【本の紹介】「国家の罠–外務省のラスプーチンと呼ばれて」

【本の紹介】「国家の罠–外務省のラスプーチンと呼ばれて」
                  佐藤 優著 2005年3月15日 新潮社
 
 先の衆議院選挙を通じて、小泉は郵政民営化を掲げた自民党内の旧「守旧派」を切り捨てた。守旧派とは何であったのか。それは、日米同盟を前提にした「平和主義」、軽武装・経済重視の中で、経済発展を確保できた時代の自民党内の「実力者」達であった。それに繋がる議員達は、衆議院圧勝の過程の中で、声を挙げることもできず、小泉にひれ伏す事となった。道路特定財源の一般財源化について、旧道路族は、「抵抗する」こともできないでいる。
 小泉改革、「自民党をぶっ壊す」という意味が、「軽武装・経済重視」の時代が終わり、軍隊としての自衛隊の登場、アメリカとの軍事共同体制に突き進むために、余分な贅肉を削ぎ、身軽な政府=「小さな政府」をつくりあげるためではないか、とも私は思っている。
 今回の郵政守旧派切りに先立って、外交面、特に対露外交において、影の実力者であった鈴木宗男が切られている。今回紹介する元外務省職員佐藤優氏の著書「国家の罠」は、鈴木が何故切られたか、どのように切られたか、そして自らも東京地検特捜部により国策捜査の対象として逮捕され、512日間の拘置所暮らしを強いられた過程をドミュメント風に綴られた著作である。今秋、毎日出版文化賞を受賞し、8万部を越える販売を記録している話題作でもある。
 
<我が家=拘置所にて、日朝首脳会談の報を聞く>
 著者は非常に冷静な方だと思う。本書序章は、2002年9月17日のことが書かれている。この日は拘置所生活127日目、ちょうど拉致問題が明らかになった日朝首脳会談の日である。内政で得点の上がらない中で、外交的賭けに出たな、という印象をもったそうだ。「拉致問題での何らかの成果」が期待できそうなリークが事前にあったのも異例でもあり、政治的意図が感じられたという。著者は「パンドラの箱」を開ければ、一層外交交渉は厳しくなること。ナショナリズムの世界では、より過激な見解が正しくなるからだ。
 著者は、ソ連時代からソ連崩壊にかけて、モスクワに赴任しており、保守派による1991年8月のクーデターの時の思い出を語る。内政と民族問題を担当していた著者は、日本大使館幹部がゴルバチョフ派を重視するなか、共産党の保守派を担当し、クーデターの首謀者側の人物とも通じていた。ゴルバチョフ大統領が軟禁されたわけだが、安否は闇のなかだった。その中で、ロシア共産党幹部のイリイン中央委員会第二書記から、ゴルバチョフ生存情報を引き出したという。
 著者は「人間は内側から崩れる。常に冷静さを失わないことだ。・・・もっとも重要なものは自分との闘いだ。」と自分自身に言い聞かせたのである。

<日露北方領土交渉をめぐって、田中と鈴木の確執>
 「第2章田中真紀子と鈴木宗男の闘い」では、日露交渉の経過を中心にして、小泉内閣誕生・田中真紀子外務大臣と鈴木宗男議員との確執、外務省の内幕などが語られている。小泉首相発足の頃には、外務省機密費問題などで信頼が揺らぐなかで、田中大臣が就任。小泉政権発足時の人気沸騰の要因の一つに国民的人気のある田中真紀子の外相就任が上げられるが、就任してみると外務省内部では一層混乱が進み、外務省幹部は田中追い出しを画策し、外交に詳しい鈴木宗男の政治的影響力を利用したのである。田中が出て行ったあとには、知りすぎている男、鈴木宗男は用済みとなり「整理された」。その鈴木と関係の深かった佐藤氏も「整理された」のではないか、と著者は分析している。
 田中の外相就任から更迭までの9ヶ月間は、70頁に渡って語られている。田中角栄・ブレジネフ会談における「4島一括返還」論に固守する田中外相就任発言に始まり、大臣による強行人事、アーミテージ国防副長官との会談ドタキャンなど話題に事欠かない。2島先行返還論とも見られる東郷和彦欧州局長との確執は、鈴木宗男を背景にしていることもあり、大臣対鈴木、田中よりの幹部対鈴木寄りの幹部の確執を生み出したが、田中によって鈴木の影響力を削ごうとした外務省幹部も田中による米国務省緊急連絡先を記者団に漏らしてしまうという失態以降、田中追い落としに向かったとされる。
 そして、最後は外相更迭、鈴木の衆議院運営委員長辞任という両成敗で終わるのだが、更に「知りすぎた男」鈴木宗男に対して、おそらく小泉の筋だろうが、決定的な追い落としの幕が開いていくことになる。
 
