<<大統領選公約を破棄>>
2020年11月の米大統領選で、バイデン氏は、対ロシア・対中国・対イラン・対キューバ政策でトランプ政権の緊張激化路線からの転換を図るかに見せていたが、バイデン政権登場後の事態の経過が明らかにしていることは、ことごとくより一層緊張を激化させ、前政権よりもより一層危険な戦争瀬戸際政策に政権の命運をさえかけている、とさえ言える事態が現出している。その危険な政策転換に、さらに今回新たに核戦争戦略転換が加わる事態となった。
10/27、バイデン政権・国防総省の「新しい国家防衛戦略」(NDS : National Defense Strategy 2022)について、発表したロイド・J・オースティン国防長官 は、「バイデン大統領は、私たちは『決定的な10年』に生きており、地政学、テクノロジー、経済、環境の劇的な変化に刻印されていると述べている。米国が追求
する防衛戦略は、今後数十年にわたる国防省の進路を決定する。」と述べ、ロシアと中国の脅威が急増しているとして、「2030年代までに、アメリカは歴史上初めて、戦略的な競争相手、潜在的な敵対者として二大核保有国に直面するだろう」と、「敵対者」としてのロシアと中国を規定し、この「二大核保有国」に対し、米国は「核兵器使用の非常に高いハードルを維持する」としつつも、自国や海外の米軍、同盟国に対する非核の戦略的脅威に対する報復として核兵器を使用することを排除しない、自ら「核の先制使用」に踏み切る、という危険極まりない戦略転換を明らかにしたのである。
この戦略転換は、2020年の大統領選挙キャンペーンでバイデン氏が、「アメリカの核兵器は、核攻撃を抑止または報復するためにのみ使用すべきである」と宣言すると公約したことを完全に否定するものであり、明らかな公約違反、公約放棄と言えよう。
これは、「驚くべき戦略逆転で、ペンタゴンは非核の脅威に対する核兵器の使用をもはや排除しない」(In Stunning Strategy Reversal, Pentagon Will No Longer Rule Out Use Of Nuclear Weapons Against Non-Nuclear Threat)と報じられている。
今回の見直しは、核兵器の「先制不使用」政策と、核攻撃への反撃にのみ限定した「単独目的」政策は、「競合相手が戦略レベルの損害を与えうる非核能力を開発・実戦している範囲に照らし、受け入れがたいレベルのリスクをもたらすだろう」として、たとえ非核の脅威に対してであっても、核報復・核攻撃を実行するという戦略転換を明らかにしたものである。つまりは、相手側がたとえ非核兵器の使用であっても、相手側が軍事的に優位であれば、先制攻撃として核兵器を使用する、という方針転換なのである。
この戦略転換は、「脅威の環境はその後劇的に変化した」として合理化され、バイデン政権がトランプ前政権よりさらに危険な、挑発的な核戦争をさえあえて辞さない存在に移行していることを明らかにしている、と言えよう。
バイデン政権は、ウクライナ危機を自ら仕込んで、ロシアを挑発し、泥沼の戦争に引きずり込んだものの、その全面的な制裁政策がことごとくブーメランとなって裏目に出、自らの政治的経済的危機をより一層深める事態をもたらし、そこから出てきたのが、この危険な核戦争政策への転換なのである。
10/28、日本政府はこのバイデン政権が公表した新しい「国家防衛戦略」に早速飛びつき、松野官房長官はこれを「強く支持する」と記者会見で表明している。しかしこの「戦略転換」には、「同盟国、友好国とともに取り組む」こととして、「弾道ミサイル潜水艦の寄港」、「戦略爆撃機の飛来」を明記している。核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませない」という「非核三原則」を明確に否定する行為であることが厳しく問われなければならない問題でもある。
<<プーチン「核攻撃は究極的に無意味」>>
対照的なのは、バイデン政権がこうしたNDSを発表した同じ日、10/27、ロシアのプーチン大統領は、モスクワで開かれたバルダイ国際討論クラブの本会議で演説し、ウクライナ危機での核兵器使用という米欧側の主張を真っ向から否定し、ロシアのウクライナ危機に対する「特別軍事作戦」において、核攻撃は究極的に無意味であると強調し、「我々はその必要性を感じていない」、「政治的にも軍事的にも意味がない」と断言したことである。
さらに、プーチン氏は「ロシアが核兵器を使用する可能性について、積極的に発言したことはない」と強調、ロシアが「ロシアを守るために利用可能なあらゆる手段」を用いる用意があるという以前の警告は、欧米側が発した核兵器使用の可能性に対する反応に過ぎないものであり、これを意図的に「ロシアの核攻撃」態勢として曲解、誤解させ、否められて拡散したのは、欧米側なのであると発言している。
同日のタス通信は、プーチン氏の発言として「モスクワは核兵器の使用について最初に話したことはなく、西側指導者の発言に『ほのめかしで反応した』だけである。例えば、英国の元首相リズ・トラスが行った主張(「必要があれば核兵
器の発射ボタンを押す」2度も念押し)には、西側諸国は誰も反応しなかった。」と報じている。
問題は、たとえ「核攻撃は究極的に無意味」であると判断したとしても、売り言葉に買い言葉で「ほのめかしで反応」した場合、欧米側によってそれが徹底的に利用され、悪魔化されるという現実である。
日本で昨年末に刊行された『戦争の文化: パールハーバー・ヒロシマ・9.11.イラク』の中で、著者のジョン・W.ダワー 氏は、自分に都合の良い思考、内部の異論を排除し外部の批判を受け付けない態度、過度のナショナリズム、敵の動機や能力を過小評価する上層部の傲慢といった「戦争の文化」、「安全」とか「防衛」の名において戦争を挑発する態度、イラク侵略に際してアメリカが準備と予想に失敗したこと、戦略的愚行が存在したこと、敵の心理や能力を考慮に入れなかったこと、一貫性と現実性のある戦争の終わらせ方を構想したり、紛争が長期化した場合どうするか計画しなかったこと、を厳しく指摘している。
緊張緩和と平和的・外交的解決への一貫した姿勢・政策こそが提起されなければならないのである。
(生駒 敬)