【投稿】ワクチン敗戦

【投稿】ワクチン敗戦

                     福井 杉本達也

1 「このままじゃ政治に殺される」

5月11日の朝日・読売・日経の全国三紙・見開きに第二次世界大戦末期・米軍との本土決戦に備える少女の竹槍訓練の写真と新型コロナウイルスのイメージ画像をコラージュした「ワクチンもない。クスクもない。タケヤリで戦えというのか。このままじゃ、政治に殺される。」と訴える「宝島社」の全面広告が掲載された。

菅首相は5月7日、緊急事態宣言を5月31日まで延長するとしたが、記者会見で「新型コロナウイルスのワクチンについて1日100万回の接種を目標とすると表明した。」6月中には一般向けの接種も始めるとした(日経:2021.5.8)。東京大学物性研究所の押川正毅氏は、こうした政府の考え方を、物理学者「ファインマンが何度も指摘した 『計算はできるけど、計算と現実を対応させられない人』『3600万*2/90は?』『高齢者が3600万人、1人2回接種。3ヶ月で全員接種完了するにはどうすれば?』『スピード感を持って躊躇なく実行』(押川正毅2021.5.4)と皮肉っている。日経によると、4月12日に始まった高齢者接種では、5月6日時点で打ち終わった人は24万人、接種率はわずか0.3%、最も多かった日で2万1,602回、「7月末から逆算して、接種回数を1日100万回に引き上げなければ到底間に合わない」。最大のネックは担い手の確保だ。「接種場所を上積みできるかも課題…計画する全ての会場で接種を行うには10万人規模での医療従事者の上積みが必要となるが、確保には不安が先立つ」(日経:2021.5.9)と書く。大阪府の人口100万人あたりコロナ感染による死者数は1週間平均で22.6人/日と最大の感染国インドの19.3人を上回った。11日には最多の55人も亡くなった。国家の最高指揮官が「机上の空論」としての「虚ろな目標」を掲げるものの、もはや誰も指揮官の言葉を信じる者はいない。いつから日本はこのような情けない国になってしまったのか。

 

2 EUからのワクチン2400万回分が行方不明に?―全く無能の日本のロジステック

政府はワクチン接種の遅れについて「3⽉末からEUがワクチンの域外輸出を規制したことで、輸⼊が⼤幅に遅滞しているため」であると説明してきた。ところが、4月22日のBloombergが「EUから1月末以降出荷のコロナワクチン、日本へが最多の5230万回分」と報道したことに対し、内科医の上昌弘氏が「これは、一体日本のどこにあるんでしょうね。」とツイートした(2021.4.26)。上氏には全く失礼だが、フェイクニュースではないかと疑ってしまった。まさか日本政府がこの危機的な時期に最も重要なワクチンの輸入総数を把握しきれていないとは思わなかった。

5月3日付けの日経は「欧州連合(EU)は4月末までに日本向けに5230万回分の輸出を承認したと発表したが、日本政府が確認に手間取る場面もあったと報道した。「EUは製薬会社に対し域内で製造したワクチンの出荷計画を事前に申告し、許可を得るよう義務付けている。」EUが公表した1月30日~4月27日にの状況では「44カ国・地域に1億4,800万回分の出荷を承認し、このうち5,230万回分を日本が占めた。」。ところが、「日本政府は4月25日の時点で国内に到着していると確認していたのはファイザー製の2800万回分ほどだった」。「河野太郎規制改革相は27日、ツイッターで『日本向け5230万回分』と紹介したのに対し『数字が違うので、確認してもらっています』」などというEUの把握に誤りがあるようなとぼけた書き込みをした。しかし、「日本政府はEUの承認状況を十分把握できていなかったとみられ、関係省庁は情報確認に追われた」(日経:2021.5.3)と報道せざるを得ない状況に追い込まれた。ロシア・Sputnikも、「EUからワクチンが出荷された43カ国の中で最も多い量だ。国内接種の遅れについて、⽇本の政府当局者が供給上のボトルネックが理由の⼀つだと指摘してきただけに、⽇本向けワクチンが⼤量に存在するとの事実は国⺠をいら⽴たせている。EUのワクチン輸出の統計についてはブルームバーグ・ニュースが22⽇に最初に報じ、その後、EU当局が発表資料で確認。⽇本ではツイッター上でアナリストや医師、野党政治家がこれに⾔及し、『ワクチンはどこにあるのか』との疑問が⾶び交った。」とより正確に報じた(Sputnik:2021.4.30)。政府に忖度する日本のマスコミはこの政府の大失態を無視したままだ。日本のロジェステック能力のなさが国際的に明らかになった。

 

3 あるのは「机上の空論」のみ、達成の手段を考えない―ワクチン敗北

米国のワクチン接種率は37%、英国は約36%だが、日本国民の接種率(4月末時点)はわずか1.3%と経済協力開発機構(OECD)加盟国37カ国で最下位である。菅首相は1日100万回を目標とし、「7月末までに高齢者のワクチン接種を終わらせろ」と言明したそうだが、現実は厳しい。4月末の厚労省の全国の地方自治体調査では、1741の市町村のうち6割以上の1100の自治体が「7月中に高齢者のワクチン接種完了はできない」と回答している。 「ワクチンが国から届かない」「予約を受け付で現場が大混乱」等々。日経によると、現在の自治体の稼働している会場は1万ケ所程度で、「おおむね医師は1.1万~1.2万人、看護師は1.4万人ほどの体制で臨んでいる」が、これを「1日80万回の接種を実現するには、医師と看護師による1万組ほどの体制で接種する場合、土日や祝日も休みなしで1日80回打たなければならない…1時間当たり十数回で、いまの体制では現実的でない。少なくとも各自治体が想定している計画を実現するには10万人規模で人材上積みが必要になる。」と計算する(日経:2021.5.2)。

