『詩』 揺らぐ自画像
大木 透
自画像のバックに
ゲノムだのDNAなどの絵柄を
ぼんやりと浮き出させる手法が
流行っているという
俺は
こんな高価なキャンパスは
手に入らないから
せめて
鏡の前に座って
後ろの壁に
天体図やら
世界地図を
張りつけてみる。
数世紀前の聖人のように
落ち着いて
遠くを見る眼差しをして
悟ってはいるが
まだけっして満足はしていないという
意気がったポーズをしてみる。
すると
地震でもないのに
妙に頭がくらくらしはじめ
めまいもして
座っていられなくなる。
俺自身か
バックか
鏡のせいか。
俺は立ち上がり
バックの世界地図を
最新のものに取り替えてみる。
天体図に
新発見の星雲を
書き込んでみる。
おまけに
俺自身の自分史年表を
まん中に据えてみる。
それでも
お流行の「揺らぎ」は
いっこうに収まらず
とうとう
俺は
鏡を
近所の眼鏡屋に持込み
眼鏡と一緒に
計測してもらう
店主は
「何にこだわっているんですか?ばかばかしい」
と仏頂面をしたが
代金は受け取らず
問題なしと診断を下してくれた。
俺は嬉しくなって
帰りにラーメンを喰って
意気揚々と
引き上げてきて
どっかりと
椅子に座りなおして
コンテを軽く握って
俺を凝視するが
前にもまして
揺れがひどくなる。
全部の道具だてを
いっぺんに動かしたのが
誤りのもとかもしれない。
俺は
今度は
ひとつずつ
ファクターを替えてみるが
その組合わせの
なんと多いことか。
とうとう
俺は諦めて
目が回るままに
手を震わせ
一進一退の
自画像を描く。
(1994.1.21)
【出典】 アサート No.195 1994年2月15日