【書評】『反米の選択―トランプ再来で増大する“従属”のコスト』大西広著
PULS新書 1,045円
福井 杉本達也
1 「対米過剰依存やめ関係再構築の好機」ととらえる寺島実郎氏
日経新聞はトランプ政権発足にあたり、「米への『貢献』交渉材料に」との見出しで、トランプ1期政権発足の「2017年以降の日本の対米直接投資残高や防衛費を分析するとそれぞれ6割ほど増えている。日本にとって交渉材料になりうる。」と書いた(日経:2025.1.19)。どこに我が国の主体性があるのか。全くの「朝貢外交」をすすめである。日経の記者は、このような記事を書いていて恥ずかしくはないのであろうか。
日本総合研究所会長の寺島実郎氏は、毎日新聞に「トランプ政権と日本」と題して、筋を通す関係が必要だとし、「相手にしっぽを振るのではなく、正面から向き合うこと」であるという。「これまでの日本は米国に対する「甘えと過剰依存」の構造の中にいました。米国に過剰依存する現状から脱しない限り、道はひらけません」と断言する。さらに続けて「100年たっても外国の軍隊が駐留しても構わないという感覚を持つ国は、国際社会で『独立国』とはいえません」とし、「『日米同盟は公共財』とする固定観念にはまり、米国と連携し中国を封じ込めようとするような『分断』の発想に基づく世界認識からの脱却が必要」だと力説している(毎日:2025.1.10)。
著者の大西広氏は京都大学及び慶應義塾大学の名誉教授であり、今では“絶滅危惧種”である「マルクス経済学」の講座を持っていた。右翼団体「一水会」から「民族問題」の講演依頼を受け、「私はマルクス経済学者なので階級と階級の対立の方がより重要だと考えている。が、…民族としての団結のためにも階級問題を解決したい」と述べた。そして、「戦後の約80年にわたって続き、今もなお深刻な重みとして存在する対米従属の弊害を『民族的危機』として捉え」、正面から論じたのが本書である。
2 アメリカの圧力への日中の対応の違い―TikTokの事例
著者は「『リスク回避』をずっと繰り返していけばいつまでたっても自立することができず、最終的には国益が損なわれてしまう」「全体利益(国家利益)を追求すべく全体を誘導する作業が不可欠」だとし、「日本や韓国はそれができず、中国はそれができつつあるように見える」とし、米中摩擦では「中国と日本の対応の違いが目立っている」「先端技術がアメリカのターゲットとなって以降…日本の場合は国家が『国産半導体のシェアを下げろ』との圧力をかけたが、中国では国家が少しの迷いもなく産業発展を支援し続けた」と書いている。
中国の動画アプリTikTokは1月19日、米国内のサービスを再開した。TikTokは早期再開の理由として、トランプ氏が新法の罰則を適用しないと保証したことをあげた(日経:2025.1.21)。トランプ氏が「同社の合弁事業の50%の株式を米国に与えるという取引案を受けて、中国外務省のスポークスマンである毛寧氏は月曜日に、中国は米国が合理的な声に真剣に耳を傾け、オープンな情報を提供することを望んでいる」と述べた(『環球時報』2025.1.21)。また、同『環球時報』社説でも習近平―トランプが電話会談を行ったことを伝え、「中国と米国の2つの主要国が将来の関係をどのようにナビゲートするかを全世界が注目している重要な岐路に立たされている」とし、「両国の首脳は、このような早い段階から直接的な意思疎通を開始し、主要な問題について意見交換を行い、戦略的な意思疎通チャネルを確立することで合意した。これは、双方が新たな出発点から中米関係のより大きな進展を達成することを望んでいることを示している。」と報じている(『環球時報』2025.1.21)。唯々、犬の立場で飼い主にしっぽを振っても外交交渉にはならない。
3 「ドル防衛」のための「低金利政策」
著者は現在の円安を「ドル防衛」のために、日本の金利を「ゼロ金利」にして、日米間の金利差を4%に強要しているからであるとする。経済原則的には現在の「ゼロ金利」はあってはならない異常な値であるとする。1980年代のドル防衛と異なるのは「今回の対抗相手は『グローバル・サウス=南側』であり、その勢いは80年代末の『東側』とはくらべものにならない」と説く。それが、ドルの究極の競争相手である金が、グローバル・サウスと繋がる諸国の中央銀行によって「買いだめ」られていること、BRICSが共通通貨創設に向けて着々と準備を進めていること・ドルに依存しない国際決済システムの創設に向けて準備が進められていることをあげる。
ただし、「アベノミクス」・「異次元の金融緩和」として遂行された低金利施策は、当初は日本の利益としても考えられたと指摘し、トヨタなど「企業が何の努力をしなくても得られるのが為替差益」であり、「アメリカ国債の円価値での変化で、それが円安によって跳ね上がる」ことによって、財務省が円安を好感したことである。
しかし、円安は日本を「選ばれない国」にした。「賃金も下がり、為替も下がる。『この国のカタチ』が壊れかけている」とする。「この異常な円安は日本をもっと根本的なところで途上国化している」。ドル・べースの支払い代金が膨張して貿易収支が赤字化する。輸入財を購入する庶民や輸入系企業の不利益はもっと直接的であるとする。
4 残された日本の強みと製造大国中国
日本の機械工業にも強いものと弱いものがあり、工作機械の産業の世界シェアは非常に高く、自動車部品、重電・産業機械と続いている。全体として製造大国への輸出が日本の生きる道となっているが、要するに隣の工業大国中国への供給であり、中国のおかげで日本がこの分野で強くなっている。もし、この状況下で中国への輸出をアメリカに禁じられれば日本は終わりだと分析する。冤罪事件の大川原化工機事件のように、警察や検察までもがアメリカの手先として対米配慮をやるようでは本当の終わりだと書く。中国の国力強化が日本のチャンスにもなり、アメリカの戦略家はそのように日本人が考えることを心底恐れている。「従属のメリット」が明確にあった時代は終わり、その従属を根本的に見直さなければならない時代状況となっているとして本書を締めくくっている。