青年の旗 1978年11月1日 第21号

青年の旗 1978年11月1日 第21号

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【主張】 鄧小平来日と危険な同盟

<「新時代」の意味>
鄧小平副首相の来日は、確かに「日中の新時代」を画するものとなった。しかし、その意味は、ジャーナリズムが描くような「アジアの平和への寄与」 にではなく、日本が「中ソ等距離の立場をやめ、中国に傾斜する」という「戦後世界政治の大きな転換の一つ」(ワシントン・ポスト紙)を行い、「アジアの新らたで危険な緊張激化の火種」を生み出した点にある。
日本政府は、「日中条約」が反ソを意味するものではなく、すべての国との平和友好を願う日本の”全方位外交”の路線上にあると必死に印象づけようとしてきた。しかし、その化けの皮は鄧小平のみならず福田自身の発言によって剥がされた。
鄧発言によれば″覇権主義反対″は「条約の核心」(25日記者会見)であり、それをうたい込んだことは「国際条約の中における一つの創挙(はじめての出き事)」(23日歓迎会での挨拶)であった。そして、この規定は「中日両国自身を拘束し、覇権を求めない義務を担うものであると同時に、国際の安全と世界の平和を脅かす当面の主な根源である覇権主義に手痛い打撃を与えるもの」 (同右)なのである。
つまり、″覇権条項”は、単なる抽象的な理念の表明や言葉の言い換えではなく、条約の根本精神であり、具体的な特定国への政治的打撃を狙った現実の政治的行動である。その行動は、「ある行為についてそれが覇権にあたるかどうかを中国と話し合ったり、結果的に日中共同で覇権かどうかの意思を表明することもありうる」(園田外相、国会答弁)かなり緊密な共同行動も含んでおり、政治的同盟を意味するものである。

<ソ連主敵を確認>
「中日両国が現実的脅威に直面している」その覇権主義が、はっきりとソ連を指していることも明確に語られた。鄧小平が、「新らたな世界大戦の危険」として挙げたのは、「ソ連は核軍備と通常兵器を強化している」 (福田・鄧会談)ことだけだった。一方福田は、「これ(全方位外交)は等距離を意味しない」「世界の現状の中では、日本への侵略があるかも知れない」ので、安保と自衛力で「日米共同して日本を侵略から守ることにしている」と鄧小平に弁明した。ここに至って、日中両首脳は、覇権に侵略の国がソ連と認め合って会談を進めたのである。
更に、「日米安保支持、日本の自衛力強化当然」の鄧発言が出るに至るや、反ソを核に結ばれた日中同盟が一層軍事的色合いの濃いものとして浮かび上がってきた。従って、アメリカが「(アジアに関する限り)ソ連に文句をつけられる筋合いなしに、自国安全保障を強化」することができた(ワシントンポスト紙)と、ほくそ笑んだのも当然だった。

<国際世論からも危険視>
”覇権条項”を含む対中条約は、諸外国にとって”火中の栗”である。アメリカでさえ対ソ・対中関係はあくまでもビジネスライクであれ、と慎重に構えている。それを敢えて拾い上げた福田と日本独占の狙いは、勿論中国市場にある。石油公団の権限を拡大して乗り出そうとしている珠江油田を始めとする原油や三倍近く伸びたプラントなど機械類、それに鉄鋼、肥料、化学と財界の触手は活発に動いている。
しかし、目先きの果実を得ようとして決断した、世界で類をみぬこの重大な選択は、将来世界からの孤立を招くことになるだろう。
第一に、ソ連に対する領土要求や反ソ冷戦緊張激化政策は、世界の平和共存の巨大な流れに逆行し、手厳しい経済的政治的打撃を日本は被むるだろう。第二に、東南アジア諸国は軍事大国でもある日中の共同進出に警戒心を一層強めており、フィリピンのマルコス大統領は、「アジアの二大国の関係強化で、アジアの他の国々が脅威を感じてもそれは自然だ」とさえ語っている。

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