【投稿】日米安保条約からの潜在的脱退・「戦略的独立」の提起

【投稿】日米安保条約からの潜在的脱退・「戦略的独立」の提起

福井 杉本達也

1 米国の覇権が急速に崩壊しつつあるとの時代認識

アレック・ラッセルは『FINANCIAL TIMES』(日経:2025.12.31)紙上において、「米国が数十年担ってきた世界の監督者としての役割を放棄するなか」、「長年に及んだ覇権が急速に崩壊」し、「長きにわたって超大国として覇権を握ってきた世界が揺らいでいる。」と書いている。また同紙上において、既に、インドのジャイシャンカル外相が2025年春に、「世界秩序が変わり、各国が発言力を高める時代が『ようやく訪れようとしている』とし、さらに『古い秩序の価値は誇張されている』」と付け加えたとも指摘している。

また、ジョン・ミアシャイマー・シカゴ大学教授は2025年12月30日付けの『YouTube 』「Japan Breaks Free: How Strategic Independence Could End American Dominance in Asia |John Mearsheimer」において、「地域のダイナミクスの変化は、これまでの数十年間にわたるアメリカの覇権的支配下では存在しなかった日本の戦略的独立の機会を生み出しました。韓国がアメリカの戦略的指導から独立性を高めていることは、主要なアメリカ同盟国が自律的な安全保障政策を追求する前例を提供しています。」とし、「中国の台頭は、日本が孤立や脆弱性なしに戦略的独立を確保するための代替的なパートナーシップの機会を生み出しました。」と述べている。

2 時代錯誤の高市首相の認識

韓国の『中央日報』紙は12月31日付けで佐橋亮・東京大学教授のインタビュー記事を載せ、「日本の専門家の間で、高市首相について、自ら後継者を自任した安倍晋三元首相とは違い、精緻な外交戦略が不足しているという評価が出ている。」とし、「高市首相の発言について『米中関係の好転など、日本外交が直面する国際政治状況を理解していなかったように思える』とし、首相の発言は米国による台湾有事への介入を前提にしていたが、米国は戦略的曖昧性を維持している。米中関係は非常に改善しており、中国は自信を持っている。こうした国際情勢など、日本外交が置かれた状況を理解していたとは思えない。日本と中国の関係は複雑であり、強硬一辺倒で進むのがよいとも限らない。首相のアジア外交ビジョンには不明確な点がある」と指摘したとしている。

また、遠藤誉中国問題グローバル研究所所長は、12月19日、「台湾の林中斌・元国防部副部長(民進党の陳水扁政権時代)が<トランプと習近平は両岸平和統一に関して合意する>と指摘した」とし、林氏は「アメリカは、アジア太平洋地域における軍事力が中国本土の軍事力に遅れをとっていることに既に気づいており、そのため、中国人民解放軍に軍事力を用いて対抗することを、できるだけ避けようとしている。」と述べ、「中国文化は『戦わずして勝つ』戦術を提唱しており、中国人民解放軍の行動から判断すると、習近平は『決裂するやり方ではなく、政治的・経済的・心理的など超軍事的手段』を用いている。」とコメントしたことを紹介した。.さらに林氏は、「現在の障害は、台湾の頼清徳政権が強硬で、中国大陸側と交流しないことだ。しかし、『アメリカが(頼清徳政権に)背後から圧力をかければ』、両岸の政治対話や社会交流は自然に進むだろう。」と述べたことを紹介している。(猿渡誉「Yahooニュース:2025.12.26」。高市首相の外交は現在の情勢からズレまくっていることを如実に示している。

3 対米従属からの日本の「戦略的独立」を提唱するミアシャイマー教授

上記『YouTube』において、ミアシャイマー教授は、日本の日米安保条約からの潜在的脱退を示唆する。「戦略的独立。私は、アメリカの保護によって莫大な恩恵を受けてきた大国にとって、これほど劇的な方向転換が戦略的に理にかなっている状況を目にしたことはありません。日本がアメリカと決別する可能性は、単にアジアの地政学を再構築するだけではありません。それは同盟関係の連鎖的な離反を引き起こし、わずか十年のうちにアメリカの世界的支配の全構造を崩壊させる可能性があります。最も重要な同盟国が、あなたの安全保障の保証が利益よりもむしろ負担になっていると結論づけた」と大胆にも提唱した。教授は続けて、「日本の独立計算を推進する戦略的な数学は、基本的に変化しており、アメリカとの継続的な同盟を経済的には非合理的に、軍事的には逆効果にしています。中国は日本の最大の貿易相手国となっています。日本の貿易の23%を占めています(アメリカは18%)。日本の経済回復は、ますます中国の消費、中国のサプライチェーン、中国の投資に依存するようになっています。同時に、アメリカの安全保障は、中国の軍事力の増大により、信頼性が低下しています。」と述べている。

