【本の紹介】『趙紫陽 極秘回想録 天安門事件「大弾圧」の舞台裏!』
バオ・プー、ルネー・チアン、アディ・イグナシアス(著)
河野純治(訳)光文社 2010年1月25日発行 2600円+税
<<冷静な語り口>>
話題の書である。1989年6月の天安門事件で失脚、その後16年間もまったく非合法的に幽閉され、2005年に亡くなった元中国国務院総理・中国共産党総書記の趙紫陽氏が、極秘裏に録音テープを30数巻残していた、その編集・再現版である。ただし本人以外との対談部分は、その人々の安全のために省かれている。その音声も本書の刊行と同時に公開され、ワシントン・ポスト紙のインターネットサイト上で聞くことが出来る。その録音テープは生前家族にも知らされず、孫たちのおもちゃ箱などばらばらに保管され、子供向けの音楽や京劇が入ったテープに上書き録音されていたという。
さぞかし自己を不条理な幽閉に追いやった現政権・党指導部に対する激しい怒りや感情の吐露、告発があるものと思われがちだが、その語り口は非常に冷静であり、「はらわたが煮えくり返る思い」をしながらも、自らのおかれたその場その場の状況を客観的に振り返り、政治的状況と力関係を鋭く分析し、なおかつ自らの政治的立場の意思表明や行動がその当時どのような意味を持っていたか、その欠点と長所、不十分さ、至らなさまでを反省をこめて語っており、説得的である。
圧巻は、天安門事件「大弾圧」に至る舞台裏である。
1989年4月、前党総書記・胡耀邦の死をきっかけとして起きる追悼行動、学生たちの民主化要求デモ、それに対する4月26日付の人民日報社説、5月16、17日の共産党政治局常務委員会、20日の戒厳令布告、6月3、4日の武力行使・「大弾圧」に至る舞台裏である。
<<「はらわたが煮えくり返る思い」>>
そのハイライトを「第一部天安門の虐殺 第2章社説が事態を悪化させる」によって簡潔に紹介しよう。
「ではどうして学生の抗議デモがあんな騒乱に発展したのだろうか?
最大の原因は四月二十六日の社説だった(1989年、人民日報)。それは、学生デモを「反共産党的、反社会主義的な動機から計画された動乱である」と公式に断定するものであった。
5月16日の夜、私は政治局常務委員会を招集し、委員五人の連名で、学生らにハンストの中止を求める声明を発表することを検討した。声明の草案には「学生諸君の熱烈なる愛国精神は賞賛に値し、党中央委員会と中国国務院は彼らの行動を評価する」という一説があった。李鵬はこれに反対した。楊尚昆が応えた。「学生たちは腐敗を取り締まるよう提案している。それについては評価すると言ってもいいだろう。草案はかろうじて承認された。そこで私は初めて4月26日付社説の判断に修正を加えるよう正式に提案した。李鵬は直ちに反対した。李鵬は、4月26日付社説で示された判断は、鄧小平自身の発言を忠実に伝えるものであるから、変更は出来ない、と言った。楊尚昆は、4月26日付社説の修正は鄧小平のイメージを損なうと警告した。
こうなると、鄧小平と一対一で話し合い、自分の意見を直接ぶつけるしかなかった。5月17日に電話をかけ会見を求めた。行ってみると、鄧小平は自宅に政治局常務委員会を招集してしまったわけで、すでに自分にとって不利な状況になっていることに私は気づいた。私が意見を述べている間、鄧小平はとてもいらいらして不愉快そうだった。鄧小平が最終的な決断を下した。「いまここで後退する姿勢を示せば事態は急激に悪化し、統制は完全に失われる。北京市内に軍を展開し、戒厳令を敷くこととする。」
そのとき私は、はらわたが煮えくり返る思いだった。このまま総書記として軍を動員し学生を武力鎮圧するなど願い下げだ、そう思った。(辞表が党中央弁公庁秘書局に届けられ、翌日回収)
6月3日の晩、激しい銃撃の音が聞こえた。ついに起きてしまったのだ。ここまでの内容は、6月4日の悲劇から三年後に私が書きとめておいたものだ。」
<<「絶対に必要な転換」>>
問題の5月17日の決定は、朝から鄧小平の私邸で政治局常務委員会が開かれ、前日同様に常務委員5人と楊尚昆、薄一波の2人が出席、鄧小平が北京に戒厳令を発令するよう提案し、李鵬と姚依林が賛成、趙紫陽と胡啓立が反対し、喬石が棄権したため、政治局常務委員会の採決・決定とはならず、形式上は何の権限・権能も持たないはずの鄧小平に委ねられた決定であった。「人民民主主義」の個人独裁的な実態が、ここにも色濃く刻印されているといえよう。
趙紫陽氏は、6月4日の悲劇の一か月前、5月3日の五四運動70周年記念式典では学生たちの愛国心を評価し、翌5月4日にはアジア開発銀行理事会総会で「学生たちの理にかなった要求を民主と法律を通じて満たさなければならない」「わが国の法制度の欠陥と民主的監察制度の不備が腐敗をはびこらせてしまった」などと演説している。
同様の主張は、「第三部第12章 腐敗への対処」においても、「最も不可欠な課題は、司法の独立と法治の確立である。独立した司法制度がなく、政府与党が介入できるとしたら、腐敗問題を根本的に解決することなど絶対に出来はしない。」と強調されており、さらに「第六部第5章中国の未来」においては、「戦時体制の国から、より民主的な社会へと変わらないのはおかしい。これは絶対に必要な転換である。もちろん、人民解放軍の国軍化という問題もあるが、それよりも重要な、法制度の改革と司法の独立を優先すべきである。」と趙紫陽氏の年来の主張が明確に提起されている。
一読の価値ありといえよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.389 2010年4月24日