【投稿】 米大統領選 クリントン圧勝の明暗

【投稿】 米大統領選 クリントン圧勝の明暗

<<米大統領選でも史上最低の投票率>>
米大統領選は、現職クリントン氏の圧勝に終わった。しかし先頃の日本の総選挙と同じく、「今回の選挙戦は全く盛り上がりに欠けるもの」(ニューヨークタイムズ)で、投票率も70年ぶりに50%を切るほど低調で、49%という史上最低の投票率となった。18歳以上の有権者人口1億9600万人の内、35%の有権者がそもそも選挙権の登録すらしなかったのである。しかも登録した有権者でも、その内の16%が棄権している。
クリントンの得票率は過半数に達せず、49%、一方、共和党のドールは41%、改革党のペローが8%、その他が2%の得票率であった。このその他には、今回初めて緑の党が直接、候補者を擁立、立候補したラルフ・ネーダー氏が獲得した58万票が入っている。氏は、環境問題と消費者運動のリーダーとして、民主主義を破壊している現在の政治体制、独占的大企業への補助金の廃止、独占的行為に対する規制強化、軍事費の大幅削減、在外米軍の撤収、等を掲げて闘い、注目されたが、少数政党に設けられたさまざまな障害のために、22州と首都ワシントンでしか候補の登録が出来なかった。

<<共和党にすり寄る「抱きつき戦法」>>
4年前、クリントン氏は冷戦体制終焉後の「変化」「変革」を掲げて、冷戦体制の中で疲弊した米国の再生を掲げてさっそうと登場したのであるが、今回は「アメリカの価値を守る」という保守的なスローガンを掲げ、民主党の重心を右の方に移すことによって、共和党の主張にすり寄る「抱きつき戦法」を前面に打ち出した。それは2年前、94/11の中間選挙で、「保守政治の復権」を掲げる共和党の攻勢の前に、汚職と腐敗の処理に右往左往して、民主党が40年ぶりに上下両院で多数派の座を失った苦い経験からの教訓でもあった。しかしそのことは、明確な争点をなくさせ、莫大な資金が投入されたが低調極まる空騒ぎにさせてしまったともいえよう。
当初の世論調査では下院を民主党が5-10ポイント差で支配するとの結果が出ていた。しかし選挙戦最終盤になってホワイトウォーターからセクハラにいたる大統領の疑惑に選挙資金問題が加わり、投票日の出口調査では、有権者の過半数が大統領を信用できないと判断し、それでも「ドール候補と比べれば、大統領の方がましという程度」であった。結果として、議会選挙の方は、当初の予想ほど民主党が伸びず、上院では民主党が2議席減らし、共和党が2議席増(民45:共55)、下院では民主+6、共和-13(民204:共223)で、上下両院とも共和党が過半数支配を維持することとなった。
大統領も議会も一党が支配してはまずい、一定の歯止めとタガをはめておこうという有権者のチェック・アンド・バランスの反映ともいえようか。日本の総選挙でも、自民党の復権を許したとはいえ、過半数獲得を許さなかった「絶妙のバランス感覚」がここでも貫かれたと言えるのであろうか。

<<ドール氏の唯一の目玉「15%減税」>>
不信と疑惑の中でもクリントンが勝利し得た背景には、クリントン自身が繰り返し強調したように、共和党政権時代と比較した経済情勢の好転が上げられる。と言っても実態は、マイナス成長してはいない程度ではあるが、実質経済成長率が潜在成長率とされる2.5%を超えており、物価上昇率は3%をかなり下回る水準を続け、失業率も、就任時の93/1=7.1%が5.2%まで低下している。それにともなって、財政赤字も、92会計年度=2900億$、対GDP比4.9%が、96会計年度=1160億$、1.5%へと縮小してきたのである。
クリントン政権がこれといった財政赤字削減政策に取り組まなかったにもかかわらず、成長率の回復と企業業績の好転、それにともなう税収増によって財政赤字が縮小してきたといえよう。さらに貧困層(4人家族で年収1万5569億$以下)についても、95年に前年比160万人減少、全人口比14.5%から13.8%へ減少している。株価は新高値を更新し続け、過去2年間で3000$台から6000$台へとほぼ倍増している。
こうした事態の中で、共和党のドール候補の、唯一のきわだった政策は「15%の減税」であった。クリントン氏の疑惑だらけの人格攻撃を別とすれば、これがほとんど唯一の目玉商品であった。しかしこれは、共和党が94年中間選挙以来、「アメリカとの契約」という公約の柱に据えた、財政均衡、福祉予算・教育予算の大胆で大幅な削減、と一体のものであり、「小さな政府」、「個人の責任」の名の下に、所得格差、貧富の格差、少数派・マイノリティとの格差をより一層拡大させるものであることは、誰の目にも明らかになってきたことであり、共和党の支持者自身が「15%減税」を半信半疑でまともに信じてはいなかったのである。
これも日本の総選挙で、新進党が消費税の3%凍結と18兆円減税を掲げた、急場しのぎの迎合路線で、逆に不信を買い、自滅せざるを得なかったことと符合しているとも言えよう。

<<「二つの暗礁」>>
こうした共和党の自滅路線が、「より害の少ないクリントンに投票」(ニューヨークタイムズ)させ、クリントン自身がその共和党の政策にすり寄って大統領の座を確保したとすれば、今後の事態はとても楽観できたものではないであろう。
公約の2002年度までの財政収支均衡実現のためには、メディケア(老齢者医療費補助)、メディケイド(低所得者医療費補助)、社会保障給付などエンタイトルメント(義務的支出)削減に着手しなければならない。
すでにこの8月には、共和党へのすりよりの証として、福祉改革法に署名している。これによって、1200万人の生活保護所帯の母親達に2年以内に就職することを要求し、生活保護費の支給を生涯5年間に限定、食料補助券の支給も大幅に削減される。
クリントン就任後の経済成長期間は、すでに5年半を経過しており、96年第三四半期の成長率は前期の半分以下にとどまり、停滞の兆候が出始めていることは間違いない。そして過去数年間、縮小し続けてきた財政赤字も、来年度は増大に転じる見込みが明らかにされてきている。
一期目は「変化」のスローガンの下に女性とマイノリティを積極的に閣僚に登用したが、今回、クリントン氏は二期目のレイムダック化を防ごうと「超党派」「中道寄り」「共和党との協調」を掲げ、共和党員を閣僚に起用しようとやっきになっている。これも日本で言うところの保・保連合であろうか。こうした連合は事態をさらに悪化させる危険性を秘めているといえよう。
さらにクリントン政権は多くの疑惑と腐敗にも囲まれている。本人のセックススキャンダル、セクハラ、ホワイトウォーター事件、次席法律顧問の自殺、クリントン夫妻の汚職疑惑、ヒラリー夫人の偽証罪の疑い、泥沼化する不正ヤミ献金疑惑、相次ぐ閣僚の不正疑惑、大統領周辺で謎の死を遂げた26人の死体リスト、等々、かつてのニクソンの二の舞に追い込まれかねない事態が目白押しである。規模は違うが、日本の政界・官僚・財界の腐敗・堕落と同根とも言えよう。二期目の航海には恐ろしい暗礁が二つあるという。「一つはスター検察官が用意しているクリントン夫妻への刑事起訴状、もう一つは米国経済の停滞化だ」(ウォールストリート・ジャーナル)。日米両政権の新たな再出発には、無視し得ない共通性が浮かび上がっているのではないだろうか。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.228 1996年11月23日

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