日本は目標の立て方に戦略性がない。感染の拡大防止なのか、年齢層なのか、自治体間の公平性なのか、接種の公平性なのか。どのようにロジステックをするのか。時期は。資金はどのように調達し、どこに重点配分するのか。米国では既に18歳以上の4割が2回の接種を受けている。「スピード重視」、「証明書不要、予約なしでも」、「ワクチン接種の現場から感じるのは、細かな無駄は気にせず、とにかく圧倒的な物量で兵たんを充実させ、最後に勝てばいいという思想」でワクチン接種を行っている。緊急事態であるから、当然、人的資源も物的資源も不足している。『完璧』を求めることは不可能である。無駄もできる。その中でワクチン接種を優先するとするならば、どこを切り捨てるかを判断しなければならない。ワクチンが感染率を下げるとするならば、スピードを重視して公平性を後回しとすることも一つの方法である。むろん、十分なワクチンの確保が前提だが、EU発表資料から判断すれば、他の諸国より相当の量を既に確保している。

4 PCR検査でも敗北

厚労省は当初、PCR検査でも病床や医療資源が逼迫するとして、検査を37.5℃かつ4日間は受け付けないという厳しい制限を設けた。既存の感染症病床数や保健所の人的・検査機器の体制に検査数を合わせようと試みた。大学や民間の検査機関を利用すればその何倍もの能力があるにもかかわらずである。平時の体制に無理やり現実を合わせようと逆算したのである。日本ではいまだに感染状態の把握ができていない。「⽇本の感染者が多いのか、どこでどれくらい流⾏しているのか、正確な状況がわからなければ、対策の⽴てようがない。このためにはPCR検査体制を強化すべきだ。コロナ感染はPCR検査をしなければ診断できないからだ。ところが、厚労省は『PCR検査抑制』の姿勢を貫いている。」⼈⼝1000⼈あたりの検査数では、⽇本の検査数は英国の28分の1、⽶国の5分の1である(上昌弘:2021.5.1)。上昌弘氏は別の個所で厚労省関係者の話として、「『厚労省は検査を拡大する気がないからです』という。この人物は、その理由として『感染研と保健所に大規模な検査を遂行する実力はなく、検査拡大を認めれば、彼らの情報や予算の独占体制が崩壊するから』」と書いている(上昌弘:2021.4.8)。

5 憲法の「緊急事態条項」

4月7日付けの日経は「コロナ、統治の弱点露呈」との見出しで、「いまも止まらない新型コロナウイルスの感染拡大は、日本の統治機構の弱点を浮き彫りにした。デジタル化の遅れや国と地方のあいまいな責任と権限、既得権が臨機応変な対応を妨げ、政治主導の動きも鈍かった。」「官僚は既存の法や制度にとらわれる。危機時にそれを突破するのが政治の役劃といえるが、その政治も既得権の壁を越えようとしない。」(日経:2021.4.7)と嘆くが、「デジタル化の遅れ」や「国と地方の責任と権限」、「既得権」、「既存の法や制度」といった個別制度だけをあげつらう問題ではない。

個別制度の欠陥を指摘するだけでは「『医療逼迫が起きたらコロナ専用病院をつくる必要があるが、今のスキームでは不可能だ』・自民党の下村博文政調会長は3日、東京都内で開かれた改憲派の集会でこう指摘し、緊急事態条項創設を訴えた」(時事:2021.5.10)というような「コロナ禍」を“好機”とみなす「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型資本主義)の考え方が出てくる。しかし、「コロナ専用病院」をつくるにしても、医師や看護師、医療資材の投入はどうするのか。これは「スキーム」だけの問題でない。

2020年1月下旬、中国の感染症研究のリーダー鐘南山氏は、1000万人を超える武漢の閉鎖、徹底したPCR検査、建設資材を始め、医師や看護師ら5万4千人、医療資材を集中投入いて1000床を超える「火神山医院」をわずか10日に完成させ、二つ目の1500床の「雷神山医院」も14日間で建設した。死亡者を1人でも減らそうとするスピード感とロジステックは称賛に値するものである。「専制的国家」だからという批判のみで、自らは何の対応もしない日本の戦略のなさとは対照的である。なぜ、中国が素晴らしいロジステックが出来たのかを真剣に学ぼうとしないのか。

もし、下村政調会長の主張のように、あたかも全てか解決する“魔法の杖”かのように憲法に「緊急事態条項」を設け、首相に全ての指揮権を与えるならば、ロジステックなしの死屍累々たる「タケヤリ」戦術の再現となることは明らかである。ワクチン接種が滞る中、政府は自衛隊主導で1日1万人の高齢者ワクチン接種センターを東京と大阪(同5千人)に設けるとしたが、自衛隊だけでは人手が足りず、民間の人材派遣会社、旅行会社に丸投げするといいう。委託業者からはワクチン接種会場のアルバイト求人募集「時給1450円~」という求人広告が出された(AERA:2021.5.10)。指揮官の「やってるふり」の戦力の随時投入・泥縄の積み重ねでは日本沈没は免れない。

カテゴリー: 医療・福祉, 新型コロナ関連, 杉本執筆 パーマリンク

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