<<「いかなる形態においても、取引は禁止」>>
5/1、トランプ米大統領は、自らのソーシャルメディアに「イラン産原油、あるいは石油化学製品の購入はすべて、今すぐ停止しなければならない!」「イランからいかなる量の石油または石油化学製品を購入する国または個人も、直ちに二次制裁の対象となります。いかなる形態においても、アメリカ合衆国との取引は禁止されます。」と投稿した。
つまり、イラン産原油を購入する国は「米国との取引を一切許可しない」と宣言したのである。現時点では、米国がイラン産原油の購入国に対してどのような制裁を課そうとするのかは具体的には明らかにされていない。しかし、イラン産原油を購入すれば「直ちに二次制裁の対象」となり、「米国との取引はいかなる形態においても」禁止、すなわち、全面禁輸の対象となることを世界に通告したのである。
この全面禁輸措置は、あからさまに中国を対象としたものである。米国エネルギー情報局(EIA)は、タンカー追跡データに基づき、昨年10月に発表した報告書の中で、「中国は2023年にイランの原油とコンデンセート輸出の約90%を輸入した」と結論付けている。
イラン産原油の最大の買い手である中国(日量100万バレル以上、3月は1日あたり180万バレル)は、米国へのあらゆる物品の輸出が即時禁止対象となる。貨物追跡会社のVortexaの配送データによると、イランの石油輸出の90%が中国によって購入されており、次いでインド(日量30万~50万バレルを購入)、トルコ(日量10万~20万バレル)が続く。
中国と米国とのトランプ関税をめぐる両国間の交渉開始が双方から報じられている最中の、突然の「全面禁輸」へのエスカレートである。
そこには明らかにトランプ政権の危険な方針転換が反映されている。ウクライナの鉱物資源取引合意と同時に明らかにされた、ロシア・ウクライナ戦争終結への和平交渉から「手を引く」路線が、同時並行的に、イランとの核開発協議交渉が継続中にもかかわらず、突如「日程延期」が明らかにされるや、強引なイラン直接攻撃論が浮上し、イランの核施設を直接の標的とした「空爆を行う」と繰り返し警告する路線への転換である。
対イラン交渉は、イランのアラグチ外相と米国中東担当特使のウィトコフ氏が主導しているが、アラグチ外相は、日程延期の理由を「物流面および技術面の理由」だと述べ、「イラン側としては、交渉による解決を確保するという決意に変化はない」ことを明言している。「我々は、公正でバランスの取れた合意を達成するという、これまで以上に強い決意を持っている。制裁の終結を保証し、イランの核開発計画が永遠に平和的に維持されるという信頼を築きつつ、イランの権利が完全に尊重されることを保証する合意だ」と、対米協議続行を堅持している。
<<破綻せざるを得ない路線>>
5/1、そのようなイランの確固たる決意と路線を無視して、ヘグゼス米国防長官は「我々はフーシ派へのあなた方の致命的な支援を認識している。あなた方が何をしているのか、我々は正確に把握している」、「米軍の能力はあなた方もよくご存じでしょう。そして警告もしました。我々が選んだ時と場所で、あなた方は報いを受けることになるでしょう。」との「イランへの警告」メッセージを発している。イエメンのフーシ派の行動に対する攻撃から、イランへの直接攻撃路線への転換である。イラン外務省はこの脅迫に対し、「挑発的な発言」は外交を損なうものだと反論し、「イランに関する米国当局者の矛盾した行動と挑発的な発言の結果と破壊的な影響に対する責任は、米国側にある」とたしなめている。
5/2、イラン外務省は声明を発表し、イランは外交プロセスと交渉を継続することを約束しているが、「国際法に違反し、イランの人々の権利を標的にする圧力と脅威を受け入れない」と断言し、イランに対する継続的な違法制裁と「経済パートナーへの圧力」を非難し、「イランの人々の権利を保証する公正な合意に達する」と述べている。
トランプ氏の対中全面禁輸路線は、このような対イラン協議からの撤退路線への傾斜を背景として、突如打ち出されたものである。
しかし、この路線は、SNSで突如表明しただけである。政権内部で協議した形跡すらない。国防長官の挑発的なメッセージ以外は、関係閣僚も黙したまま、だんまりである。ホワイトハウスからの公式声明すらない。まったく、個人的な、思い付き、感情に任せたエスカレート、一方的表明とさえ言えよう。まさにトランプ政権の個人主義的、独裁主義的性格を露骨にさらけ出している典型でもある。その醜態は、SNSで自らが法皇となった姿を誇示して、満足している姿と相似形である。
ところが、米大手メディアはこのニュースをほとんど無視して、報じていない。国務省報道官のタミー・ブルース氏が、しぶしぶこれが米国の政策であり、中国が標的になっていることを確認しただけである。
5/2、米国商務省報道官は、米国高官が最近「複数回」中国に接触し、関税交渉開始を希望していると述べている。しかしこの発言は、5/1のトランプ氏の宣言と全く矛盾していることに気付いていない。そもそも、全面禁輸措置の対象国と話し合う余地など存在しない、関税以前に全面禁輸なのである。言っていることも、やっていることも相反している。
中国商務省の声明は、「米国が交渉を望むのであれば、誠意を示し、誤った慣行を是正し、一方的関税を撤廃する用意を示すべきだ」と明確に述べている。会談を強制や脅迫の隠れ蓑として利用しようとしても、中国には通用しないであろう。全世界が監視しているのである。
いずれにしても、トランプ氏の対中「全面禁輸」路線は、「アメリカの驚くべき自傷行為」の典型ともなろう。順不同に列挙すれば、
* 全面禁輸によって、中国を事実上米国経済から切り離すことにより、大量失業とハイパーインフレのリスクが高まる。
* サプライチェーンが急速に崩壊し、大小売店の棚が空になるばかりか、自動車生産の停止、医薬品危機の発生、失業率の上昇が必至となる。
* 米ドルの下落をさらに加速させ、BRICS諸国の存在意義を高め、米国経済の優位性をさらに低下させる。
* イランは報復としてホルムズ海峡を封鎖し、原油価格を急騰させ、エネルギー危機を悪化させる可能性がある。
要するに、このトランプ氏の「対中全面禁輸路線」は、米国を経済的自滅の危機に追いやる可能性が大である、破綻せざるを得ない、と言えよう。
(生駒 敬)