【投稿】総選挙で自民大勝―「ジャパン・ハンドラー」から抜け出さない限り日本の没落は避けられない
福井 杉本達也
1 総選挙・自民大勝をもたらしたのは立憲民主党・枝野代表らの優柔不断
10月31日に行われた衆議院選挙で自公は安定勢力を獲得、今後4年の政治を担うこととなってしまった。 植草一秀のブログは「菅義偉首相が続投して総選挙に突入していれば自民党は大幅議席減を免れなかったと考えられることを基準に考えれば、岸田自民大勝と言ってよい。 他方、野党第一党の立憲民主党は解散時議席110から14議席減の96になった。 安倍・菅政治に対する国民の不信の大きさを踏まえれば、政権交代=政治刷新実現の可能性すら存在したことを踏まえれば大惨敗に終わったと言える。」とし、今回の選挙結果を生んだ要因を「第一は自民党岸田文雄氏が立憲枝野幸男氏よりも主権者から高く評価されたこと。第二は立憲民主党の優柔不断な姿勢が主権者の不信を生んだこと。第三は政権刷新への期待が高まらず投票率が十分に上昇しなかったこと。」「多くの選挙区で共産党などの協力を得て票を獲得する一方で、野党共闘を否定する言動を繰り返し、野党共闘に賛同する主権者、野党共闘に反対する主権者の双方から不信を招いた」と批判した(2021,11,1)。さらに輪をかけたのが連合の対応である。愛知第11区ではこれまで圧勝してきた自動車総連:トヨタ労組の組織内候補が立候補を取りやめ、自動的に自民の圧勝となった。また、東京第12区では連合東京は公明党候補を応援した。野党敗北の結果を受けて、連合の芳野友子会長は記者会見で、立民と共産党との野党共闘について「連合の組合員の票が行き場を失った。到底受け入れられない」と批判したが(東京:2021.11.1)、政治を変えるという意志も意欲もない無責任な評論家的発言である。善悪は別として、参院選巨額買収事件のあった広島第3区において公明党の斎藤哲夫氏が必死に権力にしがみ付くため「私の血の95%は自民党だ」と演説したが、その気力には比べるべくもない。
2 党の要・甘利幹事長の選挙区での落選と不安定化する岸田政権
しかし、自民党も不安な要素を抱えている。神奈川第13区で自民党幹事長の甘利明氏は、獲得数124,595票で、太氏の130,124票に敗れた。今次岸田政権の成立においては、内閣人事、党人事で最も影響力のあったのは甘利氏であるが、その甘利氏が選挙区で否定された。COP26に出席のため外遊する直前の岸田首相は2時間にわたり辞意の撤回を試みたが、時間切れで茂木外相を次期幹事長に選んだ。
本来、甘利幹事長は選挙戦初日の第一声の2時間を除き全国の応援に飛び回る立場であったが、選挙最終盤で地元に引きこもらざるをえなくなった。16年に都市再生機構(UR)を巡る「あっせん利得疑惑」で大臣室でカネをもらい経済再生担当相を引責辞任した過去が再燃した。選挙最終番、『日刊ゲンダイ』は「経済安全保障に話が及ぶと『私は未来を見通せる』と言いだし、『その私がいなくなれば大変なことになる』『未来は変わっちゃう』と訴えた。最後は『私の手の中には日本の未来が入っている』『私の妨害をしたら、これは国家の行く末を妨害しているのと同じことなのであります!』と絶叫。ほとんど錯乱状態だ。」と報じた(2021.10.30)。このような人物を党内No.2の幹事長に就任させたことこそ、国民の意見に耳を傾ける必要など一切ないという今の自民党の体質であり、岸田政権の本質である。
3 甘利氏は「ジャパン・ハンドラー」の代理人
甘利氏は31日の選挙区での劣勢が伝えられるNHK開票速報のインタビューの中で「この国の未来をこう作りたいというプランや思いがなかなか届かなかった。私の力不足だ」(2021.10.31)と答えた。総理大臣でもない甘利氏が「日本の未来」を背負うという自信の背景はどこにあるのか。6月8日付の読売は「自民党の安倍前首相と麻生副総理兼財務相、甘利明税制調査会長が中心的に関わる議員連盟が続々と動き出している。安倍前政権で中枢を担った「3A」と称される3氏は、先月発足の半導体戦略推進議連に続き、8日の日豪国会議連でも、そろって役員に就任した。外交・安全保障分野で政府に注文をつける役回りとなりそうだ」と書いた(2021.6.8)。甘利氏はこの間、「経済安保」についても、「対中国強硬論」・「米中半導体摩擦」についても、「原発再稼働」についても積極的に発言を行い、自民党内の議論をリードしてきた。3A(A(安倍)・A(麻生)・A(甘利))といわれるが、安倍氏・麻生氏にはその失言内容かも判断されるように、明治維新の薩長閥・元首相の孫で希少種に繋がるという以外にはない、ほとんど中身はない空っぽである。
甘利明の2018年3月7日のホームページの活動報告において、「『ルール形成戦略議員連盟
』(会長・甘利明)に、CSIS(戦略国際問題研究所)上級副所長、元大統領補佐官のマイケル・グリーン氏をお招きして、「安全保障経済の積極的外交戦略」と題してご講演頂きました。」と書いているが、「ジャパン・ハンドラー」と直につながり、それをそのまま『天の声』として日本の政策として提示することが甘利氏の力の源泉であった。
4 日本の防衛費2倍増という「ジャパン・ハンドラー」の声がそのまま「自民選挙公約」
日経と米戦略国際問題研究所(CSIS)主催のシンポジウムにおいて、リチャード・アーミテージ元米国務副長官は、台湾海峡情勢を念頭に「日本が防衛予算を2倍またはそれ以上に増やすのは良い考えだ」と発言した。同じく、ジョセフ・ナイハーバード大学名誉教授も「日本が防衛費をGDP比で増やす」議論が出ているのは健全だと、追認した(日経:2021.10.23)。
同様の場である『富士山会合』においても、ダニエル・ラッセル元米国務次官補は台湾問題をについて、「中国側の意図はどうあれ、危機がエスカレートする可能性がある」と緊張を煽った。また、「自民党の甘利明幹事長は講演で、経済安全保障の観点から『根幹技術は同盟国・同志国での共有にとどめるべきだ』と主張した。戦略物資の確保においても、中国と一定の『デカップリング(調達網の分断)』を図る必要性を訴えた。」(日経:2021.10.24)。
また、次期駐日大使に指名されたラーム・エマニュエル氏は、10月20日の上院外交委員会の公聴会において、日本の防衛費増額は「同盟に不可欠だ」と表明した。自民党が衆院選公で、これまでGDP比1%以内を目安としてきた防衛費を「2%以上も念頭に増額を目指す」と明記したことに触れ、「日本がより大きな役割を果たす」ことを期待するとした(日経:2021.10.22)。
5 岸田首相は「ジャパン・ハンドラー」につき従い対中敵視政策を続けるのか?