<マスコミ総出の鈴木追い落とし>
 私も記憶しているが、アフガニスタン復興会議(2002年2月)に二つのNGOが出席を拒否されたという話である。著者は、外務省幹部がそのシナリオを書いて、モスクワで鈴木に了承を得た下りを述べている。鈴木が横槍をいれて二つの団体をはずした、鈴木は強引に外交に介入している、という印象を与えた「事件」であり、報道であった。すでにこの時、ボタンは押され、包囲網は狭まっていた。
 2002年2月20日には、「ムネオハウス」問題が、共産党の佐々木憲昭議員によって取り上げられる。外務省の内部文書の暴露によってである。著者は、「・・外務省内部の権力闘争に勝つためには共産党と手を握ってもよいというところまで一部外交官のモラルが低下したということを意味している」という。
 いよいよ鈴木バッシングが本格化する中、「鈴木宗男の運転手をしている外務省職員」などと、著者佐藤氏への風当たりが強まり、国際情報局から外交資料館に「官邸の指示」により、異動となった。そして、外交資料館で著者は、2002年5月14日逮捕されることになる。
 
<背任罪で逮捕され、国策捜査始まる>
 著者にかけられた第一の容疑は、2001年1月テルアブブ大学教授を訪日招待しての学術交流会の開催、及び同年4月テルアビブ大学主催の国際学会に日本の学者・外務省職員を派遣するにあたり、「支援委員会」の予算(3300万円)を使ったことが「背任罪」にあたる、というものである。第二は、国後島ディーゼル発電事業を巡る偽計業務妨害容疑であり、背任罪での逮捕以降に、同容疑で再逮捕となった。
 支援委員会と言われているは、旧ソ連構成国への改革支援を目的とした国際機関で、現実には日本が主体の機関であり、北方領土への支援も行っていた。また、予算の支出にあたっては、外務省内で正規の決済を経ており、著者一人の罪を問うというのもおかしな話であろう。第3章作られた疑惑、第4章「国策捜査」開始、第5章「時代のけじめ」としての「国策操作」、第6章獄中から保釈、そして裁判闘争へ、の4章は拘留期間512日に及ぶ、著者と東京地検特捜部との闘いの記録ということになる。この部分は、西村検事をはじめとする特捜部との攻防戦を通じて、著者が「自分との闘い」を貫徹していく読み物として、非常に興味深いものである。
 ロシア情勢に詳しいのが、イスラエルであり、第一人者がテルアビブ大学ゴロデツキー教授であること、学術研究・交流の形をとった情報活動であったこと。領土交渉の一環としての経済援助の経過などなど、日露問題の見方に貴重な視点を見出すことができると思われる。
 
<親米主義とナショナリズムの昂揚>
 著者は、小泉政権の誕生によって、特に外交において日本国家は確実に変貌したと指摘する。第一は、外交潮流の変化である。著者は、従来大きな意味での親米主義である外務省にあった潮流を三つに分類する。第1は「狭義の親米主義」である。冷戦に勝利したアメリカの一人勝ち時代が長期に継続すると考え、中国やロシアとの余計な外交ゲームは慎むべしという考え方。第2は、「アジア主義」。冷戦の崩壊によって、かえって世界は不安定になる、アジアに位置する日本は、中国をはじめとするアジアとの安定的関係の樹立に国家戦略の軸を移すべきとの考えかた。第3は、冷戦の崩壊はイデオロギーの崩壊であり、反共イデオロギーもまた意味を成さなくなる。日本・アメリカ・中国・ロシアの4大国によるパワーゲームの時代なのだから、中国の脅威に対して日米露で協調すべきという「地政学論」の考え方である。こうした潮流が、小泉政権の登場によって、そして鈴木追い落としの過程で「狭義の親米主義」だけが残ったという。「「ポスト冷戦後」の国際政治に限りなく「冷戦の論理」に近い外交理念で対処することになった。」
 第二は、ポピュリズム現象によるナショナリズムの昂揚をあげられる。国民の大多数が「何かに対して怒っている状態」が続くようになったという。対象は変化するが、怒りの対象は100%悪く、それを攻撃する世論は100%正しいという2項図式である。当然、排外主義的ナショナリズムが急速に強まっていると。
 第3は、官僚支配の強化である。小泉政権によって官邸の力が強くなった。官邸への権力集中は、国会の中央官庁への影響力を弱め、結果として外務官僚の力が相対的に強くなっているという。
 
 <裁判闘争は続く>
 2005年2月17日第1審判決(懲役2年6ヶ月執行猶予4年)、著者は即日控訴した。鈴木宗男は、9月の衆議院選挙で地域政党「新党大地」から立候補して当選。議員の権利である「質問主意書」を連発して、外務省との攻防を続けている。佐藤氏、鈴木宗男両氏とも、週刊誌、月刊誌に数多く登場して、現政権批判をしている。大いにやってもらいたい。
 ただ、鈴木宗男についての私の印象は良くない。食肉汚職で市長辞任した羽曳野市の福谷剛造氏の集いには必ず鈴木宗男は出席していたと聞いているし、本書の中に描かれる政治家としての鈴木宗男とは違和感もある。
 しかし、現在の小泉政権下の自民党議員は、圧倒的多数とは言え、「イエスマンの集合」になった。「烏合の衆(衆議院議員)」のようなものである。気骨のある政治家は、マスコミには登場しない。いずれ飽きがくるに違いない。そうした中、ホームページも「闘争的」な鈴木宗男衆議院議員を少し評価しても良いのかな、とも思う。
 本書は、日露交渉の経過や外交の現場を見事に描き出しているし、地検特捜部との攻防も読み物としても大変面白い。多くの方に読まれているのも頷けるというものであろう。(佐野秀夫)

 【出典】 アサート No.337 2005年12月17日

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