また、「アメリカとの同盟関係による政治的主権の制約は、国内の緊張を生じさせ、日本の民主主義を損ない、日本の戦略的能力を制限している。潜在的に危険な軍事作戦への日本の参加に対するアメリカの要求は、憲法上の危機や政治的分裂を生み、日本の統治力を弱める。沖縄の基地問題は、アメリカの戦略的要請が日本の民主的プロセスや地域社会の利益とどのように対立するかを示している。」と述べている。

4 「戦略的独立」のためミアシャイマー教授は核武装の可能性を選択肢とするが

「戦略的独立は、日本の領土に対する脅威を抑止するために特化した核兵器開発を意味する可能性」を指摘し、「日本の技術力は、政治的な判断がこの選択肢を支持する場合、核兵器の開発を迅速に進めることを可能にします。あるいは、日本は他国を脅かさずに領土の征服を非常に高コストにする防衛的自給方針に依存することで、核兵器開発なしに戦略的独立を追求することも可能です。」(同上)と述べている。同時にミアシャイマー教授は「日本の地理的な位置は、技術の発展によって劇的に強化できる自然の防衛上の利点を提供します。島嶼防衛は水陸両用の攻撃に対して異なる能力を必要とし、広範な距離にわたる戦力投射とは異なります。日本は、世界的な同盟義務のために必要な高額な戦力投射能力を維持せずとも、最適な防衛システムを開発することが可能です。」(同上)とも述べていて、必ずしも独自核武装論だけではないようである。人類絶滅兵器としての核武装には100兆円以上の負担がかかるともいわれ、戦略的独立を達成するにはあまりにも負担が大きい。また、15年目を迎える福島第一原発事故において自力での核事故の収束に失敗し、一時は6000万人避難かとなったものの、偶然も手伝ってかろうじて最悪事態をまぬかれた日本の核管理の脆弱性も考慮する必要がある。

5 「戦略的独立」から東アジア経済統合への夢を語るミアシャイマー教授

「中国、タイ、カンボジアの3カ国の外相会談が29日、中国雲南省で開かれた。タイとカンボジアの停戦合意を着実に実行すべきだと強調する文書を発表した。地域の平和維の推進や相互交流の再、政治的信頼の再構築も盛り込んだ。中国外務省が発表した」(福井=共同。2025.12.30)。先の7月のトランプ氏の仲介よる停戦に比較すると新聞の扱いは非常に軽いが、東南アジアへの中国の経済的影響力は極めて大きい。今回の停戦仲介はその大きさを示す。カンボジアは2010年代から、日系企業の進出が盛んになってきた。特に自動車産業はタイが東南アジア最大の集積地で、同国に部品を供給する企業がカンボジアトに多く進出する。タイとカンボジアの供給網が一体化が進んでいる。カンボジアからタイに自動車部品などが輸出され、矢崎総業やミネベアミツミなど多くの日本企業が進出しており、中国が主導する停戦合意は地域の安定化をもたらす。

ミアシャイマー教授は東アジアの経済統合について、「日本が戦略的独立を追求しつつ、中国との経済的統合と地域パートナーシップの発展を進めることで生まれる。東アジアの経済統合は、アメリカの政治的干渉や制裁の脅威がなければ、急速に進む可能性がある。」「日本の中国や他のアジア諸国との経済関係は、アメリカ市場に代わる十分な選択肢を提供する可能性がある。制裁の効果は対象国の孤立に依存するが、中国のような主要経済国が代替関係を提供すると、孤立は不可能になる。中国との経済的統合によって支持される日本の独立は、アメリカ中心のシステムに代わる実行可能な選択肢を持つ国に対する制裁の限界を示すことができる。」「日本がアメリカと決別する可能性は、アジアの地政学を再編するだけでなく、アメリカ覇権の時代が終わり、多極化世界が始まったことを確認するものです。最も忠実な同盟国が、依存よりも独立が自国の利益に適うと判断したとき、同盟の持続性やアメリカの不可欠性に関するあらゆる前提は根本的に見直される必要があります。アジアにおけるアメリカ支配の時代は、軍事的敗北によってではなく、同盟国が継続的な従属が戦略的に非合理的になったことを認識することによって終わります。」と述べている(上記『YouTube』)。全く情勢を読めない「戦略的に非合理的」な高市外交の早期の転換が必須である。また、対米従属・情勢ボケの野党やリベラル派の外交姿勢の転換も必要である。

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