岸田首相は10月27日のASEAN首脳会議のオンラインで中国の動きを念頭に「海洋秩序に対する挑戦に深刻な懸念を共有し、強く反対する」と述べた(日経:2021.10.28)。一方、10月8日の日中首脳会談では、習近平主席は、中国の古典の『春秋左氏伝』の「仁に親しみ、隣と善するのは、国の宝なり」を引用して、「中日友好協力関係を擁護し、発展させることは、両国及び両国人民の根本利益に合致し、アジアひいては世界の平和、安定、繁栄にも有利である」と秋波を送っている(浅井基文2021.10.10)。
日本は今危機的状況にある。真摯に、日本の置かれた客観的状況を見つめ、正しい方向を模索すべきである。この間、日本の相対的地位は低下している。平均賃金は、日本が38,515ドルに対し、韓国は41,445ドルとなり既に逆転している。一人当たりGDPは日本は45位で41,429ドル、一方、韓国は41位で42,765ドルである。既に中国とのGDPが逆転して久しいが、韓国とのGDP自体が逆転するのもそう遅くはない。
経済学者の故森嶋通夫は『なぜ日本は行き詰ったか』(2004年)において、「没落が始まると国民の気質に変化が生じるということである。没落に際して、日本経済が二極分解すれば、組織された経済騒動や無組織の暴動が無秩序に起こり、国全体が一層深く没落していく。」「今もし、アジアで戦争が起こり、アメリカがパックス・アメリカーナを維持するために日本の力を必要とする場合には、日本は動員に応じ大活躍するだろう。日本経済は、戦後─戦前もある段階までそうだったが─を通じ戦争とともに栄えた経済である。没落しつつある場合にはなりふり構わず戦争に協力するであろう。」と書いている。
孫崎亨氏は甘利氏が主導し、岸田首相が施政方針演説に盛り込んだ「経済安保という愚と時代錯誤。新たに設けた担当大臣の下、技術流出の防止等を主体とする経済安全保障を推進。相手は中国。だが“優れた論文”の国別シェアで中国は1位で世界シェアは24.8%。日本のシェアは2.3%。互いに流出止めたらどちらが被害を受けるか。」「相互に交流が止まったとして、苦しいのはどちらか。日本である。」と喝破している(メルマガ:2021.10.10)。
立憲民主党の外交に関する選挙公約では、対中国で、「尖閣防衛を視野に領海警備と海上保安庁体制強化の法整備を進める」とした。枝野代表は6月15日の菅内閣不信任案の趣旨弁明においても「中国政府の意を汲んだと思われる民間船が大挙するなどの不測の事態に備えた法整備を進め」ると能天気な演説を行った。2010年の民主党菅直人内閣における中国漁船長逮捕という日中国交回復時の尖閣諸島問題の棚上げ合意の踏みにじりに始まったここ10年の日中間の緊張状態を全く反省していない。これでは、自民党公約との間で、どちらがより日中間の緊張を煽るかという競争を行っているようなもので、政策的違いを鮮明にして是が非でも政権を取るという気概が生まれるはずはない。選挙で風が吹かなかったというが、有権者に政策を選択させず、風を吹かせなかったのは立憲民主党の方である。2010年以降の旧民主党の菅直人内閣以来、今日の立憲民主党に至るまで、党の幹部は「ジャパン・ハンドラー」の影響を抜け出せていない。また「東シナ海、南シナ海などでの中国の覇権主義的行動に強く反対」すると書く共産党も、その影響から免れてはいない。森嶋通夫氏は上記に続き「予想される日本の没落は、日本での政治哲学の欠如から日本の行くべき道を見失ったことによる。」「アメリカの背後につき従って指示どおりに動けばよい」というが、「現在のような彼らの外交無能力では、アメリカからも敵とみなされたり、あるいは少なくとも邪魔者とみなされる時代が来ないとも限らない」と予言している。「ジャパン・ハンドラー」からいかに抜け出すか、その具体的政策を打ち出さない限り、野党の政権獲得は見果てぬ夢であり、日本の没落は避けられない。今回僅差で勝利した選挙区を足掛かりに、過去の反省と政策の根本的な見直しを行うことが参院選に向けての喫緊の課題である。