はさらに低下している。バイデン大統領は3/11の民主党活動家向けの演説で、高いインフレ率は “我々がしたこと”のせいではないとさえ主張し、”Putin’s Fault”・”プーチンのせい”だと責任転嫁する姿勢を明らかにしたが、最大の上昇となった石油製品の禁輸・制裁措置は3月になってからのことである。
ことここまでに事態を悪化させた最大の責任は、どこにあるのであろうか。まずは、ロシア包囲の軍事同盟NATOをどんどん拡大させ、緊張激化の軍事演習を常態化させ、対ロシアの大量破壊兵器をロシア国境沿いにどんどん布陣、ロシア側の緩和要求をことごとく拒否してきた米欧側にあることは明らかである。緊張激化で潤う軍需産業と石油独占資本と金融資本、ネオコン勢力に後押しされた米バイデン政権と英ジョンソン政権が、支持率がどんどん低下する自分たちの政治的経済的危機を、対中国、対ロシア緊張激化で煽り、まったく不必要な戦争の罠にロシアを追い込み、ロシアをウクライナ危機の泥沼化・長期化に引きずり込んだ結果が現在の事態だと言えよう。しかし、その悪意あるワナは、今や全世界に暴かれ出している。制裁が自らに跳ね返ってきているのである。
そのワナにやすやすとはまり込んでしまった、ウクライナのロシアへの併合などというプーチン氏の大ロシア民族主義の政治的失墜と孤立化、破綻は当然と言えよう。一刻も早く、プーチン政権は、停戦交渉を成功させ、軍を撤退させない限り、再浮上は不可能であろう。
(生駒 敬)